院生インタビュー

研究は人生最高の贅沢。自由な議論と師の教えが導いた独自の知

博士後期課程修了
野村 拓也 Takuya Nomura

机上の論理を越えた、血の通ったマーケティングを追う

2025年3月に学習院大学大学院 経営学研究科博士後期課程を修了した野村拓也さん。博士課程在籍中である2023年4月より、東洋学園大学現代経営学部の専任講師として教壇に立っている。野村さんが指導する「現代消費研究ゼミ」は、一般的な経営学のゼミとは一線を画すユニークな活動で知られる。

大学の屋上を緑化してハーブを育て、そこからオイルや雑貨を開発する。あるいは、醸造用のブドウの木を植えて、都心でワインを造るアーバンワイナリーの可能性を模索する。一見すると農学部や芸術系の活動のようだが、そこには野村さんが抱く、教育的意図と現代の消費社会へのアンチテーゼが込められている。

「今の学生たちは、生まれた時から完成された商品やサービスに囲まれ、受け身で消費することに慣れきっています。ビジネスコンテストなどで企業にアイデアを提案する機会もありますが、表層的な提案で終わってしまうことに以前から違和感を持っていました」

「マーケティングとは、単にモノを売るためのテクニックではありません。作り手の思いや苦労、商品の背景にあるストーリーを含めて、いかに価値を届けるかという営みです。だからこそ、私のゼミでは実際に土をいじり、モノを作る苦労を体験してもらいます。そこまでやって初めて、マーケティングやブランディングという言葉に血が通うのだと考えています」

野村さんが重視しているのは、現代の都市生活に対するカウンターカルチャーとしての消費体験だ。オーガニックやスローライフといった価値観を、座学としてではなく、肌感覚として理解させる。その根底には、野村さんが博士後期課程で取り組んできた「物質主義(マテリアリズム)」という研究テーマへの深い洞察がある。

物質主義とは、モノの所有や他人からの評価、名声といった「外側からの報酬」を人生の中心に据える価値観を指す。企業の視点に立てば、そのような価値観は売上の源泉であり、歓迎すべきものかもしれない。しかし、野村さんの問いはもっと根本的な人間の幸福に向けられている。

「物質主義は、消費の強力な原動力である一方で、それを追い求めた先に、消費者は本当に幸せになれるのだろうかという疑問があります。モノを手に入れても、すぐに他者と比較してしまい、もっと良いものが欲しくなるのは人の常です。その終わりのないサイクルの果てにある虚無感のようなものに関心がありました」

「私は、単に企業が儲けるためのマーケティング研究ではなく、消費社会に生きる人々の幸福や、持続可能な都市生活のあり方を問うような研究に魅力を感じていました。そうした社会学的ともいえる、社会を見る眼差しを養ってくれたのが、学習院での研究生活だったのです」

夜間警備のアルバイトで見えた、社会に渦巻く満たされない欲求

野村さんが研究者の道を歩みはじめるまでの道のりは、決して平坦ではなかった。特に博士後期課程に進んでからの日々は、彼にとって試練の連続だったと言える。

研究者への登竜門とされる日本学術振興会の特別研究員の選考に落選し、経済的な基盤を失いかけたその時、世界を新型コロナウイルスの流行が襲った。大学でのアルバイトも雇い止めとなり、野村さんは深刻な困窮状態に陥る。ロックダウンのため飲食店に勤めることもできない中、最終的に勤めることになったのは、テレビ局のスタジオでの夜間警備員だった。華やかな芸能界の裏側で、夜通し立ち続ける孤独な日々。しかし、その極限状態の中で目にした光景こそが、研究者としての大きな転機となる。

「駐車場の高級車を眺めながら、現場のスタッフたちが『いつかあんな車に乗ってやる』『あいつらはいいよな』と、鬱屈した思いや羨望を口にするんです。深夜の休憩室で、彼らの人生話や愚痴を聞かされることもありました。そこで私は強烈に感じたのです。『人はなぜ、これほどまでにモノや他者との比較に囚われるのだろう?』『満たされない欲求の正体は何なのだろう?』と。それまでは企業視点での組織研究などを行っていましたが、この経験を通じて、もっと人間の内面や、消費社会の歪みのようなものに泥臭く光を当てたいと思うようになったのです」

この経験は、野村さんの研究スタンスを決定づけた。机上の理論だけでなく、社会の底流にあるリアルな声に耳を傾けること。しかし、経営学という実学の分野において、消費社会学的なアプローチへの転換は「実務の役に立たない」「それは経営学なのか」と批判されるリスクもともなう。

方向性への迷いと、経済的な不安。暗闇の中にいた野村さんを救い上げたのは、当時の指導教員の一人である青木幸弘教授の言葉だった。

「自分の研究が理解されず、自信を失いかけていた私に、青木先生はこうおっしゃいました。『今は周りに理解されなくても、信じて待ちなさい』と。先生ご自身も、かつて日本における消費者行動研究のパイオニアとして、この領域に対して十分な理解が得られなかった時代から道を切り拓いてこられた方でした。その言葉を信じて研究を続け、結果として学会で賞をいただくことができた時、一番に『おめでとう』と声をかけてくださったのも青木先生でした。あの夜警時代に見出した社会への問いと、それを肯定してくれた先生の存在がなければ、今の私は間違いなくここにいません」

真面目さの裏に湧き出す知への情熱。研究は人生における最高の贅沢

日本大学商学部に在学中、音楽活動に没頭していた野村さん。井上真里教授が指導するゼミでマーケティングの面白さに目覚め、大学院への進学を決意した。他大学の大学院にも合格していたが、最終的に学習院を選んだ決め手となったのは、大きすぎない大学院の規模感と自由闊達な文化だという。

学習院には「真面目で上品」というパブリックイメージがあるが、大学院の中には、外部からは見えない熱気と、学問に対する純粋な情熱が湧き出している。特に野村さんが強調するのは、研究科の垣根を越えた交流の濃密さだ。学習院大学大学院の研究棟は、経営学研究科と経済学研究科の院生室が隣り合い、共有の談話スペースで繋がっている。そこは、異なるバックグラウンドを持つ学生たちが交差する、知の交差点となっていた。

「特に印象に残っているのが、経済学研究科の柿埜真吾さん(現在は経済学者・評論家として活動)との交流ですね。彼とはよく夜遅くまで大学に残り、談話スペースで議論を戦わせました。柿埜さんは話し出すと止まらないタイプで、経済学の視点から私の研究に鋭い指摘を入れてくれました。自分の専門外の視点からもらえる容赦のない意見は、研究を深める上で大きな財産となりました」

時には激しく議論し、研究が行き詰まれば悩みを打ち明け、そのまま飲みに行く。そんな人間臭い交流が、孤独になりがちな研究生活の支えとなったという。

また、教員との距離の近さも学習院の大きな魅力だ。野村さんが所属した上田隆穂教授のゼミも、学生の個性を尊重する懐の深さがあった。

「ある時、私が初めて学会発表に参加する際、ずっと生やしていたヒゲを剃っていったことがあります。『悪目立ちしてはいけない』と気を使ったつもりでした。ところが、上田先生は私を見るなり、『君、ヒゲ剃ってきたね。そんな小さいことで怖気づくんじゃないよ』と一喝されたのです。形ばかり気にして、もっと大事なことを見失っているんじゃないか。その厳しくも温かいお言葉は、研究に対する姿勢だけでなく、私の生き方そのものを正してくれた気がします。それ以来、私は一度もヒゲを剃っていません(笑)」

青木先生からは日常の消費現象を深く洞察する視点を、上田先生からは研究者としての豪胆な在り方を学んだ。タイプは違うがどちらも愛情深く、学生を一人の研究者として尊重する。そして柿埜さんのような刺激的な仲間との出会い。こうした濃密な関係性は、少人数教育を貫く学習院だからこそ生まれるものだ。

「キャリアや金銭面での不安を感じることもあるでしょうし、『教育は投資である』という考え方も否定はしません。しかし、私が苦しい時期も含めて大学院生活を振り返って思うのは、自分の興味関心に向き合い、問いを追求できる時間は、何物にも代えがたい『人生の贅沢』だということです。損得勘定を超えて、知的な探求そのものを楽しむこと。それができている瞬間こそが、人生を豊かにしてくれます」

「学習院大学大学院は、そうした時間を過ごすのに最適な場所です。ここには、学生の迷いや試行錯誤を許容し、温かく、時に厳しく見守ってくれる先生方や仲間がいます。もしあなたが、既存の枠組みに囚われず、自分だけの問いを深めてみたいと思っているなら、ぜひ学習院の門を叩いてみてください」

学習院大学 大学院経営学研究科 博士後期課程修了 
現在、東洋学園大学 現代経営学部 准教授

取材: 2025年12月1日
インタビュアー: 手塚 裕之
文: 手塚 裕之

身分・所属についてはインタビュー日における情報を
記事に反映しています。

取材:2025年12月1日/インタビュアー:手塚 裕之/文:手塚 裕之

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