院生インタビュー

研究が楽しくなってしまった
ゆえの覚悟と、
その行く先とは?

博士後期課程
鈴木 雅康 Masayoshi Suzuki

博士進学とポスドク問題。避けては通れないトピックの間で。

鈴木雅康さんは、獨協大学経済学部を成績トップの総代で卒業した後、東京大学大学院に進み、修士課程1年次に公認会計士試験に合格する。修士論文では、企業会計における対応概念の役割をテーマとして、税効果会計を対象に基礎的概念である対応概念が機能しない状況を明らかにした。博士課程では、修士論文の指導教授の勧めもあり、学習院大学大学院経営学研究科を選んだ。

プロフィールを辿れば、順風満帆の人生を送ってきたように思える。

一方で、大学院に、とくに博士課程への進学を考えている人にとって、昨今のポスドク問題は避けて通ることのできないトピックだろう。鈴木さんは今、博士論文の執筆を進めながら、とある大学の非常勤講師を勤め、また資格予備校の教壇にも立っている。そして結婚もしている。

ポスドク問題について、どうとらえているのだろうか?

「今週、非常勤の大学で最後の授業があり、講義が終わってから学生に伝えようと思っていることがあります。誰もが学部卒となる中で、理系は修士まで進まないと意味のない時代になろうとしています。そして今後は文系でも、少なくとも経済学系においては、そうした時代が早期に到来すると僕は考えています」

「自分にとって少しでも興味のあることがあれば、それを修士の二年間でみっちり勉強することは、とてもいいことだと思うのですね。その二年間で、充足感が得られたり、あるいは自分は研究者に向いていないなと判断すれば、就職すればいい」

「一方で、研究が面白くなってしまう人もいる。僕の場合がそうですが、研究者という道も見えてくる。ただし、この道は後戻りできない道です。僕は前もって公認会計士の資格を取得しておきました。それは一つに会計学の勉強を補強するためでしたが、保険にもなるのですね。監査法人に勤めるという別の道も担保しておくことができます」

「若いうちの苦労は買ってでもせよ、という言葉があります。僕は真実だと思います。学部生のうちに、しっかりと勉強をして、興味のある分野の資格を取っておく。あるいはその準備をしておく。そうすることで、将来に不安を感じることなく大学院へ進学できるはずです」

自分のことを本気で考えられるのは自分だけだ。

鈴木さんは現在、「実現概念と配当利益」において、会計学と法学の認識の違いが生じている原因を、繰延税金資産を対象に明らかにするとともに、株主・債権者保護のためには、どのような改善がなされるべきかを研究目的として、博士論文に取り組んでいる。

会計学に、法学の視点を採り入れる。
その着想は、博士課程に進んですぐ、指導教授の浅見(勝尾)教授から、「自分にとって本当に興味関心がある課題は何か? まずそれを探してください」といわれ、自分自身を問い詰め続けた結果だ。

「浅見(勝尾)教授から、『自分のことを本気で考えられるのは自分だけです』といわれ、衝撃を受けました。
これまでを振り返ってみれば、自分の周りにはいろんな人がいて、いろんなことをいわれるわけですよね。それはやめたほうがいいとか、これはやったほうがいいよとか。でも結局、自分の人生で、最終責任を取るのは自分ですから、自分がやりたいことをやり、それを成し遂げなさい、ということだと目が覚めました」

「では、自分が本当に興味のあることって何だろう? そう突き詰めていくと『法律が面白そうだ』と思い当たりました。会計と法律、両分野の垣根を越えた俯瞰的な研究は、ほとんどなされていない。ですから、まずは企業会計と会社法が現実にどのように関連し、機能しているのかを調べようと思いました」

そこで、鈴木さんは、企業会計が他の周辺法規にどのような影響を与えているのかを理解するため、学習院大学法科大学院の一年生を対象とする「法科入門講義」を聴講し、その後、二年生を対象とする「商法1」や「事例会社法」、法学研究科の「商法特殊研究」を履修する。

「学習院は、法学関連も素晴らしい教授ばかりです。会社法ですと神田秀樹教授がいらっしゃいます。また、商法ですと小出篤教授がおられ、会計基準設定に携わっているお一人です。先生方の授業を通して、法律に関する認識を深めるとともに、自分の頭の中にあったアイデアが明瞭になっていきました」

学部と修士課程、そして博士課程において、三つの違う大学に通った鈴木さんにとって、学習院大学大学院はどう映ったのだろうか。

「一言でいえば<親切>、ということでしょうか。多くの大学が標榜する、一緒に研究を行っていくという指導方針の中にも、いろいろあると思います。たとえば、突き放すというのも、ある種一緒にやっていくことの一つのシグナルかもしれない。
けれど、学習院大学の大学院はそういうことではなく、文字通りに一緒に考えて行こう、何でも話してくださいというスタイルなので、ラフにいえば和気藹々としていますね。また、先生方の自由な指導スタイルも自分に合っているなと感じました」

何が起きても誰のせいにも出来ない。

鈴木さんは、日本学術振興会が募集する特別研究員の申請もしている。大学院博士課程在学者及び大学院博士課程修了者等で、優れた研究能力を有し、大学その他の研究機関で研究に専念することを希望する者を「特別研究員」に採用し、研究奨励金を支給する制度だ。

非常に狭き門で、「通るのは難しい」と鈴木さんは正直に答える。しかし申請書の一部を拝見させていただいたが、定められた形式の中で、自分が今脳裏に描いている大きなピクチャーを伸びやかに伝えようとしている。探究すべきことがこんなにあってワクワクしていることが、行間から溢れ出ている。

日本は、資源が乏しい国だ。それを学問する力、研究する力で切り開き、世界有数の国となった。言い換えるなら、学者や研究者こそ日本が誇る資源だ。

「研究は、最終的に論文として世に問うものです。先生方からよくいわれているのは、研究というものは『知』に貢献しなければならない、やはりそれには<意味>がなければいけないと。我々研究者は論文を通して社会に貢献する責務があります」

最後に、大学院進学を志す方へのメッセージを聞いてみた。

「スタジオジブリの映画、『耳をすませば』をご覧になったことはありますか。中学三年生の女の子・雫と、男の子・聖司のお話です。
聖司はイタリアのヴァイオリン工房で修行する夢をかなえるため留学します。その姿に触発され、雫は物語を書こうと決心します」

「雫は執筆に熱中しすぎて成績を落とし、姉や母から叱られます。そんな中、父だけは『人と違う生き方はそれなりにしんどいぞ。何が起きても誰のせいにも出来ないからね』と念を押したうえで、雫を後押しします」

「修士課程まではともかく博士課程に進んだら、学部時代の多くの同期とは違う生活を送ることになります。世の中には研究に理解のない人もいて、公認会計士ですら会計学を研究する意義の本質を理解していない方も少なからずいます。
しかし、自分が志した道ですから、ひたすら研究するしかないのですね。研究して、研究して、しっかりと論文をパブリッシュしていく。これが我々の仕事です」

「人とは違う生き方を自分で選んだのですから、苦楽はすべて自分に帰属します。言い訳が通じる世界ではないと自分にも言い聞かせています」

取材: 2021年7月14日
インタビュアー: 遠藤和也事務所
文: 遠藤和也事務所
撮影: 松村健人

身分・所属についてはインタビュー日における情報を
記事に反映しています。

取材:2021年7月14日/インタビュアー:遠藤和也事務所/文:遠藤和也事務所/撮影:松村健人

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