院生インタビュー
経験則からの脱却。学習院で得た人間力と確かな理論

50代から挑む探究。経験を論理で裏付けるために
セイコーエプソンをはじめとする大手メーカーや外資系企業で、30年以上にわたり人事・労務の要職を歴任してきた竹内上人さん。現在は人材コンサルティング会社の代表として、企業の組織課題解決や個人のキャリア支援を行うほか、学習院を含む複数の大学で教壇に立ち、実務の現場を学生たちに伝える人事のプロフェッショナルだ。
すでに実務家としての地位を確立していた50代半ば。多忙な日々の合間を縫って、なぜ竹内さんは学習院大学大学院の門を叩いたのか。そこには、豊富な経験を持つ実務家だからこそ抱く、ある種の危機感と探究心があった。
「私は現在、人材コンサルティング会社の経営に加え、いくつかのアジア系IT企業の代表や社外取締役を務めています。仕事の内容は多岐にわたりますが、キャリアの軸は常に『人事』に置いてきました。大学院進学を考えたきっかけは、実務家としてのアウトプットに限界を感じ始めたことでした」
長年、実務の現場で多くの経験を積んできた。しかし、それを学生やクライアントに伝える際、単なる体験談として語るだけでは、ただのエピソードで終わってしまうのではないか。そんな思いが竹内さんを突き動かした。
「私が経験から得た知見を、より普遍的な価値あるものとして他者に伝えるためには『なぜそうなるのか』という背景をアカデミックな視点で整理し、論理に変換する必要があります。そのための理論的な裏付けが欲しいと考えたのが、学び直しの大きな動機でした」
学習院大学を選んだのは、長年親交のあった守島基博教授が在籍していたことが最大の理由だという。かつて企業内大学の立ち上げに関わった際にご縁から、守島教授が退官する前に指導を仰ぎたいという強い思いがあった。
いざ入学した竹内さんを待っていたのは、想像以上に刺激的な世界だった。
「私たち実務家は、時間的な制約の中で最適解を出し、スピード感を持って決断することに慣れています。しかし、アカデミックな研究の世界は違います。先行研究を丁寧に紐解き、論理的に正しいかを検証し、真理を追求していく。そこには、実務とは異なる厳格さと忍耐が求められます。学問への向き合い方の違いに、最初はただただ驚きました」
守島教授に加え、指導教員の一人である武石彰教授からも、厳しくも愛情深い指導を受ける中、印象に残ったのは20代の現役院生たちの優秀さだったという。
「同じゼミで学んだ吉楽ひかるさんや斉藤航平さんといった、20代の学生たちの姿勢には驚かされました。彼らは私よりもはるかに多くの論文を読み込み、研究に対して真摯に向き合っていました。親子ほど年の離れた研究者たちが、学問の深淵に挑む姿を目の当たりにし、『これは生半可な気持ちでは太刀打ちできない』と圧倒されると同時に、彼らと共に学ぶことで、私自身も実務家としての殻を破り、新たな視座を得ることができたと感じています」

経験則を超えた「共感資本」経営
大学院での2年間、竹内さんは経営学の理論を深く学ぶと同時に、それを自身のビジネスや教育活動へと還元するサイクルを回し続けた。ピーター・ドラッカーが予見した未来の組織論を、自らの会社経営で実験・実践するというユニークな試み。そして、古典的な経営理論の再評価。研究を通じて得た確かなロジックは、竹内さんの言葉に新たな説得力を与えている。
「私が経営する『マッケン・キャリアコンサルタンツ』という会社は、実はドラッカーの理論を実践する実験場でもあるんです。ドラッカーは、知識社会における組織は『NPO的になる』と予見しました。つまり、金銭的な契約だけで人が動くのではなく、ミッションやビジョンへの共感によって人が集まる組織です。私はこれを『共感資本』と呼んでいますが、実際に私の会社では、命令系統で縛るのではなく、メンバーがそれぞれの専門性を活かしながら、共通の目的のために協働するスタイルをとっています」
「そんな綺麗事で組織が成り立つのか?」という疑問に対し、自らの会社を実証実験の場とする。これは、大学院で理論を学んだからこそできる経営のアプローチだと言えるだろう。
また、コンサルティングの現場でも大きな変化があった。
「世の中には次々と新しいビジネス用語や流行りの理論が登場しますが、大学院で先行研究を深く掘り下げていくと、それらの多くは、実は50年、100年前に提唱された古典的理論の焼き直しであることに気づかされます。例えば、『PM理論(リーダーシップ論)』のように、半世紀以上前に確立され、評価が定まっている理論があります。最新の流行り言葉に飛びつくのではなく、こうした歴史的な風雪に耐えてきた理論こそが、物事の本質を突いているのです」
この気づきは、経営者へのアドバイスにおいて大きな自信となった。
「特に、長年苦労されてきたベテラン経営者の方に対して、『これは最新のトレンドです』と横文字を並べるよりも、『これは50年前に提唱された理論ですが、人間の本質は変わっていません。社長が肌感覚で感じていることは、理論的にも正しいのです』とお伝えする方が、遥かに納得感を持っていただけます。経験則を理論で裏打ちし、自信を持ってお伝えできるようになったことは、研究の大きな成果ですね」
教育の現場でも同様だ。現在、キャリアデザインの講義などで学生と接する際、「内発的動機(自分の内なる価値観)」の重要性を伝えている。かつては「経験則」として語っていたことも、今は「理論的な背景」とセットで語れるようになった。実務のリアリティと、学術的なロジック。この両輪が揃ったことで、学生たちにとっても、より腹落ちしやすい講義ができているようだ。

「人として」を問う伝統と環境
研究活動のみならず、竹内さんは学習院大学のキャンパスライフそのものを積極的に謳歌した。その意欲を象徴するのが茶道部への入部だ。目白の杜(もり)が醸し出す独特の空気感、そして歴史と伝統が育む人間教育の土壌。人事のプロフェッショナルとしての視点から、学習院大学大学院という環境が持つ真の価値について語る。
「せっかく学習院の学生になったのだからと、思い切って茶道部に入部しました。新入社員時代に先輩に連れられて経験して以来、約30年ぶりの茶道です。主客のために準備を整え、一瞬一瞬に心を尽くす『おもてなしの心』は、ビジネスにおける商談や人間関係の構築と全く同じです。改めてその奥深さに触れ、精神が研ぎ澄まされるような経験でした」
深淵を覗くような研究や、若き学生たちに触れる文化的活動を通じて強く感じたのは、学習院という場が持つ「品格」や「人間力を高める力」だという。
「私は長年、企業の人事を務めてきましたが、採用の視点から見ても、学習院出身者が持つ独特の育ちの良さや真面目さは、組織において非常に得難い資質だと感じています。最近は個人の権利や効率性が重視される傾向にありますが、最終的に組織を動かし、人がついてくるリーダーに求められるのは、人間力や人格です。学習院には、乃木希典院長の時代から脈々と受け継がれてきた、実利よりも『人としてどうあるべきか』という姿勢を問う人間教育の伝統があります」
目白のキャンパスには、そうした歴史の重みと、背筋が伸びるような凛とした空気が流れている。脈々と受け継がれてきた正統性の中に身を置き、自身の行動規範を見つめ直す時間は、社会人にとっても学生にとっても、何物にも代えがたい価値があるはずだ。
竹内さんは現在、学習院大学の特別客員教授として後輩たちに「キャリア教育」を指導する。そこで伝えるのはキャリアの戦略的な構築方法と、学習院の学生であることの普遍的な価値である。
「これから進学を検討されている方へお伝えしたいのは、学習院大学は、単に専門知識や学位を得るだけの場所ではないということです。学問の追求はもちろんのこと、キャンパスの歴史的な積み重ねや、教授陣との密な対話、そして多様な学生との交流を通じて、優れた人格形成を体感できる稀有な環境です。もし進学を迷われているなら、ぜひこの環境に飛び込んでみてください。ここで得られる学びと経験は、あなたのキャリアにおける強力な武器になるだけでなく、一人の人間としての深みを増す、素晴らしい機会になるはずです」
学習院大学 大学院経営学研究科 博士前期課程修了
現在、学習院大学 経済学部 特別客員教授/McKEN Group CEO
| 取材: | 2025年12月18日 |
| インタビュアー: | 手塚 裕之 |
| 文: | 手塚 裕之 |
身分・所属についてはインタビュー日における情報を
記事に反映しています。
取材:2025年12月18日/インタビュアー:手塚 裕之/文:手塚 裕之
身分・所属についてはインタビュー日における情報を記事に反映しています。