教員(高校英語) 尾崎 隆善

恩師の導きで教育の世界に

大学でアメリカ文学を専攻し、英語の勉強に熱心に取り組んだ尾崎隆善さん。
その努力は現在、高校の英語教師の仕事として実を結んでいる。彼を教育の世界に導いたのは、大学時代のある出会いだった。

01.jpgTakayoshi Ozaki 英語英米文化学科 アメリカ文学専攻
2009年3月、英語英米文化学科卒業。大学4年時の08年10月に神奈川県教員採用試験に合格し、大学卒業後の09年4月、神奈川県立新羽高等学校に着任する。クラス副担任を経験した後、3年間、1 ~ 3年まで1つのクラスを担任。現在は再び1年生のクラスを担当する。

教師になろうと決めたのは、学習院大学での一つの出会いがきっかけだった。現在、神奈川県立新羽高校で英語教師を務める尾崎隆善さんは、大学時代のことをこう振り返る。
「1年生のときに、アメリカ文学の矢作三蔵教授に英語を習ったことが、教師を目指すきっかけになりました。出来が悪かった私は、矢作先生に本当に親身に指導していただいたことで、英語に対する自信を持つことができました。指導は厳しいけれど、面倒見がよくて、学生の成長をじっくりと見守ってくれる。そんな矢作先生のような教師に、自分もなりたいと思ったんです」
高校の英語教師になると決意してからも、矢作教授は、教員採用試験の面接の仕方や模擬授業も指導してくれたという。教師の面倒見の良さ、勉学に対する熱心なサポート、何より教師と学生の距離の近さ―。それらが学習院大学文学部の大きな魅力であると、尾崎さんは言う。
「一般によく知られた著作を出しているようなすごい先生たちと、日常的に会話ができたり、一緒に飲みに行ったりできるわけです。今振り返れば、すごい環境にいたんだなとあらためて思います」

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担任を務める1年8組の生徒たちと。生徒数は40人。少ない数ではないが、その一人ひとりと真剣に向き合って、成長をサポートしていきたいと尾崎さんは話す

一人ひとりの生徒と正面から向き合う

出身地である神奈川県の教員採用試験に合格して、新羽高校に赴任したのは5年前のこと。副担任からスタートし、1、2、3年と持ち上がりでクラス担任を務め、現在は、再び1年生のクラスを受け持っている。担当教科である英語は1年生と3年生の計4クラスで教える。さらに、ボランティア部と陸上部の顧問も兼任するという忙しさだ。朝から夜まで気の抜けない時間が続く。
「教師になって驚いたのは、授業や部活以外の仕事がかなり多いことでした。時間割を作ったり、単位認定の作業をしたり、色々な書類を作成したりと、職員室でパソコンに向かう時間も長いんです」
しかし、教師の醍醐味は、やはり生徒と直接接することであると尾崎さんは言う。担任を務めるクラスの人数は40名。男女比率はほぼ半々だ。その一人ひとりの性格、健康状態、家庭環境などを細かに把握し、それぞれの生徒に応じた適切な指導をしていかなければならない。そこに教師としての難しさがあり、面白さがある。
「生徒が何を求めていて、何に悩んでいるのか。それを受け止めて、言葉をかけてあげたり、話を聞いてあげたりするのが教師の一番の仕事だと思っています。もちろん、素直な子ばかりではないし、衝突することもあります。それでも、じっくり付き合っていると、必ずわかり合える部分が出てくるんです」
これまでの教師生活で最もうれしかったのは、1年生から3年間受け持った生徒たちと理解し合えたという実感を得られたことだったという。
「高校の生徒指導では、一つの言葉がすべてを台無しにしてしまうことがあります。悩んでいる生徒に対して不適切なことを言ってしまったり、困っている生徒に突き放すような言葉をかけてしまったりしたら、心に傷を残してしまう。だから、教師と生徒のコミュニケーションは真剣勝負なんです。3年間、そんな時間を一緒に過ごして、最後に、笑って送り出すことができたときは、教師になって本当に良かったと思いました」
英語の授業では、尾崎さんはあくまでエネルギッシュだ。教室に入るや否や、英語で生徒たちに話しかけ、英会話主体で授業全体を進めていく。自ら作成した教材を使い、生徒たちとコミュニケーションを交わしながら、テンポ良く要点を伝える。そのスピード感は、ほとんどラジオDJのようだ。
授業を英語主体で行うのは、耳で英語に慣れてもらうため。大学時代、矢作教授に薫陶を受けた英語の習得法が活かされている。
「1年生のときに受講した矢作先生の英語の授業は、とてもハードでした。CDで何百時間分もの英語の朗読を聞いて、徹底的に耳で英語を覚えるんです。あれで耳がかなり鍛えられましたね」

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尾崎さんの英語の授業は、テンポが良く、生徒たちを飽きさせない。みんな、楽しみながら英語を学んでいる
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授業が終わると自然と周囲に人が集まってくる。授業への質問だけでなく、ちょっとした悩みや相談事にも真摯に対応する

大学時代のすべてが今に活きている

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英語の授業では、自身が作成したオリジナル教材を主に使う。耳や目で英語に親しみながら、自然と英語が身に付いていくような工夫が凝らされている。大学時代に学んだ英語習得のスキルを活かした独自の教育法だ

尾崎さん自身は、決して充実した高校生活を送ったわけではなかった。部活動はやらず、友人関係も広くはなかった。小学校や中学校ではなく高校の教師を目指したのも、自分の高校時代を取り戻したいという思いがあったからだ。
しかし、学習院大学での4年間は、非常に濃密な時間だったと尾崎さんは言う。大学の勉強に打ち込みながら、ボランティア活動にも熱心に取り組み、子どもたちをキャンプに連れていったり、遠足の引率をしたり、イベントの企画を立てたりする活動を4年間続けた。また夏休みには、特技の水泳を活かして、ライフガードのアルバイトに精を出した。
大学での英語の勉強は英語教師としてのスキルに、ボランティア体験はボランティア部の活動に、体を使ったアルバイトは陸上部の指導にと、学生時代の経験のすべてが今に活きている。大学の4年間が、尾崎さんの人生の確かな基礎をつくった。そういっていいだろう。
有意義に大学時代を過ごすコツとは何なのだろうか。尾崎さんは二つのポイントを挙げる。一つは、「好き嫌いをしないこと」だ。
「人付き合いにしても、勉強にしても、最初から苦手と決めつけてしまってはいけないと私は思っています。やってみたうえで、自分に合わないと判断するのはいい。でも、やらないうちから自分に向いていないと決めつけに合わないと判断するのはいい。でも、やらないうちから自分に向いていないと決めつけるのは、とても損なことです」
もう一つは、「ほかの人に負けないものをもつこと」である。
「得意なことが一つあれば、それが生きる力になります。僕の場合、それは英語でした。英語を話すこと、英語を聞き取ること。それだけは、絶対に誰にも負けたくないと思ってやってきました」
尾崎さんは、大学で身に付けたその英語力をまさしく「生きる力」とし、教育の世界にまっすぐに入っていった。しかし、教師としての人生はまだ始まったばかりだ。大学で得た経験を基礎とし、そのうえに一流の教師としてのキャリアを築いていく地道な作業が今後、長く続いていくことになる。
「最近、ようやく『待つ』ことができるようになったと感じています。以前は、できない子や理解が遅い子がいると、じれったくて、自分から先手を打って指導していました。今は、生徒が自分で考え、自分で判断することを待てるようになりました。それがこの5年間の自分の一番の成長だと思います」
尾崎さんを教育の世界に導いてくれた矢作教授は、2年前に亡くなった。今の尾崎さんの目標は、亡き恩師のように、生徒たちを力強くサポートできる存在になることだ。
「一人ひとりの生徒が、自分の目標を見つけ、そこにたどり着ける手助けをすること。それが、教師の最大の役割だと私は考えています。一人でも多くの生徒に『尾崎が担任で良かった』と言ってもらえるような教師にいつの日かなりたい。そう思っています」

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特技は子どもの頃から続けてきた水泳。大学時代、夏になると、ライフガードのアルバイトに熱心に取り組んだ。上は、ライフガードを一緒にやっていた仲間たちとの一コマ
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陸上部とボランティア部の顧問を務める尾崎さん。放課後は毎日のように陸上部の練習に参加し、部長と二人三脚で、部員たちを指導する
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陸上の経験はないが、水泳やライフガードで鍛えた体力には自信があるという。生徒たちのトレーニングを熱心にサポートする
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教育の世界に導いてくれた恩師、矢作三蔵教授と。研究者としては、ホーソーンやメルヴィルの専門家だった

Column

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クラスの生徒たちとのコミュニケーションに活用しているのが、この交換日誌。日直に当たった人が最低1ページは書く、というのが決まりだが、それ以外のルールは一切ない。趣味、友達のこと、付き合っている異性のこと、先生へのメッセージ、イラストなど、何を書いてもいい。「一人ひとりが自分をさらけ出せる公開交換日記のようなものです。この日誌を見れば、生徒たちが何を考えているかがよくわかります」と尾崎さんは説明する。生徒たちとの対話を重視する尾崎さんならではのコミュニケーションツールだ。