院生インタビュー
実務と学問を架橋する、リサーチャーの探究心
実務家の視点と学術的アプローチの融合。パッシブ投資が変える企業の未来を探る
森駿介さんが取り組む研究テーマは「パッシブ投資家の株式所有が与える投資先企業のCO2排出量削減行動への影響」である。昨今「オルカン」の愛称で知られる投資信託の人気も後押しし、個人投資家の間でも広く浸透したパッシブ投資。市場全体の動きに連動する成果を目指す運用手法が金融市場や企業の行動にどのような変化をもたらすのか。森さんは、時代の潮流を捉えたこのテーマに、強い関心を寄せている。
「資産運用の世界では、個別銘柄を選別して投資するアクティブ投資から、市場全体に投資するパッシブ投資へと主役が移り変わっています。こうしたパッシブ中心のマーケットになった時に、社会や企業の行動はどうなるんだろう、という点に関心を持ったのが研究のきっかけです」
博士後期課程では、この修士時代からの研究をさらに発展させている。そこには、現在の指導教員である鈴木健嗣先生からの、多くの海外トップジャーナル掲載経験に基づくアドバイスが大きく影響していると語る。
「今は米国の企業データを使い、そこに『政治的な党派性』という要素を絡めて分析をしています。米国では気候変動問題が政治的な分断をもたらしており、例えば共和党支持の強い州と民主党支持の強い州とでは、気候変動を含むサステナビリティ問題に対する政治的圧力も異なります。そうした政治的な背景が、パッシブ投資家の影響力にどう作用するのかを分析しているところです。これも、『海外の研究者が論文を読んで面白いと感じてもらえるテーマや切り口にした方がいい』という先生のアドバイスを受けて、研究をブラッシュアップしています」
森さん自身、国内有数のシンクタンクに身を置き、日々分析を行うプロフェッショナルである。しかし、大学院でのアカデミックなアプローチは、実務とは異なる発見と刺激に満ちているという。両者の違いは、アウトプットを届ける相手、つまり「読み手」をどこに設定するかに起因する。
「我々シンクタンクでの分析は、企業や金融機関の経営層や実務担当者など、お客様が本当に知りたい情報を提供することが目的です。海外の動向に関心が高い傾向が強く、『海外ではこうだから日本でも取り入れられるのでは』といったアプローチが求められることも少なくありません。一方で、アカデミックな研究は、同じ分野の研究者という共通言語を持つ読み手に向けて、厳密な手法に則って真理を探究することが求められます。分析の目的もアプローチも、使うツールも違うからこそ、先生からの学術的な視点に基づいたアドバイスは、いつも私に新しい視点を与えてくれるのです」
実務で培った現場感覚と、大学院で磨かれる学術的な思考力。その二つを掛け合わせることで、森さんの研究はより深く、多角的なものへと進化を遂げている。
「もう少し先生の下で学びたい」恩師を追ってより深い研究の道へ
これほどまでに研究に没頭する森さんだが、大学時代の専門は現在の金融分野とは全く異なるものだった。神戸大学法学部で政治学を学び、卒業論文を執筆する過程で「先行研究を読み進めて何かをアウトプットするプロセスが、すごく面白い」と感じ、調査・研究を仕事にできるシンクタンクの世界へ身を投じた。新卒で民間シンクタンクに入社し、金融系の調査部署に配属されたのが、この分野と出会うきっかけとなった。
キャリアの始まりは、個人の金融行動を分析する家計ファイナンスや地域金融の調査から。やがて政府系機関への出向も経験し、株式市場のモニタリングを担当するなど、さまざまな領域で分析経験を積んでいた。幅広い金融分野に携わる一方、森さんはキャリアを重ねる中で、自身の専門性をより深める必要性を感じ始める。入社して10年弱、プロとして一通りの経験を積んだからこそ見えてきた課題であった。
「仕事を通じて調査や研究を続けてきましたが、それだけでは知識やスキルが身につかない部分があるな、と感じるようになりました。キャリアに行き詰まっていたわけではありませんが、もう少し守備範囲を広げつつ、自分の分析スキルも深めたくなったんです。将来への先行投資のような思いで、まずは一橋大学の社会人向け大学院に進学しました」
その一橋大学で、森さんは鈴木健嗣先生と運命的な出会いを果たす。コーポレートファイナンスの分野で国際的に活躍する先生との出会いは、森さんの研究への向き合い方を大きく変えることになった。
「修士のゼミで自分の研究構想を話した際などに、先生からいただく指摘が非常に鋭く、はっとさせられることが多くありました。分析が行き詰まった時に、先生から『こういう分析手法にした方がいい』『こういったデータを用いたほうが捉えたい事象をより捉えられる』といったアイデアをいただくんです。そういったアイデアをもとにブラッシュアップすることで、論文が前に進むことが何度もありました」
修士課程の途中、森さんは鈴木先生が学習院大学へ移籍することを知る。先生の下での学びをここで終わらせたくない。森さんは修士課程修了と同時に、鈴木先生を追って学習院大学大学院の博士後期課程へ進学することを決意した。
「『もう少し鈴木先生の下で学びたい』それが、私が学習院大学に来た一番の理由です。先生の存在がなければ、博士課程に進学することは考えていなかったかもしれません」
時間と場所の制約を超えて。少数精鋭の環境が育む、自分らしい研究スタイル
平日は民間シンクタンクでフルタイム勤務し、限られた時間の中で研究を進める森さん。その研究生活は、時間と場所の制約を超えたユニークなスタイルで営まれている。
「平日の夜10時からZoomで、週に1回ゼミがあります。先生と、私を含めた博士課程の院生3人の計4名で、それぞれの研究の進捗報告や、論文を紹介してディスカッションをします。2時間半ほど続くこともあるので、終わる頃には日付が変わっていますね。研究時間の確保は大変ですが、基本は平日の夜か、土曜日はできるだけ研究に充てています。あとは、仕事中の昼休みに論文を印刷して読んだりとか、そういう細かい時間を使っています。論文を読むのは好きなので、苦ではないんですよ」
ゼミの院生は森さんを含め3名全員が社会人。しかも、元々は全員が一橋大学で鈴木先生の指導を受けていたメンバーで、先生を慕って学習院大学に集まってきたと言う。中には上場企業のCFOを務めるゼミ生もおり、ディスカッションは非常にレベルの高いものになるという。
「ある程度の実務知識を持ちながら研究をしているメンバーなので、実務の観点や肌感覚から『こうじゃないか』といったコメントを交えながらディスカッションできるのは、この研究室ならではの面白さだと思います。アカデミックな視点だけでなく、現場に即したリアルな議論ができるのは、大きなメリットです」
オンラインでの活動が中心のため、まだ学習院大学のキャンパスライフを深く知る機会は少ないとしながらも、現在の環境の魅力についてこう語る。
「一橋の修士課程ではゼミ生が8人ほどいましたが、今は博士課程の院生が3人です。先生とのコミュニケーションの密度は格段に濃くなりました。もともと面倒見が良くて優しい先生だと思っていましたが、博士課程に進んで、より一層親身に相談に乗ってくださるのを感じます。厳しい要求だけでなく、モチベーションを上げてくれるフォローもいただいています。この少人数だからこその先生との近しい関係性は、オンライン中心であっても、学習院大学の大きな魅力だと感じています」
限られた時間でハイレベルな研究ができる環境。森さんは、教員と院生の双方が持つ強い目的意識に学習院大学で学ぶ意義を見出す。
「鈴木先生は、私たち院生に対して『海外で広く読まれるジャーナルに投稿するように』と常々おっしゃるように、非常に高い目標を掲げて指導してくださいます。学習院大学には、こうした熱意を持って指導をして下さる先生が多く在籍されています。先生方は、アカデミアの最前線に身を置く方ばかり。高い視座で勉強や研究をしたいという強い意志を持つ人にとって、ここは最高の環境だと思います」
プロフェッショナルとしてのキャリアを積み上げながら、純粋な探究心を胸に研究を続ける森さん。恩師と共に歩むその学びは、金融の未来を照らす新たな知見を生み出そうとしている。
| 取材: | 2025年10月1日 |
| インタビュアー: | 手塚 裕之 |
| 文: | 手塚 裕之 |
身分・所属についてはインタビュー日における情報を
記事に反映しています。
取材:2025年10月1日/インタビュアー:手塚 裕之/文:手塚 裕之
身分・所属についてはインタビュー日における情報を記事に反映しています。