西坂 崇之 教授

生命の源、たんぱく質の謎に挑む
1968年東京都生まれ。幼少期をブラジルで過ごす。早稲田大学大学院理工学研究科博士課程修了。日本学術振興会特別研究員、情報通信研究機構研究員等を経て2003年学習院大学理学部助教授に。200X年より現職。
西坂 崇之 理学部教授 生物物理学
西坂教授が開発した光学顕微鏡のひとつ。研究にあわせて部品を組み直すことも。これだけの性能の顕微鏡が揃っている研究室は国内外を探してもなかなか見つからない。

「人間は、ロケットは飛ばせても、メダカ一匹つくれない」。西坂教授を研究に駆り立てるのは、こんなごくシンプルな、しかし改めて聞くと愕然とするような事実だ。その「メダカ一匹」、つまり生命そのものをかたちづくる源であるたんぱく質について、教授は研究している。
たとえば人間は、およそ3万種類のたんぱく質でできている。「たんぱく質は、とても精巧な部品です。物質を分解したり、化学反応を媒介したりという役割がある。なかでも分子モーターというたんぱく質分子は、細胞のなかでエネルギーを動きに変換する役割をもっている。私たちの研究所では、その仕組みを把握しようとしています」
エネルギーを動きに変える仕組みについては、これまでは筋肉の研究など、目に見えるかたまりの作用として捉えられていた。しかし、それだけでは解明できないことが多くある。そこで、より細かな要素を見ようとどんどん研究対象が小さくなり、たった1個の分子に注目するというところまできた。とはいえ、その研究はどこででもできるものではない。何しろ、分子モーターは1ミリメートルの10万分の1の大きさなのだ。「回転分子モーターを研究できる設備を持っているのは日本で数か所。世界にはほかに全くありません。そして、日本にある化学反応を直接見る顕微鏡は、すべて私がつくったものです」。そう、西坂教授は分子モーターの動きを解明するために、新たな顕微鏡の技術を開発しているのだ。

たんぱく質の三次元の動きを把握する

学生とともに名前が並んでいる特許証(左)と研究室におかれたペンギンの人形(右)。たくさんの付箋は研究室の学生たちが「学生思い」「雑学王」など先生のいいところを書いて貼るというイタズラをしたもの。

幼いころから生物に興味をもっていた。「動物が動くこと、殖えること。その仕組みはわからない。不思議に満ちていますよね」。高校を卒業するころには、生物物理学を専攻しようと決めていたという。「いわゆる生物学だけでは、生物の秘密を解き明かしきれないと思っていた」。
生物学は、違いを認める学問だ。それぞれの生物に、それぞれの現象があってよしとされる。しかし物理学は、違いを認めない。地球でボールを投げたときと、月でボールを投げた時、ここに違いがあった場合に、なぜ違うかということを突き詰める。「現象の数だけ生物が成り立つ。だからこそ生物は魅力的。でも、たとえば私と魚では見た目は違いますが、たんぱく質はほとんど同じ。この生き物だからこうだということではなく、私はすべての生物に共通する仕組みを解き明かしたい」。
それが、分子モーターたんぱく質についての研究を進める動機。そのための光学顕微鏡の開発によって取得した特許は国内で5つにものぼり、海外5か国でも特許取得を進めている。中でも「全反射型蛍光顕微鏡」に関する特許は研究室の学生と共同で出願・取得した。学生が特許を取得したのは学習院大学始まって以来の快挙。
特許をとった技術は、たとえばこんな内容だ。通常の顕微鏡で見えるのは平面。しかし、分子モーターの動きを把握するため、これまでの顕微鏡では見ることができなかった三次元の動きを把握するという方法を編み出した。非常に小さい分子に蛍光塗料を塗り、光を反射させてその動きをつかむというもの。「実際にその技術を使った顕微鏡で見てみると、分子モーターは進みながららせんを描いて回転するような動きをしていることがわかったのです」。それらは論文としてNature Comunications誌などに発表され、その顕微鏡の性能の高さ自体も、それによってわかった分子モーターの動きも世界に衝撃を与えた。西坂研究室には、共同研究のオファーが日々舞い込んでいる。

光学顕微鏡が新たな研究を切り開く

たんぱく質の謎を解明するために西坂教授が作り出した光学顕微鏡は、様々な研究に応用されている。細胞の器官のひとつである繊毛の複雑な三次元の動きを解き明かしたり、細菌の動きの観察に使用されたり。現在は、日本学術振興会による最先端・次世代研究開発支援プログラムに採択された「医療への応用を目指した高解像3次元ナノマニピュレーション技術の開発」を進めている。
「人間を構成する3万のたんぱく質という部品のうち、ある部品がちょっと壊れただけでガンになったり、アトピーになったりする。そこで、難病のひとつの原因たんぱく質を顕微鏡で見るという研究を行っています」。これまで、「病気の原因を顕微鏡で見る」といえば細胞レベルのものだった。それをさらに細胞のなかのひとつの分子を覗くことにより、より根本的な原因が解明できるかもしれない。「その分子の仕組みがわかれば、薬を飲むということではなく、まったく新しい切り口の治療ができるかもしれない」。また、マイコプラズマという最近の動きも研究中だ。感染を伴うマイコプラズマ肺炎の新たな治療法の発見につながると期待されている。「もともとは分子モーターの動きをみるためにつくった顕微鏡のおかげで、新たな研究が少しずつですが着実に動いています」。
さて、新たな顕微鏡技術を次々開発し、分子モーターの動きと機能が見えるところまでは進んだ。この状況は「メダカ一匹」つくるために、どれほど進展していることになるのだろうか。「たんぱく質のおかれている環境は、われわれの日常とかけ離れています。水の中に必ずあるため、水の影響を大きく受ける。その影響をたくみに利用しながら化学反応を行っている。たとえば人間がそういうものをデザインするならば、やわらかなものをつくらなくてはならない。やわらかくてめちゃくちゃな動きをしているのに、気が付けばちゃんと化学反応を決まった方向に実現する。そんな機械、今の段階ではつくりようもありません。でも動きと機能をみることで、それをつくるための手がかりがほんの少しだけ、見えてきたところです」。