教員インタビュー
インタビュー

杉田 善弘教授

Yoshihiro Sugita

研究分野
マーケティング・サイエンス(マーケティングのためのデータ分析)、新製品開発のマーケティング
プロフィール
1974年、学習院大学法学部卒業。1980年、ワシントン大学(シアトル) 経営大学院修士課程修了、MBA。1986年、カリフォルニア大学ロスアンジェルス校経営大学院博士課程修了(Ph. D.)。1986年、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)アンダーソン経営大学院博士課程終了(Ph.D.)。インディアナ州立パデュー大学クラナート経営大学院助教授を経て、現職。著書に『マーケティングのためのデータマイニング入門』(東洋経済新報社)、『プライシング・サイエンス―価格の不思議を探る』(同文舘出版、上田隆穂、守口剛との共著)などがある。

一生付き合える研究テーマと出会おう。

20代のひらめきが、その後の研究を手招きする。

過去の経験が現在の行動を決め、現在の経験が未来の行動を左右すると考えた時、それはデータ分析の新たな予測モデルの構築につながるのではないか?

上記は1980年代、若き杉田教授がアメリカの大学院の博士課程で学んでいた頃にひらめいたアイデアだ。そのひらめきは、今も教授の研究心や追究心というハートの真ん中にある。たとえば、教授がずっと取り組んでいる研究の一つに「参照価格」の分析がある。参照価格とは、消費者が過去の購入経験によって記憶している価格であり、現在の実売価格が高いか安いかを判断する際に心の中で参照する基準となる価格だ。
*上記の場合、正確には内的参照価格と呼ぶ。本稿では特別な場合を除き参照価格と記した。

「いわゆる値ごろ感のことですね」と杉田教授はいう。「たとえば定価1,000円の商品があって、ずっと1,000円で売られてきたものが、ある時900円で売られていたら、人は『お買い得』とポジティブに感じます。一方、定価1,000円だけれども、ずっと800円で売られてきたものが、ある時から900円で売られるようになったら、人は『高い』『値上げした』とネガティブに捉えます。どちらのケースも定価が1,000円で現在の実売価格は同じ900円なのですが、人は真逆の反応をする。900円という価格の意味がまったく違ってくる。それが『過去の経験が現在の行動を決める』ということです。800円だった過去を考えれば900円は高いし、1,000円という過去を持っていたら900円は安いと」

杉田教授は、初期の分析で「ポジティブな反応よりもネガティブな反応のほうがより強く出る」「値引きは現在の売上を高めるが将来の参照価格を引き下げ、再び元の価格に戻そうとすると消費者の反応はより厳しくなる」ことをデータから証明したという。

値引きは、消費者の将来の参照価格を引き下げ、中長期的には売上を低下させるため、値引きについての意思決定は、将来の売上に対するマイナスの効果を考慮しなくてはならないと長らく言われてきた。一方で、杉田教授は「そうとは単純に捉えきれない層が昨今は存在するのではないか?」と変化を感じていた。そこで他大学の教授らと調査分析し、共著「内的参照価格形成におけるブランドロイヤルティの調整効果の非対称性」をまとめた。

ロイヤルティとは忠誠心のことだ。分析結果から、値引きによって参照価格が大きく下がるのはロイヤルティが低いブランドのみであり、ロイヤルティが高いブランドについては値引きをしても参照価格は更新されにくく、ほとんど下がらないことがわかった。ブランドロイヤルティを醸成していくことの重要性をデータがあらためて示唆したのである。現在、杉田教授は参照価格をもう少し拡張したモデルの構築に取り組んでいる。

iPhoneと、おふくろの味の共通項とは?

ロイヤルティが高いブランドを思い浮かべると、たとえばApple社のiPhoneがあるだろう。ではなぜ、iPhoneは売れ続けているのだろうか?

「その人が、ある商品カテゴリーの中で、一番最初に購入したり体験したブランドは、その人にとって特別な存在になります。たとえば味噌汁は、おふくろの味を基準として、濃いとか薄いとか人は判断するはずです。記憶に残っている最初の体験は、それはもう別格で、それが現在のチョイスに多大な影響を及ぼすのですね。先程の参照価格の話と同じで、過去の体験が現在の行動を決めています」

「iPhoneに関しても同じです。他社はiPhoneと正面から競い合えるような機能や操作性を持つスマートフォンをなかなか作ることができず、iPhoneの独擅場がしばらく続きました。iPhoneがスマートフォンの初体験だったという人が圧倒的に多く、その人たちはiPhoneを特別な存在と感じており、そしてiPhoneを中心に据えて他のブランドを見ています。今はアンドロイドと性能的にはほとんど変わらないと思いますが、ブランド力やロイヤルティは大きく違います」

iPhoneのように昨日までなかった商品を世に送り出す時には、認知や理解に莫大な広告宣伝費が必要となる。市場に受け入れられずに失敗する可能性も高い。そんなリスクを背負いつつ、それでもなお新製品の開発に力を入れる企業が多いのは「先発の優位性」にあると杉田教授はいう。「先発の優位性」とはマーケティングや経営学の用語で、新しい市場にいち早く参入し、後発ブランドより大きな利益やシェアを得ることをいう。「先発の利益」とも呼ばれる。

「スマートフォンといえばiPhone、水洗便座といえばウォシュレット、ハイブリッド車といえばプリウスといったように、消費者にその製品カテゴリーの代名詞として認識されれば、後発に対して心理的な参入障壁を形成することができます。この『先発の優位性』や『新製品開発のためのマーケティング』については学部生に教えてきましたが、興味を持たれるのなら院生を指導することもできます。経営学研究科の良さの一つは、真の意味での少人数制ですので、学生の興味ですとか今持っている知識に合わせてカスタムメイドの指導ができる点にあります」

研究者の枕元にそっと添えられるもの。

杉田教授が、最近力を入れて取り組んでいるのが「購買データから商品イメージを抽出する選好の内的分析」のモデル作りの拡張である。クルマでも鞄でも腕時計でもいい。高級ブランドと大衆ブランドとその中間に位置するブランドがあった時。中間ブランドは、いつも高級ブランドを購入している人から見れば、とてもチープに見える。一方、いつも大衆ブランドを買っている人から見れば、なにか上質なものに見えてくる。同じブランドでも、今までどんなブランドを購入してきたかで、商品の見え方が違ってくる。「過去の経験が現在の行動を決める。『選好の内的分析』に対する視点もまた同じです」と杉田教授は笑う。

大学院では「共分散構造分析」を教材とした授業もある。杉田教授は「消費者行動分析では最近の学会の中で中心的な手法であり、科学的研究を行うためのスタンダードとなりつつあります。大学院生が覚えるにはちょうどいい」と勧める。授業で用いる統計分析ソフトには、近年専門家の間で大きく普及が進んでいるフリーソフト「R(アール)」を使用しているそうだ。

大学院を目指す方に伝えたいことは、冒頭から言い続けている通り、「過去が現在を、そして未来を左右する。すなわち、若い時の行動が将来の自分を支配する」ことだという。杉田教授は続ける。

「私の場合、柔軟な発想のできる、アタマの柔らかい時に、ちょっと面白いなと思いついたアイデアが、一生の研究テーマとなりました。若い研究者が、私の研究室で一生付き合えるようなテーマと出会うことができたなら、こんなにうれしいことはありません」

1990年代初頭、アメリカのパデュー大学で経営大学院の助教授だった時に、プロジェクトメンバーの一員として参照価格に関する論文をみんなで協力して書き上げた。その論文は四半世紀を経て、当時のベストペーパーの一つと評されるようになる。杉田教授は省みる。

「論文は発表当初から採択され、それなりに評価を受けました。しかしそれが第一義ではありません。大学院を目指す方には、若い今、ふと頭に浮かんだ、自分にとってしっくり来るアイデアを大切にしてほしい。そしてそれを突き詰めてほしいと思います」

時を経ても。確かな研究は、色褪せることなく評価される。サンタクロースが配達し忘れた少年時代の贈り物であるかのように、それは研究者の枕元に、そっと添えられるのだ。

取材: 2018年1月19日
インタビュアー・文: 遠藤和也事務所
撮影: 松村健人

身分・所属についてはインタビュー日における情報を
記事に反映しています。

取材:2018年1月19日/インタビュアー・文:遠藤和也事務所/撮影:松村健人

身分・所属についてはインタビュー日における情報を記事に反映しています。