院生インタビュー

文化的知性がパフォーマンス向上に
つながることを明らかにしたい。

修士前期課程
武 雅卓 Wu Yazhuo

日本の大学院で学びたくて、中国の大学の単位を三年で取得した。

中国の大学に入り、最初の三年間で卒業に必要な単位をすべて取得した武雅卓さんは、次の目標に向けて動き始めた。
残り一年間、日本に留学し、日本語を習得すること。そして大学で専攻していた人的資源管理についての研究能力をより深く身につけられる大学院と、師として仕えるのにふさわしい先生を見つけること。

人的資源管理とは、経営資源の一つである「ヒト」=人的資源が最適な状態でパフォーマンスを発揮できるように人材を活用する制度を設計し、運用する仕組みのことだ。
人事労務管理とは違い、働き手である人材を単なる労働力やコストと考えず、企業活動にとってかけがえのない財産と位置づけている。

武さんは日本語を学びながら、さまざまな大学院を調べた。そうした中で、最も理想に近かったのが学習院大学大学院であり、竹内倫和教授の研究領域だった。

「学習院大学のキャンパスは、都心部にあるとは思えないほど美しいです。私が中国で思い描いていた環境そのものでした。
そして竹内先生の組織行動論、キャリア論、人的資源論という三つの研究分野は、私の興味関心と一致していました。働く人の意識や行動のメカニズムを解明しようとする先生の実証研究は、人的資源管理に関する自分の理解を一層深められると直感しました」

早速、竹内教授とコンタクトを取り、研究計画書を添えて出願の意志を伝えたところ、面談することになった。

「当時、私の日本語は今ほど上手ではありませんでした。竹内先生は、わかりやすい言葉を選んでくださり、聞き取りやすいようにゆっくり話してくださいました。また、私が理解できているかどうか常に確認してくださいました」

「私の研究計画書を見ながら、先生は、なぜこの研究がしたいのか? 実証研究のデータの収集や分析を行った経験はあるか? 大学で何を学んできたか? といった研究のことから私の家族構成まで、実にいろいろな質問をされました。お話していて優しさや先生の研究に対する情熱を感じました。本当に素晴らしい先生だと確信しました」

グローバル企業で生じている異文化問題に新たな視点を。

かつて、仕事のできる人は、知能指数/IQ(Intelligence Quotient)が高いといわれた。続いて、自分や他人の感情を感じ取り、自身の感情をコントロールする心の知能指数/EQ(Emotional Intelligence Quotient)という概念が登場し、優れたリーダーシップを発揮するにはIQのみならずEQの高さも大切だといわれるようになる。
そしてビジネスのグローバル化が進む昨今においては、文化の知能指数/CQ(Cultural Intelligence Quotient)が注目されている。日本では「文化的知性」と呼ばれる。

文化的知性とは、「文化的に多様な状況の中で、物事を適切に理解し、論理的に推論して、効果的に行動する個人の能力に注目した特定形態の知性」と定義される概念。ひらたくいえば、異文化に対する適応力のことだ。

武さんは現在、この<文化的知性>と、<心理的ウェルビーイング>が<役割パフォーマンス>に及ぼす影響、それら三つの変数の関係を実証的に明らかにするため、修士論文を執筆中だ。しかも、日本語で。

心理的ウェルビーイングとは、「情緒的なものではなく、科学的かつ理論的な尺度から測定できるもの」だと武さんはいう。
「人生全般に渡るポジティブな心理的機能と定義されており、<人格的成長><人生における目的><自律性><環境制御力><自己受容><積極的な他者関係>の六次元から構成され、測定することができます」

また、役割パフォーマンスとは、「仕事での役割に対する個人の責任によって示されるパフォーマンス」だという。
たとえば、「自分ではなく他の人に役立つ仕事をする<組織メンバーの役割>、将来のキャリア開発に役立つスキルを開発する<キャリア開発の役割>、チームの成功を確実にする<チームメンバーの役割>といったように、組織において個人にはそれぞれに重要な役割がある」という。

その研究背景を武さんは次のように語る。
「企業のグローバル化が進むにつれ、様々な文化適応の問題が生じ、異文化とのコミュニケーション、そして異文化に対するトレーニングがますます重要になっています」

「近年、外国人を採用する企業は日本でも海外でも増加傾向にあり、言葉の壁はもちろん、<文化や慣習の違いから期待するパフォーマンスが発揮できていない><現場スタッフとのコミュニケーションがうまく取れていない><人材が定着しない>など多くの課題が浮き彫りになっています」

「また、外国人は、異文化環境の中で生活するため、ストレスがたまりやすくなります。さらにキャリア開発の多くは制限されています。そして人間関係は必ずしも良好とはいえず、不安を感じているなど、様々な問題が指摘されています」

武さんは、中国の新疆省出身だ。学校には漢民族だけでなく、多様な民族のクラスメイトが通っていた。小さい頃から彼らと一緒に勉学に励み、異なる文化に触れながら育ってきた。

彼らと友達になるには、彼らの文化を尊重し、異なる宗教を理解して、それに適応する能力——当時は文化的知性という概念など知らなかったが、ある種の<思慮深さ>が必要だった。お互いに背景の違いを認め、お互いに気持ちを想像し、尊重しながら行動したり、言葉を交わした経験、こうした日々の記憶もまたこの研究のきっかけになったという。

「文化的知性を高めることを通じ、異文化に対して認識と人間関係を積極的にし、自分の成長や満足を感じて、仕事でのパフォーマンスを向上させることが可能であることを明らかにしたい。
この研究を通して、外国で生活する外国人とグローバル企業で生じている異文化問題に対して<新しい視点>を提供できればうれしいです」

インターンシップで、研究と現実を擦り合わせる。

武さんは春休み期間を利用し、中国のIT企業でインターンシップに参加した。二ヶ月間もの長期にわたった職業体験の中で、「大学院で学んだ問題に対しての考え方、問題意識が活かせた」という。
「職場で働く人々を観察し、彼らの行動メカニズムを思考して、組織との関連や組織問題を発見するのは大変面白かったですし、貴重な現場経験となりました」

研究を机上の空論にしない。中でも、役割パフォーマンスにおける<組織メンバーの役割>の重要性を痛感したそうだ。
「何名かと一緒にインターンシップに参加したのですが、多くは途中で辞めてしまいました。上司だった方の対人関係能力に疑問を感じずにはいられませんでした」

修士論文では、科学的な方法で経営学の研究を行うのは難しく、苦労したという。
「実証研究を行う際、論理性が非常に重要です。論文全体の枠組みはもちろん、データの収集や処理など細部にもロジックが必要です。また論文でのすべての言葉は意味を持ち、関連付けて論じなければなりません。この点においても、竹内先生からご指導を受け、助けてくださいました」

大学院進学を志す方へメッセージは、「常に自己探索の意識を持ちながら、自分に一番適切な道に向かうこと」だと武さんはいう。

「キャリア開発はとても重要だと思います。自分はいったい何がしたいのか? 自分の特徴は何の仕事に適切か? それを突き詰めて考えることが大切です。自分を見つめ、キャリアの目標を定め、自分の特徴を意識して勉強し、それを達成する。それは自分の一生を通して考えていかなければならないことだと思います。この言葉を後輩には伝えたいです」

「大学院卒業後は中国に戻ってIT企業に入り、人的資源管理の仕事に従事したい」という。中国に戻る理由を尋ねると、「それが家族の望みだから」と微笑んだ。武さんは三人姉妹の長女だ。「自分で研究したことが中国の現場で通用するかどうか、実際に確認したいです」

取材: 2021年7月16日
インタビュアー: 遠藤和也事務所
文: 遠藤和也事務所
撮影: 松村健人

身分・所属についてはインタビュー日における情報を
記事に反映しています。

取材:2021年7月16日/インタビュアー:遠藤和也事務所/文:遠藤和也事務所/撮影:松村健人

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