- プロフィール
- 2002年、東京大学経済学部経済学科卒業。2002-2005年、財務省理財局・国税庁札幌国税局に在籍。2007年、東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。2012年、カリフォルニア工科大学人文社会科学研究科社会科学Ph.D.コース修了。2013年、東京大学大学院経済学研究科助教。2015年、一橋大学 社会科学高等研究院特任講師。2017年、東京大学大学院経済学研究科特任講師、のち講師。2025年より現職。
人間の「非合理性」に迫る行動経済学。答えのない問いを、共に探求できる環境が学習院にはある。
なぜ人は非合理な選択をしてしまうのか? 行動経済学が解き明かす社会の真実
私たちの身の回りには、不思議な意思決定が溢れている。「将来のために貯蓄や勉強をしなければいけないのに、つい後回しにしてしまう」「ダイエット中と知りながら、目の前のスイーツに手が伸びてしまう」こうした人間の行動を、経済学の視点から解き明かそうとするのが、萱場豊教授が専門とする行動経済学だ。
「従来の経済学では、人間を非常に合理的で、自己の利益を最大化するように行動する存在として理論を構築してきました。もちろん、例えば企業の競争戦略などを考える上では、合理性を前提とした分析は非常に重要です。しかし、個人の消費行動や健康に関する選択に目を向けると、必ずしも合理的とは言えない側面が強く現れます。そうした、より現実に近い人間の姿を取り入れて理論を構築していくのが行動経済学なんです」
長い歴史を持つ経済学の一分野である行動経済学が注目されるようになったのは、ここ20年ほどのこと。2002年にダニエル・カーネマン教授がノーベル経済学賞を受賞したことを機に認知が広がり、リーマンショックに代表される金融危機が頻発したことで、合理性だけでは説明できない経済現象への関心が一気に高まった。近年では、その知見がより実践的な形で社会に応用され始めている。その代表例が、2017年にノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラー教授が提唱する「ナッジ理論」だ。
「人間が合理的な意思決定をしづらい時に、うまく望ましい行動がとれるように“そっと後押しする”仕組みを考えるのがナッジです。例えば、健康診断の案内状に『多くの人がすでに予約しています』と一文加えるだけで受診率が上がる、といった工夫ですね。風疹やコロナにおいて、大阪大学の研究グループなどが感染対策として効果的なナッジを研究し、社会実装に貢献したことで、一般にも広く知られるようになりました。今では、多くの行政担当者が環境問題を含む様々な社会問題の解決のために公共政策にナッジの考え方を活用しています」
一方で、萱場教授は現代社会、特にSNSが普及したデジタル空間に潜む、より複雑な問題にも警鐘を鳴らす。最近、萱場研究室が研究テーマとして力を入れているのが「ナラティブ経済学」だ。
「ナラティブとは、人々が物事を理解し、意思決定する上で影響を与える『物語』のことです。経済学への応用の提唱者であるロバート・シラー教授(2013年ノーベル経済学賞)は、経済の変動が、人々の間で広まる特定の物語によって大きく左右されることを指摘しました。例えば、ある国の為政者が『我々の生活を脅かす不当な存在を罰するために、高い関税をかけるのだ』というような、分かりやすい善悪の構図を持つ物語を語ると、人々は感情的にそれを受け入れやすくなります。我々の脳は、複雑なデータよりも単純な物語を好む認知的な癖があるのです」
このナラティブは、SNSのアルゴリズムと結びつくことで、時として人々の分断を煽り、合理的な判断を妨げる力を持つ。萱場教授は、この現象が「ナッジ」とは逆の方向に作用する危険性を指摘する。
「人々の意思決定を悪い方向に誘導する仕組みを『スラッジ』、あるいはとくにネット上では『ダークパターン』と呼びます。SNSのショート動画などを見ていると、視聴者の怒りや不安を煽って特定の思想に誘導したり、自分の見たい情報だけが次々と表示され、反対意見が目に入らなくなる『確証バイアス』を強化したりする仕掛けに満ちています。これらは、SNSプラットフォームの運営者がそう意図しているかどうかは別として、ナラティブを巧みに悪用したスラッジの塊として現実には機能していると言えるでしょう。今、ゼミの学生たちには『社会に潜むスラッジを見つけたら教えて』と、調査員になってもらっています。日常の中に、研究の題材は尽きることなく転がっているんです」
個人の意思決定というミクロな視点を起点としながら、マーケティング、組織論、金融、社会問題まで、あらゆる領域に接続していく行動経済学。そのダイナミズムこそが、多くの人々を惹きつけてやまない魅力なのだろう。
知的好奇心に導かれて。財務省から世界トップクラスの研究現場へ
萱場教授の経歴はユニークだ。東京大学入学当初は理系クラスに在籍。しかし、大学1年生の時に見たあるテレビ番組が、その後の運命を大きく変えた。
「1997年に金融工学の分野でノーベル経済学賞が出たのですが、その理論がいかに素晴らしいかを解説する特集番組が放送されていたんです。ところが、番組が続いている途中で、その理論を実践していたノーベル賞受賞者たちが興した会社『ロング・ターム・キャピタル・マネジメント(LTCM)』が破綻してしまいました。最初は理論の素晴らしさを伝えていた番組が、途中から『なぜ彼らは失敗したのか』という内容に変わっていったんです。完成された理論だと思われていたものが、現実の市場では脆くも崩れ去る瞬間に触れ『この分野はまだまだ未解明なことが多く、新しい発見に満ちている。なんて面白いんだ!』と衝撃を受け、経済学部への転向を決意しました」
その純粋な知的好奇心は、大学3年生で所属した伊藤元重教授(当時)のゼミで、さらに磨かれていく。当時、アメリカではITバブルが最高潮に達し、インターネット関連企業の株価上昇という熱狂が市場を支配していた。そんな中、ゼミの輪読で使われたのが、のちにノーベル経済学賞を受賞するロバート・シラー教授の著書『投機バブル 根拠なき熱狂』だった。
「本著の中でシラー先生は世間の風潮に流されることなく、データに基づいて『これはバブルだ』と冷静に論証していました。伊藤先生は『世の中の間違っている状況を検証し、提言して正していくのが経済学者の重要な仕事だ』とおっしゃっていて、その言葉に強く感銘を受けました。また、先生は常々『研究者を目指すならば留学すべきである』というメッセージを発信されていました。同期のゼミ生たちも海外留学を目指す意欲的なメンバーが多かった影響もあり、就職するにせよ研究者になるにせよ、将来のキャリアを見据えた留学の準備を進め始めました」
しかし、萱場教授はすぐに大学院へは進まなかった。選んだのは、財務省への入省という道だった。
「もともと、3年間働いてみて、それでもまだ研究への情熱が残っていたら考えよう、と決めていました。配属されたのは国債の発行を担当する理財局で、日々、金融市場の動きを追いかける仕事です。マーケットの乱高下を見ていると、そこにはまさに行動経済学が扱うような、人間の非合理的な動きがある。皮肉なことですが、そういう現実を見てしまったからこそ、もっと深く勉強したいという思いが強くなったんです。同期配属の経済職の友人と『今日の値動きは一体何だったんだろうな』と議論を交わすうちに、自分は役人として働くよりも、研究して物事を考えている方が好きだな、と。そう確信して、大学院に戻ることを決意しました」
社会に出て、現実の問題に触れたからこそ得られた強い問題意識。それを携えて、萱場教授は再び学問の世界へ。そして、博士課程を過ごしたカリフォルニア工科大学での経験が、現在の研究者としての自身のバックボーンになっていると語る。
「カリフォルニア工科大学は、大学院生の数に対して教員の数が非常に多く、学生一人ひとりへの指導がものすごく手厚いんです。例えば、留学生にとって非常にハードルの高い英語論文の書き方も、英作文の講義の担当だった教授が親身になって徹底的にフィードバックしてくれました。授業が終わった時に『お前の英語はまだ十分なレベルじゃないが、このまま続けていけば卒業する頃にはきっと大丈夫だ』と言われた時は、本当にうれしかったですね。厳しいながらも、そこには確かな成長の手応えがありました。この原体験が、今の私の指導スタイルの礎になっています」
「面白い」を共に探求する。学習院で待つ、密度の濃い研究の時間
世界トップクラスの研究環境で得た、手厚い指導という原体験。それは萱場教授が学習院大学大学院に感じる魅力と重なり合う。学生や院生の人数が少ないからこそ、より密度の高い指導を受けられる可能性が生まれる。
「学習院は、教員の数に対して学生数が比較的少ない大学です。先生方が多くの学生を抱えて指導に手が回らないという状況になりにくく、一人ひとりの学生としっかり向き合う時間と環境が確保されています。これは、カリフォルニア工科大学で私が経験したことと非常に似ています。世界的な研究機関で体感した理想的な教育環境の姿が、学習院の環境に重なります。かつて私が指導教授をはじめとした教授陣に真摯に向き合ってもらえたように、自分も同じように学生に接したいと思っています」
その上で、学習院が持つもう一つの大きな財産が、学生たちの気質だと萱場教授は指摘する。研究に真摯に向き合う”真面目”という特性。これは10代20代の若き研究者だけでなく、学習院での学びを選んだ社会人にも当てはまるという。
「学習院の学生は、真面目な方が多いと感じます。社会心理学では、人間はあるコミュニティに属すると、その場の規範や行動に同調しやすくなることが知られていますが、学習院に根付いている真面目に学問に取り組む文化が、学生同士で互いに良い影響を与え合う雰囲気を作り出しているのでしょう。そして、真面目に取り組む学生に対して、我々教員は喜んで手を差し伸べたいと思うものです。こちらの助言を素直に受け止め、自分の中で消化してくれるからこそ、教員としても指導のしがいがある。この好循環は、学習院がもつ何よりの強みではないでしょうか」
「社会人院生に感じるのは、ワンランク上の問題意識です。現場を知っているからこそ抱いた疑問や探究心は、研究を進める上で非常に大きなアドバンテージになります。私自身が金融市場の非合理性を目の当たりにした経験が研究のモチベーションになったように、社会で直面した問題を当事者として深く掘り下げたいという情熱は、学問を極める上で強力なエンジンになるのは間違いありません」
物事に真摯に向き合う姿勢と、現実から生まれた問題意識。萱場教授は、学問への探究を渇望する者にとって、学習院は最適な場所だと続ける。
「研究とは、日々の気づきをメモし、考えたことを文章として残すといった、コツコツとした作業の積み重ねから生まれてきます。その物事への向き合い方は、ある意味芸術家に似ているといえるでしょう。学習院の院生や学生が持つ真面目さは、その地道な作業を粘り強く続ける上で、間違いなく大きな力になるはずです。そうやって頑張ってくれる人たちと、私たち教員は良いものを一緒に作り上げていくという体験を共有したいのです」
「まず知ってほしいのは、大学院での研究は、それまでの勉強とは全く違うということです。誰も答えを持っていない問題に対して、新しいアプローチを考え、まだ知られていない事実をデータから発見し、その面白さをどうすれば他者に伝えられるか論文として組み立てていきます。そのプロセスは時に苦しみをともないますが、何物にも代えがたいクリエイティブな興奮と喜びに満ちています。そうした営みを『面白い』と感じられる人は、きっと大学院での満ち足りた時間を謳歌できるはずです」
答えのない問いに、知的好奇心を羅針盤としながら挑んでいく。スリリングで創造的な探求の旅を、教員と学生が近い距離で伴走しながら進む。学習院大学大学院には、そんな密度の濃い学びの時間が流れている。
| 取材: | 2025年10月1日 |
| インタビュアー・文: | 手塚 裕之 |
身分・所属についてはインタビュー日における情報を
記事に反映しています。
取材:2025年10月1日/インタビュアー・文:手塚 裕之
身分・所属についてはインタビュー日における情報を記事に反映しています。