2017.10.02 Mon
平成30年度より全学の学生が履修できる基礎教養科目として、「金融リテラシーとライフデザイン」が開講されます。この授業を行うにあたり、2017年8月4日に、授業を提供くださる金融広報中央委員会(事務局:日本銀行情報サービス局)から加藤健吾氏をお迎えし、清水順子経済学部教授
と「金融リテラシーとライフデザイン」について対談を行いました。

(左:加藤健吾氏 右:清水順子教授)
清水順子教授(以下清水):
授業で扱う金融リテラシーとライフデザインについて教えていただけますでしょうか。
加藤健吾氏(以下加藤):
金融リテラシーとは、人生において必要となる、金融との関わり合いや経済の仕組みに関する基本的な「知識」をまず指しますが、加えてそうした知識に基づいて「判断する力」、「考える力」のことも指しています。この授業では、学生のみなさんが社会に出られて直面するであろうさまざまな問題に金融面でどう対応するべきか、自分で判断するための基礎力を身に着けていただくことを目的としています 。
知識面で例を挙げますと、例えば、なぜ火災保険は必要なのか、連帯保証人と保証人の違いはどういったものなのか、口約束しかしていない内容は契約上有効になるのかなど、その後の人生に大きな影響を及ぼすかもしれない金融の知識に触れていただくことになります。そういう意味で、この授業で得ることのできる知識は、実社会ですぐ役立つ実学の宝庫でもあります。
大学生など若い方は、ライフデザインを踏まえて資金計画を立てるといったことは、自然体では考えないと思います。ただ、変化が激しい現在において、その時その時の「お金」に関する常識は、時代が変われば役に立たなくなってしまう状況にあります。10年20年先を考えるには判断力が必要であり、それが金融リテラシーといえると思います。
また金融についての知識は、知っている人と知らない人で後年大きなギャップを生み出します。どのような判断をするにせよ、知らないまま流されて決断するのではなく、自分で考えて結論を出せるように導けるような役割を果たしたいと考えています。
理想としては、金融を足掛かりに人生設計や社会との関わりを考えていただくことで、健全な市民社会をささえる市民をつくっていく一助になりたいとも考えています。

清水:
これまでの大学の授業は、どうしても実学と遠くなってしまうこともありました。アカデミックな内容と実社会での応用のギャップを埋めることを期待しています。また、金融リテラシーというものを経済学部のみならず多くの学生に知ってもらうために、この授業は全学部の学生が受講できるものにしたいと考えています。
ただ、講義の時間だけで身に着けるのは難しいと思いますが、授業ではどのような工夫をお考えでしょうか。
加藤:
学生のみなさんには自分の問題と思っていただくことが大切です。例えば、各ライフステージで必要になる収入と支出のバランスについて、実感を持ってもらうために、生涯の収支カーブを見せて、ライフステージ(現役、リタイヤ後など)ごとに収入と支出にアンバランスが出ることをお見せします。そして、その収支ギャップを埋めるためにどのような手立てがあるか。収入面の強化。支出面の見直し。そして長期積立型の資産形成を少額からで良いので続けておくことが大切であるといったことを説明します。
働くということについても、たとえば経済学部の学生さんは、GDP統計は付加価値ベースで作成されているということはご存じでしょう。でも、ご自身の稼ぎが自らの生み出す付加価値の内容に左右されるといったことを実感されておられる方は案外少ないかもしれません。まず、働くことでなぜお金がもらえるのかといったところまで噛み砕いて、自分の人生の問題として理解できるようにしたいと思います。
また、各ライフステージにおける資産形成については、中立公正な立場から金融教育を推進するとの基本姿勢に則り、「投機」ではなく、リスクを把握して許容範囲内にコントロールしつつ行う「投資」についてお話しします。たとえば、元本ロスのリスクをなるべく低く抑えつつ、預貯金で100%持つよりは期待収益率を総じて高められるような、長期・分散型投資の手法についてお話しします。個人型確定拠出年金「iDeCo」や少額投資非課税制度「NISA」・「つみたてNISA」などが、具体的にどのような場面で役立つのかといった話についても、紹介したいですね。
この講義ではファイナンシャルプランナー協会の人にも来てもらい、例えば子供が出来た場合の教育コストはどうなるのか、車や家を買う場合の原資をどうするのかなど、自分自身の人生のイベントと結びつけてキャッシュフローを考えてもらう演習を行う予定です。また、教育効果を高めるために、講義テーマや受講者数の多寡にもよりますが、できるところではグループ討議なども取り入れ、座学だけにならないように努めたいと考えています。
清水:
それは大変興味深いですね。私は、これまでにも国際金融論の講義で「FX(外国為替証拠金取引)で儲けるにはどうすればいいのか」という質問をしてくる学生さんもいれば、卒業したゼミ生から「401kって何なのか」、「生命保険はいくらかけたらいいのか」といった問い合わせを受けることもあります。金融に関する知識や興味に大きな差があることを感じます。

加藤:
ある意味では、金融商品の運用をご自身の責任・判断で既に実行できる方は、それはそれで良いのだと思います。一定の知識に基づき、自分なりの相場観も自然に形成されていくでしょう。ただ、そうでない方はどうなのか。親の時代では単純に預貯金をしていればそれでよかったかもしれませんが、時代が変わった現在でも、その認識のままでよいのか、将来はどうなるのかを考えなくてはいけません。
清水:
もう一つの問題は、特に今の学生には将来自分たちは年金はもらえないものだという考えがあり、安全重視で安易に貯蓄を選択してしまっている面があると思います。
加藤:
生涯収支をプラスマイナス0にすることだけを目標と定めてしまうだけでは人生つまらないかもしれませんね。現実を見据えてもらう必要はありますが、学生さんの夢を奪いたくはないし、やりたいことをあきらめてもらう必要もありません。この講義が、将来に対する漠然とした不安に対処する知識や判断力を身につける一助となればよいと思っています。

清水:
中央銀行である日銀や金融庁といった、いわゆる金融の専門家集団が、大学生に金融リテラシーを教育するという取り組みは、学生にとっても大きなインパクトがあります。いろいろな組織の方が講義に参加してくださるのも楽しみです。
加藤:
金融広報中央委員会のホームページ知るぽるとでは「大学における金融教育に関するモデル講義計画と講義資料」を公開しています(下図概要)。
これを基本として授業計画をさらに詰めていこうと考えています。また、授業の前と後でアンケートをとって習熟度を見たり、授業に反映させたりといったことを考えています。
担当者 | 内容 | |
金融庁 | 金融リテラシーの意義など | |
金融広報中央委員会 | 人生にかかるお金の意味 働くことでる所得、付加価値について 悪徳商法・金融商品詐欺など |
|
ファイナンシャルプランナー協会 | ライフプラン、キャッシュフローなど | |
全国銀行協会 | クレジットやローンについて | |
日本証券業協会 | 証券投資とは | |
投資信託協会 | 投資信託について | |
生命保険協会 | 生命保険や年金保険、養老保険など各種保険について | |
日本損害保険協会 | 自動車保険(自賠責や任意保険)など |

清水:
大学生にとっては、講義に出て単位を取るというのが大変重要です。この授業を受講するにあたり、事前に何か準備が必要でしょうか。

加藤:
特段「この知識がないと受講できない」というものはありません。むしろ、こういったテーマについて今までは何も知らないなという方にこそ学んでいただきたいですね。敢えて言えば、できれば新聞の経済面の見出しだけでもよいので、毎日意識して見るようにすると、授業内容と現実の繋がりが実感できて、理解度がさらに深まるかもしれません。
清水:
試験も行われるのですよね。
加藤:
そのつもりですが、試験の内容は授業にちゃんと出席して、各講義の資料の内容をしっかりと理解していれば、問題ありません。
清水:
学生にとっても、学習意欲が高まりますね。最後にどのような講義にしていきたいとお考えでしょうか。
加藤:
日本人の金融リテラシーは、調査結果によれば、残念ながら欧米対比で相対的に低いといわざるを得ません。その行動思考もかなり保守的です。もちろんそれは一概に悪いことではありません。ただ、思考停止になってしまってはいないだろうかと懸念しています。
正しい知識を得た上で、それでもたとえば預金が一番自分にあっているという判断をするのであればそれはそれで良いのです。ただ、常に疑問を持って判断できる力を磨いて欲しいと思います。
夢を見つけてどんどん前に進んでほしい。ですが、現実も知ってもらいたい。そのバランスを大事にしたいと考えています。
