院生インタビュー

研究と実務を両立し、
社会に貢献できる人材になる

博士後期課程
山中 寛子 Hiroko Yamanaka

選択肢になかった大学院。教授のひとことが背中を押した

企業で働いた経験と、大学院での研究実績。山中寛子さんは、その両方を積み重ねてきた、いわばハイブリッドな経歴の持ち主だ。学習院大学を卒業後、博士前期課程に進学。修了後に6年間の社会人経験を経て、2016年に博士後期課程へと進学し、現在も働きながら、マーケティングの研究を進めている。しかし当初は「大学院で学ぶことになるとは、思ってもみなかった」と、山中さんは語る。

「それまで何の疑問もなく、大学を卒業したら就職するものだと思っておりました。しかしゼミの担当教授から『大学院に進むという道も考えてみたらどうか』という一言をいただき、進学を考え始めたのです。振り返ってみれば、学部時代に『自分はこれを学んだ』と、胸を張って言えるものがありませんでした。言い換えれば社会に出たときに自分の強みとなるもの。それが欲しいと思いました。そこで、そのころもっとも興味を惹かれていたマーケティングについて、大学院でもっと深く勉強してみたいと思ったのです」

マーケティングの面白さに出会ったのは大学の授業でのこと。企業がとってきた策と、その結果が反映された実社会との関係をリアルにイメージできる学問に大きな魅力を感じたという。そして博士前期課程に進学し、マーケティングを専門に学び、修了後に就職の道を選んだ。広告会社でそれまでに得た知識を活かしながら実践する日々を送り、社会人生活は充実していた。だがその一方で、フラストレーションを感じる場面もあった。

「仕事をする上では、ロジックに基づいて決断や行動をしていくというよりは、なんとなくかっこいい、素敵な気がする、といった感性に任せていた部分も多かったように思います。ある戦略を実行した結果どうだったのかを振り返ったり、検証したりする機会もあまり持てませんでした。仕事は楽しく、やりがいはありましたが、ただ日々のものをこなすのに精一杯で、もっと中長期的なものの考え方はできないものかと、少し葛藤していた部分があったのだと思います」

前期課程でお世話になった上田隆穂教授から連絡を受けたのは、ちょうどそんな葛藤を抱えていたときだった。「学習院マネジメントスクールで一緒に研究をしていかないか。」働くやりがいと、対象物にじっくり向き合う研究と、その両方を得られる、当時の山中さんにとっては願ってもない嬉しい誘いだった。

学習院マネジメントスクールの事務局は学習院大学の構内にある。山中さんは通い慣れた学び舎へと戻り、師事した教授や仲間に囲まれながらの生活を再びスタートすることになったのだった。

研究へのカムバック。その動機は実務経験の中で見出した

学習院マネジメントスクールは、企業と連携し、流通やマーケティング、経営戦略などにおいて、ビジネス界での実践につなげていく研究組織だ。山中さんはここで5年間を過ごした。

「メーカーさんとの共同研究が中心で、自分が研究してきたことが、実際の企業でどう生かされていくのかを間近で見聞きし、深く理解することができました。学部生のころは、研究というと、ある意味で閉鎖的な、特殊な世界を想像していましたが、前期課程に進んでからは、指導してくださった教授が『研究は実務に使われなければ意味がない』という考えをお持ちだったこともあって、研究は実社会と遠いところにあるものではないと考えが変わりました。私も、やるからには、なにかしら社会の役に立てるものを提供したい。そしてマーケティングという分野では、それを実行しやすいと感じています」

企業に近い場所で、連携しながら研究が進められる学習院マネジメントスクールは、まさにその思いを昇華させることができる場だったわけだ。

そして、ここでの経験が、さらなる高みへと山中さんを導いた。

「共同研究を進めるうちに、せっかく学習院の中にいるのだし、お世話になった先生もまだいらっしゃるので、博士課程に進学してもう少し本格的に研究に取り組んでみたい、と思うようになったのです。上田教授からも、『これからの人生をどうしていくか』という、非常に大きなテーマでの投げかけをいただきました。このまま共同研究を主軸としたスタンスでいくのか、あるいは、博士として、研究者として進んでいくのか。そして研究者になるならば、将来的にはどこかの大学に所属して教育者になるのか……。じっくり自分と向き合う機会をいただきました」

修士、博士とそのままストレートで進んだのではなく、山中さんにとっては企業勤めを経ての6年ぶりの大学院。学習院マネジメントスクールでの研究も実務に近く、研究へのスタンスが違うのでは、という不安もあった。それを乗り越える機会を与えてくれたのは、上田教授だった。

「学部時代も企業勤めをしていたときも、数十年後の自分の姿、といった将来設計を意識したことはあまりありませんでした。先生からのお声がけや、投げかけがなければ、深く考えることなく、会社勤めを続けていたかもしれません。今思えば、先生からの問いが、私の人生を左右したといえます」

大学院で身につく「考える力」は、大きな財産になる

現在も働きながら博士課程に在籍する山中さん。研究テーマは、食品スーパーにおけるチラシ広告がストア・ロイヤルティすなわちお店への愛着に及ぼす影響だ。

さまざまな分野で電子化が進む昨今においても、スーパーのチラシは今なお紙のチラシも存続している。紙からウェブへと形を変えていても、スーパーにとってなくてはならないコミュニケーションツールとして機能している点は変わらない、身近なメディアである。

「マーケティングにおける研究はたくさんありますが、チラシ広告に関しては、先行研究例が少なく、興味をもったのです。チラシによって、ストア・ロイヤルティが変わるかどうか、お店に行く回数が増えるかどうか、他のお店よりも使う金額が増えるかどうか、といった要素で調査を進め、分析します。チラシに掲載される情報として重要なのはもちろん価格ですが、他の情報も入れることで、よりお店との絆が深まるのではないかという仮説のもと、研究を進めています」

さまざまなお店のチラシを集めて、必要があれば海外の研究論文も参照する。似たような研究において使われるデータはPOSデータ(売り上げデータ)が主だが、山中さんの研究では、お店を訪れた人々にアンケートを実施し、ちらしを見たことが来店動機につながっているかどうか、また、お店に対する愛着度合いや実際の購買履歴についての調査を行い、データとして収集している。

研究か、実務か。卒業後の進路に関して山中さんが目指すのは、そのどちらか一方ではなく、ふたつを両立するスタイルだ。

「企業での実務と、研究と、両方の立場でものごとを考えられるようになりたいと思っています。研究だけでは、実務の中で実際にやってみて、PDCAを回すということがなかなか難しくなります。また、実務の中で研究成果が役立つことが確認できれば、精査をして研究論文として発表することもできます。どちらも大事なのです」

この両立のために、山中さんが大学院で得たもっとも大きなものは、「考える力」だ。

「学部生のころはあまり経験がありませんでしたが、前期課程に進学後は、考えては組み立てて、崩して、また考えて組み立てての繰り返しで、"とことん考える"ことが大切です。後期課程ではそれをさらにテーマを絞って、狭く深く取り組んでいきます。この思考のトレーニングこそが、研究に専念するにしても社会に出るにしても、変わらず大きな基盤となるものを、自分の中に作ってくれるのだと思います」

大学院での学びを確実に自分の力に変えて、新たなキャリアを積み上げていく。

取材: 2017年12月16日
インタビュアー: 斉藤恵里子
文: 八木美貴
撮影: 松村健人

身分・所属についてはインタビュー日における情報を
記事に反映しています。

取材:2017年12月16日/インタビュアー:斉藤恵里子/文:八木美貴/撮影:松村健人

身分・所属についてはインタビュー日における情報を記事に反映しています。