パティシエ 柿沢 安耶

世界初の野菜スイーツ店を開く

野菜スイーツ専門店「パティスリー ポタジエ」のオーナーシェフを務める柿沢安耶さん。
大学在学中から料理を勉強するためフランスに短期留学。
「体にやさしくておいしいもの」を求めた結果、野菜スイーツにたどり着いた。

Aya-Kakisawa_01.jpgAya Kakisawa パティシエ
1999年フランス文学科(当時)卒業。大学在学中からフランス料理に関心をもち、3年時にはパリの料理学校「リッツ・エスコフィエ」に短期留学。卒業後、都内のケーキ店やカフェレストラン勤務を経て、03年栃木県に「オーガニックベジカフェ・イヌイ」をオープン。06年、東京・目黒に野菜スイーツ専門店「パティスリー ポタジエ」を開店。
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野菜本来の彩りを楽しめるのも野菜スイーツならでは。小麦粉や卵も厳選素材を使用
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ポタジエのスイーツ各種。左上から時計回りに、モンブランクイーン、ゴボーショコラ、ルッコラ黒ゴマ豆乳ムース、マンゴーキャロット、トマトショート、グリーンアスパラムース

ショートケーキに載ったミニトマトの赤、スポンジに練り込まれた小松菜の緑、カボチャプリンの黄色など、ショーケースの中のスイーツを見て、野菜がこんなにも色彩豊かなものだったのかと改めて驚く。スイーツだから卵や砂糖も使っているが、それぞれの野菜が本来もつ甘さもある。野菜スイーツは、普段の食事で口にしている時にはわからなかった野菜の魅力に気づかせてくれる。
柿沢安耶さんがオーナーシェフを務める「パティスリー ポタジエ」は、そんな野菜スイーツ専門の店。食べた人が元気になるようなスイーツを作りたいという柿沢さんの思いが、このケーキには込められている。
子どもの頃から体が弱く、アトピー性皮膚炎で喘息持ちだった柿沢さん。けれど、母親が野菜たっぷりの料理を作ってくれたおかげで、徐々に元気になっていった。そのころから、食べ物の大切さを実感し、少しずつ料理に興味をもつようになる。
「けれど、調理師専門学校に通えるほど体力に自信がありませんでした。子どもの頃に読んだ絵本がきっかけでフランスに憧れていたので、大学のフランス文学科に進学することにしたのです。その後、フランス好きが高じて、フランス料理にも興味がわき、本場に留学して学んでみたいと思うようになりました」

料理修業のためフランスに短期留学

大学に入学してからは、夢のフランス留学を実現するためにアルバイトに励む日々。同時に、料理研究家が主宰する料理教室にも通い、大学の講義にも出席するという多忙な毎日を送っていた。大学時代に経験したアルバイトは、一番多い時で3店舗。いずれも飲食店で、和食店、フランス料理店、ケーキ店と、ピーク時は週7日も働いた。
「1日2店、掛け持ちした時もありましたが、講義もきちんと出席しなければならないので、結構大変でした。どの店も接客担当でしたが、お客さまを元気にするためには自分自身が元気で笑顔でいなければいけません。すると、不思議なことに、それまで健康に不安があったことが嘘みたいに体調が良くなりました。飲食店で働いていると本当に自分が元気でいられるし、誰かを元気にすることもできる。このころには、自分の店を持ちたいと思うようになっていました」
めいっぱい働いた甲斐があり、大学1年生と3年生の冬休みには、念願のフランス短期留学を実現した。それぞれ1カ月程度だったが、料理関係のフランス語をしっかり勉強してから渡仏。この時、野菜を中心とした体にやさしい料理に出合い、いつか自分でそんな店を開きたいと思うようになった。さらに、カフェ文化、お菓子作りの楽しみなど、多くのものを吸収した留学だったと振り返る。
「1年生の時はフランス家庭料理が学べる料理サロン、3年生の時はリッツ・エスコフィエという一流の料理学校に通いました。留学した冬はちょうどジビエ料理(狩猟した野生肉の料理)の季節で、動物の下処理から習うのですが、この作業にとても抵抗があって…。今後ずっとこのような作業をするのは難しいと感じました。では、自分に向いているのは何だろうと考えた末に、お菓子作りならできると思うようになりました。そのことに気付けただけでもフランスに留学した意味があったと思っています」
とにかく料理好きで貫き通した大学時代。さらに料理の勉強を続けたかったので、就職活動をあえてしなかった。
卒業論文も16世紀から20世紀のフランス文学作品における料理をテーマに書いた。フランソワ・ラブレーやギ・ド・モーパッサン、マルセル・プルーストなどの文学作品に出てくる料理の描写に注目し、その当時の料理や身分による食事の違い、作品における食事の位置づけなどを調べてまとめた。また、作品に出てくる料理を自ら作り、その写真を論文内に掲載した。しかも、論文全体をフルコースに見立てて、前菜からメインディッシュ、デザートまで、メニューのようにして仕上げたという凝りようだった。

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店名の「ポタジエ」はフランス語で「家庭菜園」という意味。野菜のようにカラフルで明るい店構えだ

スイーツを通じて野菜の素晴らしさを伝える

大学卒業後は、ケーキ店でのアルバイトなどを経て、アパレルメーカーが経営するカフェのオープニングスタッフとして就職。アルバイトスタッフや仕入れの管理からメニュー開発など、オープン前からカフェ運営を任せてもらったことは、その後、自分の店を持つうえで勉強になった。
そのころ、出合ったのがマクロビオティック。ハリウッドセレブが取り入れたことでも有名なマクロビオティックは、日本の伝統食をベースに、穀物、野菜、海藻を中心とした食事法。肉、卵、乳製品、砂糖を取らないのが特徴だ。マクロビオティックを勉強するとともに、それに合わせて食生活を変えたところ、目に見えて体調が良くなったという。
「糖分や脂肪分が極端に減るのだから痩せていきそうなものですが、むしろ体重は増え、全く風邪を引かなくなりました。ただし、外食時にはメニュー選びに気を使いますし、玄米と豆と味噌汁の茶色っぽいだけのご飯が続くと、食事自体を楽しめなくなってしまいます。でも、フランス料理を学んだ時、何より大切にしていたのは『食事を楽しむこと』だったはず。そのことを思い出し、マクロビオティックの考え方を取り入れつつも、健康的な食事を楽しめる自分の店を作ることにしたのです」
そうして26歳の時に栃木県にオープンしたのが「オーガニックベジカフェ・イヌイ」。有機野菜を使った体にやさしい料理を作りたいと、カフェ周辺の有機栽培農家を訪れたことがまた転機になった。
都会育ちの柿沢さんにとって、小学校の芋掘り体験以来十数年ぶりに訪れた畑。そこで見た野菜が放つ色の美しさや力強さ、野菜を育てる人たちの情熱などを感じ、もっと自由な発想で野菜や畑と向き合っていきたいと思うようになった。
「野菜がしっかり育つように間引きをしますが、その間引き野菜を使ってスイーツを作ったりしました。間引きニンジンを使ったケーキを作った時は、お客さまにお出しする際に間引きニンジンのことを話すんです。野菜スイーツを通じて、野菜や畑の楽しさを伝えられることがわかったのです」
東京・目黒にオープンした世界初の野菜スイーツ専門店が「パティスリー ポタジエ」。以来、栃木県だけでなく全国の農家の野菜を使うようになった。各地の野菜を使ったコラボスイーツなども開発してきた縁で、今や全国300軒以上の農家とつながりがある。現在は、お客さまと一緒に無農薬農家を訪れる農産地ツアーを年数回開催しているほか、さまざまな食育活動にも参加している。
「野菜嫌いの子どもたちに、そのおいしさを知ってほしいです。野菜スイーツは子どもたちだけでなく、多くの人に野菜の良さを知ってもらうきっかけになりましたが、これからはスイーツだけでなく、野菜を中心とした食事を楽しんでもらえるような提案もしたいと思います」
学生時代から今まで休むことなく走り続ける柿沢さん。さらに多くの人々を元気づける野菜の伝道師として、おいしいものを作り続けていく。

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埼玉県所沢市にある「陽子ファーム」での農業体験ツアー。農園の園主とはラジオ出演をきっかけに知り合った。今も多くの農家との出会いがあり、全国に農家ネットワークが広がっている
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農薬や化学肥料を一切使わずに年間約70種類の野菜を作る「ベジファーム」での農業体験ツアー。ポタジエのスイーツはこの農場で収穫された野菜から作られている
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大学1年生の時に初めて訪れたパリ。独特のカフェ文化や野菜料理などを体験した。ずっと憧れていたフランス生活を体験できたのも嬉しかったという
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大学時代にアルバイトをしていたケーキ店。ケーキ作りではなく接客担当だったが、自分自身も元気になれる飲食店の仕事が好きだと実感した

Column

お米の大切さも伝えたくて野菜寿しを創作

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たくさんの農家と知り合うなかで、日本にはこんなにおいしいお米を作れるポテンシャルがあるにもかかわらず、減反などで思い切り作れない状況にあることも知った柿沢さん。そこで、野菜とお米をもっと積極的に食べてもらう方法の一つとして野菜寿しを考案した。「寿し」にした理由はそれだけではない。魚に大間のマグロや呼子のイカといったブランドがあるように、野菜でも栽培方法や産地、品種、味、希少性によるブランド化を図ることが必要だと柿沢さんは考えている。そこで、野菜にスポットライトを当てる意味もある。
野菜寿しは「パティスリー ポタジエ」の近隣に店を構える「ポタジエ マルシェ」で販売している。