院生インタビュー

恩師から受け継ぐ現場主義のDNA。学習院で培ったマーケティングの原点

博士後期課程修了
柴田 典子 Noriko Shibata

自分らしさが揺らぐとき、人は何を消費するのか

横浜市立大学で教鞭を執り、マーケティング論や消費者行動論を専門とする柴田さん。現在、彼女が研究テーマとして情熱を注いでいるのが「消費者行動における自己表現」だ。特にここ数年は「自己概念の明確性」という、現代社会を映し出すような概念に着目している。

人間は成長とともにアイデンティティを確立していくが、ライフステージの変化によって自らのあり方を見失いやすくなる時がある。そんな自分らしさが揺らぐ時期と、自己概念が安定している時期とでは、ブランドとの付き合い方が劇的に変わると柴田さんは語る。

「『自己概念の明確性』とは、簡単に言えば自分らしさを自分自身がどれほど理解しているか、という指標です。10代から20代にかけて、人は経験を通じて自分らしさを理解し、自己概念の明確性は高まっていきます。しかし、中年期などで環境や身体に変化が訪れると、また自分がわからなくなる時期が来るのです」

「私が研究しているのは、そうした心の揺らぎと消費の関係です。自己概念の明確性が低い、つまり自分らしさがよくわからない時期や不安定な時期、人は何かしらの『ブランドの力』に頼ろうとする傾向があります」

例のひとつが、ブランドへの向き合い方に対する世代間の違いだ。バブル世代はハイブランドで武装することで優位性や独自性を演出した一方、現代のZ世代はブランド離れが起きていると言われている。しかし、実は対象が変わっただけで、心理的な構造は変わらない。彼らはハイブランドの代わりに『誰も知らないニッチなブランド』や『最新のシェアリングサービス』、あるいは『希少な情報ソース』を身にまとうことで、自分を表現する。対象は違っても『何かに頼って自分を確立したい』という現象自体は同じなのだ。

「逆に、自己概念が安定している時期は、ブランドに依存するのではなく、自分に合わせてうまく活用できるようになります。こうした人間臭い心の動きと消費の変化の関係を、インタビュー調査や定量調査を通じて解き明かそうとしています」

研究者として、マーケティング視点で消費者心理を掘り下げる一方で、柴田さんは教育者として非常に実践的な指導に力を入れる。ゼミでは座学にとどまらず、地元企業や自治体と連携した産学連携プロジェクトが活発に行われている。横浜中華街での食品ロス削減活動や、水産加工会社から出る端材の活用、さらに広告物のデザイン制作など、その活動は多岐にわたる。そこには、教科書だけでは得られない本質的な学びがある、と柴田さんはいう。

「横浜市立大学生協のオリジナルグッズとしてドリップコーヒーを開発したり、豆腐工場の製造過程で出る規格外の豆腐を商品化したりしました。学生たちは、市場調査からコンセプト立案、パッケージデザイン、SNSでのプロモーション、そして実際の販売まで、一連のプロセスを自分たちの手で回します」

学生が手がけたプロジェクトの一例が、山梨県道志村の間伐材を使った『絵馬型ストラップ』だ。TOEFL-ITP 500点相当(TOEIC L&R 600点)以上が進級要件となっている同大学のルールにちなんだ『PE(Practical English)合格』という刻印を入れた絵馬など、全9種類の予知絵馬を作り出した。これはターゲットである学生のインサイトを突いたもので、現役学生はもちろん、オープンキャンパスに来た高校生にも人気が高い。

「マーケティングの教科書を読んで理論を覚えることは重要です。でも、テストで良い点を取ったからといって、マーケティングができるようになるわけではありません。いざ、セグメンテーションやターゲティングを実践しようとすると、途端に壁にぶつかります。『なぜここでターゲットを絞る必要があるのか?』『4Pの整合性とはどういうことか?』現場で悩み、失敗し、また理論に戻って考え直す。スポーツが型から入って体で覚えるように、インプットとアウトプットのサイクルを高速で回すことで初めて、理論が血肉になるのです」

学生たちに現場で汗をかくことを求め、泥臭い実践の場を用意する柴田さん。この指導スタイルには、自身のルーツである学習院大学大学院での経験が色濃く反映されている。

かつて指導教員であった青木幸弘教授もまた、大手製パンメーカーとの産学連携で学生に商品開発を経験させるなど、理論と実践の融合を重視していた。柴田さんが今、無意識のうちに実践している教育は、恩師から受け継いだ「青木イズム」そのものなのだ。

「今の活動も、自分が『こういうことをやりたかったな』と思うことを、教員になってから組み立てている感覚なんです。私は直接そのプロジェクトに参加したことはありませんが、青木先生は長年ゼミで、企業と連携した商品開発をおこなってきたそうです。先生の研究姿勢や普段の言葉の端々から、知らず知らずのうちに遺伝子を受け継いでいたのかもしれません」

「マーケティングは華やかに見えて、実はとても泥臭いもの。机上の空論ではなく、現場に足を運び、現実に触れながら理論を構築していくという『地に足の着いた研究姿勢』こそが、私が学習院で学び、今、次の世代へとつないでいるものなのだと思います」

華やかで、泥臭い。恩師が示すマーケティングの真髄

実践的なマーケティング教育を展開する柴田さんの原点は意外な場所にあった。それは、千葉県の実家から学習院大学のキャンパスへと向かう、片道2時間以上の通学電車の中だ。ファッション誌やガジェット情報誌、健康情報誌など多ジャンルの雑誌を読みふけった毎日の中で、柴田さんは自身に向けられる目線の変化を感じたという。

「ある時、読んでいる雑誌の表紙が周りの人に見えた時、私がどういう人間に見られているかが変わることに気づいたんです。ガジェット情報誌を読んでいる時とファッション誌を読んでいる時では、周囲の視線や、私自身の気分も変わります。『持っているモノによって、人の印象や自分の在り方は変わるんだ』これが、私がブランドや自己表現に興味を持った最初のきっかけでした」

また、不定期に訪れるコンビニエンスストアでの体験も、マーケティングに触れる貴重な機会だったという。

「実家の近くにはコンビニがなくて、駅前のコンビニに行くのが楽しみだったんです。棚の配置や動線が、どのように購入意欲を駆り立てるように設計されているのか、店内を見ているだけで30分は過ごせました。これらが全てマーケティングという学問につながっていると知ったのは、大学に入ってからのことです」

学部生時代、江口泰広教授のゼミでマーケティングの面白さに目覚めた柴田さん。就職活動を考える時期に、江口先生から「大学院に行ってみないか?」と声をかけられる。当時は就職氷河期の真っ只中。就職からの逃げと見られることも多い時代だったが、柴田さんの心には別の思いがあった。

「江口先生に勧められた時、『そういう道もあるのか』と目が覚める思いでした。もちろん就職も考えましたが、当時の私は自分のペースで物事に取り組みたいという意欲が強く、自分が関心を持った『ブランド』や『自己表現』というテーマを、じっくり時間をかけて掘り下げてみたいと思ったんです。ちょうどその翌年から、消費者行動論の第一人者である青木幸弘先生が学習院に着任されることになり、江口先生が紹介してくださいました。まさに運命的なタイミングでしたね」

しかし、大学院への道は平坦ではなかった。入学前に行った青木教授との面談では、青木教授は開口一番、柴田さんの覚悟を問う厳しい言葉を投げかけたという。

「青木先生には何度も『本当に大丈夫?』と心配されました。『マーケティングの世界は、学生が思うような華やかなものじゃない。もっと泥臭くて大変だよ』と。当時は女性が大学院を出て研究者としてやっていくことの厳しさもありましたから、先生は私の将来を本気で案じてくださったのだと思います。それでも、青木先生にご紹介いただいた女性の修了生のお話を聞くたびに『やっぱり学んでみたい』という思いが強くなりました」

そうして学習院における青木教授の研究室一期生として入学した柴田さん。企業との会談や学会運営など、あらゆるマーケティングの現場に身を置く機会を得ながら、マーケティング研究の現実を知ることとなった。

「修士1年の頃は、現場で交わされる言葉を聞き取れず、十分に理解できませんでした。修士論文を書く際も、分析手法も論文の書き方もわからずに、自分の出来なさ加減に打ちひしがれていました。それでも先生方は見捨てず、私に本物のマーケティングに触れる機会を与え続けてくださいました。あの時、先生の背中を追いかけて現場を回った経験、そして『わからなさ』と格闘した時間が、研究者としての私のDNAになっています」

師から弟子へ注ぐ愛。次世代へ繋ぐ教育の連鎖

多くの卒業生や修了生は、学習院大学大学院には独特の魅力があると語る。都心にありながら豊かな緑に囲まれたキャンパス、充実した蔵書を誇る図書館など、研究に没頭するために整った環境もそのひとつ。そして柴田さんが語るのが、研究科の枠を超えた学生同士の交流だ。

「私が在籍していた頃、経営学研究科の院生室の隣には、経済学研究科の院生室がありました。その間には共有のスペースがあって、そこで日常的に経済と経営の院生が交流していたんです。専門分野は違っても、研究に向き合う仲間として自然と会話が生まれる。お互いの研究について話したり、悩みを相談し合ったり。そこには、ギスギスした競争意識とは無縁の、おおらかで知的な空気が流れていました」

「学習院の出身者同士では、よく『自分たちは精神的貴族だよね』と話していました。これは決してお金持ちという意味ではなく、精神的な誇りとゆとりを持ちながら互いを尊重し合う姿勢です。不思議なものですが、他大学から来た学生や社会人学生も、この環境に入ると自然とその空気に馴染むんです。多様なバックグラウンドを持つ人たちが、フラットに交流できる風通しの良さは、学習院の大きな魅力だと思います」

そして何より柴田さんが強調するのは、先生方の面倒見の良さだ。少人数教育を掲げる学習院では教員と学生の距離が非常に近く、一人ひとりに合わせた手厚い指導が行われている。

「自分が指導する立場になった今だからこそ、当時の先生方の凄さが身に染みてわかります。論文の指導はもちろん、キャリアの相談、あるいは研究以外の雑談まで。あんなに忙しい先生方が、これほどまでに一人の学生に向き合ってくれていたのかと、今更ながら感謝の気持ちでいっぱいになります。私自身、横浜市立大学の学生たちには、先生方からいただいた“愛”を次の世代に返そうという思いで指導にあたっています。学生に時間をかけ、現場での経験を大切にするのは、そうやって育ててもらったからに他なりません」

各分野のトップランナーの間近で研究に没頭できる喜び。仲間たちと共に研究という山を登る充実感。目白の杜で過ごす時間は、きっと未来を切り開く満ち足りたものになるはずだ。

「学習院大学大学院では、各分野の第一線で活躍する先生方が学生と同じ目線に立って、真剣に向き合ってくださいます。単に知識を得るだけでなく、物事を深く考え、論理的に構築し、それを現場で活かすための足腰を鍛えていただけます。都心でありながら、これほど地に足をつけた研究ができる環境は、他にはなかなかありません。もし迷っているなら、ぜひ飛び込んでみてください。時間をかけて学びを深める贅沢な時間が、あなたのキャリアと人生を豊かなものにしてくれるはずです」

学習院大学 大学院経営学研究科 博士後期課程修了 
現在、横浜市立大学 国際商学部 教授

取材: 2025年12月18日
インタビュアー: 手塚 裕之
文: 手塚 裕之

身分・所属についてはインタビュー日における情報を
記事に反映しています。

取材:2025年12月18日/インタビュアー:手塚 裕之/文:手塚 裕之

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