秋山 隆彦 教授

地球環境にも優しい新たな触媒を求めて
1958年岡山県生まれ。85年に東京大学大学院理学系研究科化学専門課程博士課程修了、同年塩野義製薬株式会社に入社研究所勤務。88年愛媛大学工学部助手、92年スタンフォード大学の研究員を経て94年学習院大学理学部化学科助教授に。97年より現職。
秋山隆彦 理学部化学科 教授 有機合成化学
有機触媒は基本的に炭素がつながったもの。そこに様々な原子をつなげて新たな触媒を探ってゆく。

触媒。自身は変化することなく、化学反応を促進させる物質。「たとえば僕らの研究は薬に深く関係しています。薬というのはある試薬とある試薬を混ぜてつくられるけれども、ただ混ぜるだけではできない。そこにある粉を入れると化学反応が起こり、必要な成分ができる。その粉にあたるものが触媒です」。医薬品だけでなく、プラスチックなど私たちの身近にあるあらゆる石油製品も、触媒によって反応を起こすことでつくられている。2001年には野依良治氏が、2010年には根岸英一、鈴木章両氏が、触媒に関する研究でノーベル化学賞を受賞している。
「たとえば野依先生は金属触媒といってパラジウムなどの金属を触媒に使います。一方、我々が研究しているのは有機触媒。金属を使わないものです。有機触媒の研究はここ10年ほどで盛んになった、比較的新しい分野です」
秋山研究室では2004年、不斉合成(光学活性な化合物を合成すること)に役立つ酸触媒を開発して論文に発表した。その触媒は世界で注目を集め、新たな研究分野ともなった。通称秋山触媒と呼ばれ、現在も各国の研究者が活用している(ほぼ同時期に同様の開発を行った東北大学の寺田眞浩教授の名前と併せ「秋山・寺田触媒」と呼ばれることも)。
では、秋山教授が開発した触媒はどのように優れているのか。
「中国が政治的な施策として、レアアースの輸出制限を行ったりしていますよね。レアアースの中には、触媒として使用される金属が入っているものがある。これが手に入らなくなると困ってしまう。また、金属は毒性を持っているので、精製してそれを取り除かなくてはならない。我々は金属が入っていない有機分子でも金属触媒と同じような働きをする触媒があるということを見つけたのです」

化学の力で「ほしいものだけ」をつくる

研究室には秋山教授を訪ねて世界各国から研究者が訪れる。彼らとの写真と、教授への一言が収められたノート。(下)2004年に開発した酸触媒で、有機合成化学分野の研究者に与えられる賞「名古屋シルバーメダル」を受賞

触媒を見つける、と一言で言っても、簡単なことではない。
「たとえば服をデザインするときに、色を変えてみましょうとか、袖の長さをあと5cm長くしてみましょうとか、デザイナーが考える。そのうえで実際にモデルさんが着てみたらどうなるかを確認しますよね? それと同じように、我々は新たな触媒をつくったら、それを使ってAとBを混ぜたらどうなるか、というのを学生さんとともに実験しているんです。その触媒の構造を、少しずつ変えては実験する、の繰り返しです」
新たな触媒が発見されると、どんなメリットがあるのか。
「たとえばいままではAとBを混ぜてCをつくり、CとDを混ぜてEをつくり……と、10段階の工程を経てようやくある薬ができるとします。それが、ある触媒を使えば2段階でできるようになる、ということも充分にあり得ることなのです。すると工程が減る分コストが下がることはもちろん、無駄なゴミも減るわけですよね。工程ごとに反応を起こすということは、要らないものもその段階ごとに出るわけですから」
化学の現場で、グリーンケミストリーという言葉が広く使われるようになっている。環境への負荷がなるべく少ない科学技術をめざすもの。その意味でも、有機合成化学は注目を集めているのだ。
「我々がやっている有機合成化学は、化合物をつくるときに、なるべく簡単な方法できれいにつくりましょうというという考えが中心なんです。薬をつくるときにたくさんの工程を経ていらないものを生み出し、たくさんの原料からほんの少ししかできなかったらもったいないですよね。ほしいものだけをつくる化学とも言えるかな」

発見した触媒の活用法を探り続ける

そもそも、秋山教授がこの道をめざしたきっかけは「実験が面白いから」という単純な理由だったという。「色が変わったり、反応によっていろんなものが生まれるのが楽しかった」と笑うが、その先に研究の道があり、そして新たな発見があった。
「いまは学生が中心となって研究を進めています。たとえば私が学生にアドバイスをした結果、その計画通りに実験が進むのはいいことだけれど、それはある程度予想できる結果なわけです。でも学生が手順を間違えたりして『なんか変なものができています、こんなことが起こるはずはないんだけど』なんていうときのほうが、逆にその先に大きな発見があることもある」
研究に対する純粋な思いは、今も変わらない。
「もちろん、人の役に立つものをつくれればいちばんいい。けれど、内心では今までになかったものを見つける好奇心や、新規で面白いことをやってみたいという思いの方が先に立っているんです。我々が開発した触媒も、最初から『絶対に役に立つ研究をしよう』と思ったわけではない。あまり人がやっていないことをやってみたら世界の研究者が注目してくれる触媒ができた。この状況は予想外のことでした」
現在は新たな触媒を探す研究とともに、秋山触媒がどんなところに活用できるかの研究も続けている。
「我々の触媒は現在、研究レベルで使ってもらえています。でもいずれ実際の薬がつくられるようになればいい」
好奇心からはじまった実験が、いままさに世界の役に立ちはじめている。