臨床心理士 柴田 久美子

人生の鮮やかな一瞬に立ち会う喜び

心のケアに対する関心が高まり、臨床心理士という仕事が注目されている。
この分野で多くの優秀な人材を輩出してきたのが、心理学科だ。卒業生の柴田久美子さんに話を聞いた。

Kumiko-Shibata_01.jpgKumiko Shibata 大学院人文科学 研究科心理学専攻 臨床心理学コース 博士前期課程修了
2004年、心理学科卒業。06年、学習院大学大学院人文科学研究科心理学専攻 臨床心理学コース博士前期課程修了。08年、臨床心理士の資格を取得。その後、病院やクリニック、学校などで経験を積み、東京都三鷹市に、相談室『ひかげ洞カウンセリング』を開設する。

田久美子さんが心理学科を卒業したのは2004年。大学院では臨床心理学を専攻し、06年に修士号(心理学)を取得した。その後、メンタルクリニックでの心理相談やスクールカウンセラーなどを経験。現在は東京都三鷹市に相談室を開き、臨床心理士として活躍している。
「心理療法の目的は、相談者が一番納得できる人生を見つけるための支援をすることです。そのために、相談者の方は、心の奥にある闇の部分とも向き合わなければならない。この相談室を『ひかげ洞カウンセリング』と命名したのは、そのためです」
そう語る柴田さん。心理学を志したのは早く、10歳の頃の体験がきっかけだという。「自分は本当に存在するのか、この世の時間と空間の正体とは何か――前思春期的な心の闇にとらわれて、言いようのない恐怖を感じました。そのとき、子どもなりに考えたのは、『このことを一生考え続けるから、今は見逃してもらおう』ということ。それは、暗闇の中の〝何か〞と結んだ契約のようなものでした」
10代の初めに苦しい時期を過ごしたことは、新たな喜びも与えてくれた。物事をとことん考えていくと、あるときパッと、新しい感覚が生まれることがある。その瞬間に魅了され、やがて人間や心のことを一生探究していきたいと思うようになった。大学では心理学を専攻しようと決め、1年生から心理学を専攻できる学習院大学に進学。部活動は学生
放送局(G.S.R.S)に入り、映像や音響の制作に明け暮れた。
「学習院大学のいいところは、全学科が同じキャンパスにあることです。他学部や他学科の授業も受講できるし、色々な分野の学生と出会い、一緒に活動することができる。本当に楽しかったです」

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カウンセリング中、1枚の紙をはさんで相談者と向かい合い、交互に塗り絵をしながら話すこともある。さまざまな方法で相手の心を解きほぐし、話を引き出していく

その後の人生を決定づけた分析心理学との出合い

2年目に入ると実験や専門科目が増え、3年目には演習がスタート。柴田さんは精神分析などのゼミを受講し、臨床心理学の理論を体系的に学び始めた。だが、柴田さんが最も感銘を受けたのは、ユングの分析心理学をベースとした、 川嵜(かわさき)克(よし)哲(あき)教授の臨床心理学の授業だった。分析心理学によれば、人間の心の深層には「個人的無意識」だけでなく、人類や民族に共通する「集合的無意識」がある。それは、夢や神話などのイメージを生み出す源であり、芸術とも深い関わりをもつという。
「フロイトが創始した精神分析の理論には感銘を受けましたが、無意識には『個人的無意識』しかないという考え方には納得できない部分もありました。そんなとき、川嵜先生の授業を通じて、分析心理学を知りました。個人の無意識を意識化することで、問題の解決を目指すのが精神分析だとすれば、心の深層には個人を超えた世界が広がっているとするのが分析心理学。『この分野でなら、私は生きていける』と思い、安心感を覚えました」
学習院大学心理学科の特徴は、心理学の基礎を幅広く、しかも深く学べる点にある。現在多くの大学で心理学科が開設されているが、大半はカウンセリングや人間関係理論といった〝流行〞の分野が中心。だが、プロの心理療法家として働くためには、実験・統計・発達心理学・認知心理学・心理学史などの幅広い知識が必要になるという。
「卒業して初めて、学習院大学がもつ学問に対する姿勢がいかに真摯なものであるかがわかりました。他学部・他学科の学生とそれぞれの分野について語り合いながら、学問の深さや幅広さを感じることができた。それは本当に貴重な経験でしたね」
人間についてさらに深く知るためにも、臨床心理学をもっと深く学びたい――そう考え、学習院大学大学院に進学。修了後は病院の精神科外来で初・予診面接や心理検査などを行い、スクールカウンセラーや夜間の心理相談なども担当した。そのかたわら、相談室『ひかげ洞カウンセリング』を開設。現在はここを拠点に、心理検査や夢分析、カウンセリング、箱庭療法などの心理療法を行っている。
 JR三鷹駅から徒歩6分という地の利もあり、『ひかげ洞カウンセリング』にはさまざまな相談者が訪れる。年齢は5歳から80代までと幅広く、医師の紹介で来る人もいれば、人生について深く考えたいという動機で訪れる人もいる。
「苦しみを抱えながらも、自分の人生の意味を探りたい――そんな思いをもって訪れる方も多いですね」
とはいうものの、人の心の深層に分け入っていく仕事だけに、難しさを感じることも少なくない。心理療法に対する理解が浸透していないことも、トラブルの一因になるという。
「心理療法では、1回のセッションがとても重要な意味をもちます。その意味では、キンセル料をいただくことも、心理療法を効果的に進めるための大切なルールの一つ。ところが、相談者のなかには、『具合が悪くてキャンセルしたのに、キャンセル料をとるなんてひどい』と憤る人もいる。どんなに説明してもわかってもらえないときは、苦しいですね」
また、相談者のなかには、重いうつ病や統合失調症で薬物治療を受けながら、カウンセリングに通う人も少なくない。こうしたケースでは、治療にも細心の注意が求められる。
「心の闇が深ければ深いほど、解決を急ぐことで、かえって追い詰められてしまうこともある。治療を進めるためには、あえてリスクを冒すことも必要ですが、患者さんの命にかかわるような危険は避けなければならない。そこは、大変神経を使うところですね」

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柴田さんがJR三鷹駅南口の近くに開いた相談室、『ひかげ洞カウンセリング』のホームページ
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これも相談者にリラックスしてもらうための小道具。手で触っていると緊張がほぐれて、話しやすくなる
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心理療法の一つである箱庭療法のキット。白い砂の上に、人形や動物、建物などのミニチュアを自由に配置していく。心のままに箱庭を作っていくうちに、言葉では表すことのできない内面の世界が表現され、自分の深層心理を客観的に見つめることができる

学習院大学はいつでも戻ってこられる場所

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もちろん、苦しいことばかりではない。心理療法の目的は、相談者と伴走しながら、相談者が人生を納得して生きられるよう支援していくことにある。それだけに、苦労も多い半面、やりがいも大きいという。
「街中で開業していると、さまざまな人生の鮮やかな一瞬に立ち会うことができます。何年も悩みを抱えていた人が、突然、フッと何かに気づいたりする。人の心の奥で新しいものが生まれる瞬間を、目の当たりにできるのです。そんなときは、『この仕事をやっていてよかったな』と思いますね」
今後は、相手にわかりやすく伝えるために〝言語化する力〞を磨きたい――と、抱負を語る柴田さん。その活動を支えているのが、大学時代の人脈だ。東日本大震災のときは、学習院大学出身者による被災地支援チームの一員として、心のケアに取り組んだ。また、卒業生の勉強会も盛んで、そのネットワークに助けられることも多いという。
「仕事で行き詰まったときも、まず頭に浮かぶのは、学習院時代の恩師の顔です。私にとって学習院とは、〝いつでも戻ってこられる場所〞なのです」
そう、笑顔で語る柴田さん。最後に、後輩に向けてこんなエールを送ってくれた。
「人の心を真剣に扱うためには、ひたすら考え続ける気力が必要です。ただ単に『カウンセリングをやりたい』『対人関係がうまくこなせるようになりたい』という動機だけでは、臨床心理の仕事はできない。臨床心理士を目指す人は、人間に対する畏敬の念をもって、心の世界を学んでほしいですね」

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学生放送局の仲間たちと。1年目は部室に入りびたり、映像の脚本執筆や撮影、編集などに熱中した

Column

学習院出身の臨床心理士らが被災地で心のケアに当たる

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東日本大震災後、学習院大出身の臨床心理士が集まり、被災地支援チームを結成。リレー派遣が行われ、柴田さんも被災地の高校でカウンセリングや助言を行った。柴田さんは岩手県野田村の集落に派遣されたが、そこは偶然にも、柴田さんの母の出身地である“第2の故郷”だった。「子ども時代を過ごした地域が流されてしまったので、当時はかなり動揺していました。被災地とはなかなか連絡がとれず、難しさを感じることも多かった。それでもなんとか活動できたのは、日ごろから交流がある学習院大学のメンバーで取り組めたからだと思います」