教員インタビュー
インタビュー

ディミトリ リティシェフ教授

Dimitry Rtischev

研究分野
戦略行動 ベンチャー企業
プロフィール
1989年、米マサチューセッツ工科大学(MIT)電気工学・コンピュータサイエンス学部および修士課程修了。1999年、カリフォルニア大学バークレー校経済学博士課程修了。その後、シリコンバレーにてベンチャー企業を立ち上げ、CEOを務める。2004年、学習院大学に着任。著書に『私も起業できる? ベンチャーで働く?アメリカ人との本音トークでわかるシリコンバレー流キャリアと財産の築き方』がある。

現代社会の問題点を考察し、
究明する知の旅へ。

ゲーム理論で、企業や個人の行動の原理を探求する。

経済や社会の現象を考察し、ゲーム理論を用いて分析し、問題の原因を明らかにして、対策を提言するもととなる知識を送り出しているのがリティシェフ教授である。

教授は、個人ならびに企業の戦略行動を研究領域としている。個人にせよ、企業にせよ、制度上で可能のアクションの中から自分にとってベストを選んでいるはずだ、ということを大前提とし、その結果として成り立つ状況を見て、制度の長所と短所を究明している。

「たとえば日本の教育システムの中での戦略行動を考えた場合、個人では受験生同士の競争があります。どの学校を受けるか、どういった勉強や準備が必要か、他の受験生の動きを見極め、さらに学校側の動きも視野に入れて、より優れた学校へ入るために、自分にとってベストな選択をします」

「同時に学校同士での競争があります。どんな入試制度を選択すべきか、受験科目や配点はどうするか、試験日は人気校と重なっていないか、いつ合格発表をし、いつまでに入学申込期限を定めればベストか、他の学校の出方をうかがいながら、より優秀な学生を集めるために調整します」

「各受験生が、各学校が、他のプレイヤーの動きを予想したうえで、自分が最も有利になるように合理的に判断して行動していますが、その結果として誰にとってもベストな状況になっているかと言えば、そうではありません。むしろその副作用のほうが大きい」

「難関校が超難関校になる一方で、定員割れする学校が出てきたり、塾産業が過大に膨張し、受験生を持つ親の負担となっています。そして受験生は大学に入る頃にはすっかり疲弊していて、もう勉強はいいやという気分になります。これでは本末転倒ですよね」

制度改革を考えるうえで「研究に大切なのは必ず他の国と比較しながら分析すること」だとリティシェフ教授はいう。

「なぜなら理想の仕組みというものは存在しないからです。どの国の教育システムにもメリットとデメリットが必ずあります。ではアメリカはどうか? ドイツはどうか? 比較してみて、まずは何が原因で問題なのか、それはどう動いているのか理解したうえで制度改革を考えるべきですね」

ケインズの予測は、なぜ実現されないのか。

かのケインズは、1930年に発表したエッセイ「孫たちの経済的可能性」において100年後の未来、2030年を予測した。

それによれば「人類は技術進歩により物質的に満たされ、労働からは解放されて余暇は増える」のだという。2030年まで残りわずかとなった現在、確かに技術は飛躍的に進歩し、労働生産性は著しく上昇した。だが我々は、労働からは解放されてはいない。そればかりか少なくとも日本では残業が減らず、さらに本来余暇に充てるべき退社後や休日に副業を行うことが推奨されそうな空気さえある。なぜ、技術や経済は発展しているのに、労働時間は減らないのだろうか?

「それは土地の問題ではないか」とリティシェフ教授は推察する。教授は論文「住宅と労働時間の選択モデル」において、労働生産性の上昇が地価を押し上げ、余暇拡大を妨げる可能性があることを示した。

「ほとんどの商品は、生産費とそれに上乗せした利益で価格が決まります。一方土地は例外で、『誰がいくら払うか』競売のように地価が決まるわけです。労働生産性が上昇すると、人々の所得も上昇します。そして地価がそれと連動して、住宅コストが上昇します。そうして人は、住宅ローンや家賃を支払うために、もっと働かなければならなくなるのです」

研究のきっかけは、弁護士など高所得者ほど忙しなく働いていることに疑問を持ったからだという。それなりの所得があるはずなのに、あんなにも一生懸命働くのは何が原因なのか追究したくなったそうだ。また、低所得者を支援するための研究は数多く存在するのに対し、中流階級以上の人たちを対象に過労を考察するものはほとんどなかったことも教授の背中を押した。

「ある意味で、みんな被害者だと思うのですね。市場経済や技術発展、自由貿易といったオーソドックスな経済学では『こうすれば豊かになれるぞ』という夢を描いてはくれますが、産業革命から2世紀以上を経ても、ゆっくり余暇を楽しむことができる人は未だに少ないですよね」

また、これは日本に限った問題ではないと教授はいう。「アメリカでもヨーロッパでも人が集まる都市部は土地が異常に高く、全世界共通の問題となっています。また、途上国のスラム街でも家賃はあり、日本人から見ればそれはとても安く思えますが、現地の住民にとっては高いです」

ゲーム理論という眼鏡を通して世界を読み解く。

リティシェフ教授と話をしていると「解放」というキーワードが浮かんだ。

「そうかも知れません。先の研究を進めるうえで、一つには日本の若者を塾や受験といった地獄から解放させたいという思いがありました。塾はないけれど教育実績が高い欧米と比べれば、日本の子供たちは必要以上にストレスにさらされていると感じていました。また土地税制を考え直して住宅費の負担を軽減させたいという思いや、同時に残業から解放させたいという願いもありましたね」

「起業もある意味で解放ですので、受験・就活・人材採用・婚活といった競争の『場』を日米で比較して、起業活動との関係を研究しています。日本の若い人もアメリカ人と同じようにたくさんのベンチャー企業を立ち上げたり、その社員になる人が増えれば、日本人に新しいキャリアパスが開きます」

大学院のゼミではどのような進め方を考えているのだろうか?

「英語の学術論文やケーススタディを教材として前もって渡したうえで、それを授業で紹介し、分析し、理解の確認をして討論したく思います。目標としては、どんなシチュエーションであっても、ゲーム理論のアプローチを用いて、プレーヤーは誰か、各プレーヤーに選択可能なアクションは何か、戦略行動を表す数理モデルとして捉えることのできるスキルを身につけることです」

では、教授は、どんな方に大学院の研究室のドアをノックしていただきたいのだろうか?

「何か資格の一つのようなものとしてゲットしたいという人よりも、深い興味を持って研究にかかわりたいと思っている方に来ていただければと思います」

「大学院で書く論文は院生自身にとって面白いテーマが不可欠だと思います。面白いから研究しやすく、書き進められやすくなります。自分にとって面白くないテーマで論文を苦労して書けたとしても、それを読むほうも苦しくなります」

教授のことを紹介している学習院大学のHPでは、「大学院に出願を検討している方への手紙」と題し、リンクが貼られている。その手紙の中には以下のようなメッセージがある。

「学部生を、教員が運転し目的地まで運んでくれるツアーバスの団体客とするなら、院生は自らが運転手となり、また自らが目的地を決めなければなりません。私はナビゲーター役として指導し、研究の手助けをしますが、その一方であなたの質問やアイデア、そしてエネルギーに、私自身がインスパイアされることをとても楽しみにしています」

取材: 2018年1月18日
インタビュアー・文: 遠藤和也事務所
撮影: 松村健人

身分・所属についてはインタビュー日における情報を
記事に反映しています。

取材:2018年1月18日/インタビュアー・文:遠藤和也事務所/撮影:松村健人

身分・所属についてはインタビュー日における情報を記事に反映しています。