教員インタビュー
インタビュー

浅見(勝尾) 裕子教授

Yuko Asami(Katsuo)

研究分野
企業会計
プロフィール
1998年、東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。2000年、学習院大学経済学部専任講師。2001年、東京大学大学院経済学研究科博士課程単位修得。2003年、学習院大学経済学部助教授。2005年9月~2007年8月、英国のLSEならびにケンブリッジ大学客員研究員。2007年、学習院大学経済学部准教授。2008年、学習院大学経済学部教授。2014年4月~2016年3月、学習院大学副学長。2016年9月~2017年8月、Open University客員教授。博士(経済学)東京大学。

理論的な観点から、整合性を突き詰める。

会計基準の「基準」をつくる。

企業会計は、資本市場における必要不可欠なインフラだ。それが整っていなければ、資本市場は適切に機能しない。そして資本市場のインフラを整備している人たちの中で、「企業会計はどうあるべきか」という理論的な部分の基準作りを担っているのが、浅見(勝尾)教授をはじめとする学者たちだ。

会計基準は多々あるが、その頂点に君臨しているのが「概念フレームワーク」である。企業会計のディスクロージャーにおいて基礎となる前提や概念を体系化したもので、この枠組に則って川下にある会計ルールが具体的に定められていく。そしてその概念フレームワークの中でもコアとなる概念が、利益をどう考えるかという利益概念である。浅見(勝尾)教授はいう。

「利益概念をどのように定義するのか。それによって概念フレームワーク全体の考え方が変わります。概念フレームワークの考え方が変われば、当然に会計基準の内容もそれに影響を受けます。利益に関する基礎概念は、企業会計の根源に位置するものと言えます」

利益概念をどう考え、どう定義し、どう整備するか。「概念フレームワークにおける利益の基礎概念」は、浅見(勝尾)教授が長年追究してきたテーマである。利益概念をめぐる最もホットな争点は、「純利益と包括利益のどちらを中心的な利益概念としてとらえるか」だという。その2つの概念の対立が、日本やアメリカ、国際会計基準IFRSとの間で10年以上にもわたり続いているそうだ。

「純利益と包括利益のどちらが投資家により有用であるか、どちらが理論的により優位な利益概念かという問題は難しい論点であり、この2つの利益概念をめぐる議論は、長年にわたる争点となっています。日本では純利益が利益測定の中心概念ととらえられる一方、IFRSでは包括利益が利益の中心概念としてとらえられてきました。IFRSでは包括利益を優先して開示する仕組みが整えられつつありますが、そうした枠組みのもとでは、業績評価指標としての純利益の意義が低められることになってしまいます」

「そこで、純利益を利益の中心概念ととらえる日本の会計基準設定主体ASBJは、IFRSで開示を要求される包括利益を許容しつつも、同時に、純利益を開示する工夫として『リサイクリング』という手法を主張しています。純利益と包括利益、どちらがより優れた利益概念なのか、理論的にどちらのほうがより優れた利益概念なのか、という問題が私の研究テーマの中心です」

一本の論文が閉塞状況を打開する。

浅見(勝尾)教授は学習院大学で教える傍ら、イギリスのロンドン大学LSEやケンブリッジ大学における客員研究員、またオープンユニバーシティの客員教授として、それぞれ1年ほど研究活動を行った経歴を持つ。

イギリスには「概念フレームワークの会計基準のあり方」をテーマとする研究者の友人が何人もいる。そしてそのうちの一人と執筆した論文がスポットを浴び、2017年11月、国際会計基準IFRSを実際に策定している人たちーーー国際会計基準審議会IASBの面々を前に、ヨーロッパ会計学会EAAがベルギーで主催するIASBリサーチフォーラムにて論文を発表することになった。日本人による論文がIASBリサーチフォーラムで披露されるのは初めてのことである。

「IFRS策定において指針となるような学術論文が毎年6~7本程度選ばれ、年1回開催されるIASBリサーチフォーラムで発表されるのです。私たちの論文は幸運にもその1本に選ばれたわけですが、その内容は『IFRSにおける概念フレームワークは、利益の定義と測定に関する基礎概念に矛盾が存在しており、論理的に破綻している』とIFRSを痛烈に批判したものでした」

論文の選考は、執筆者の名前や所属が隠された状態で審査されるという。審査する側は論文執筆者の国籍すらわからない。日本人の報告とも思わない。示唆に富んだ内容であるか否か、ただその一点で精査され、数ある論文の中から選ばれたわけだ。

「あくまで理論的な観点から会計理論の基礎概念と会計ルールとの整合性や矛盾点を突き詰める、という純粋なアカデミックな視点から私は論文に取り組んでいますが、今回の論文は、実際の会計基準づくりの現場との架け橋にもなり、それはそれで研究の成果の一つかもしれないと感じています」

「純利益か、包括利益か。長年争われている論点ですが、その間、日本の会計基準設定主体の主張はほぼ黙殺された状況が続いていました。ポリティックスに関して、日本のやり方はあまり上手くないと感じる場面が多いのですが、学問の世界ですと、理論の筋をきちんと通していきさえすれば、どこでも誰にでもその内容は通じますし、黙殺されることなく議論の俎上に乗ることができます。これがアカデミアの強みだと思います。基本的なルールを守りながら、理論的に筋の通った議論を着実に構築していけば、国籍や性別など関係なく認めてもらえるのが学問の強さだと今回あらためて思いました」

先人たちの積み重ねに何を付け加えられるか?

では浅見(勝尾)教授が客員教授として海外に行かれている間、院生の研究は誰がフォローしたのだろうか?

「別の教授に担当いただくことも可能でしたが、私自身、院生達に対する責任を強く感じておりましたので、他の方に任せるのではなく、多少の無理をしてでも院生指導を続けようと決めていました。そこで、帰国のタイミングに合わせてその都度補講を行ったり、メールやスカイプで修士論文の進捗管理を行ったりと工夫をしました。帰国後半年間は通常授業に戻ったこともあり、最終的に院生は全員、修士論文を提出することができました」

院生を指導する時に最も重視していることは「各自の研究関心を突き詰めさせること」だという。

「どのような課題を設定するか、それによって論文の質は大きく変わります。漠然とした広いテーマを取り上げるのではなく、その中でどのような問題を解決したいと思っているのか、何が問題点かを考えるということを、一貫して問い続けます。研究手法については徹底的に教えますが、各自の研究テーマについて直接的な口出しをすることは一切ありません。院生自身が自らの視点で『何が問題なのか』を深く考え続け、自分の研究関心を突き詰めることが何よりも重要です」

「また、経営学研究科には、どの分野も素晴らしい先生が揃っており、近接領域で何かお尋ねしたいと思った時に、有益なアドバイスを惜しみなくくださる、といった印象をいつも受けます」

さらに、浅見(勝尾)教授には、東京大学や京都大学、早稲田大学、横浜国立大学など、国内の大学にも親しい研究者仲間が多数いる。院生が選んだ研究テーマに近い分野を専門としている教授がいれば、授業を聴講させていただいたり、論文を直接ご指導いただくことも少なくないそうだ。東京大学などの他大学院生との論文報告会も定期的に開催されている。

学生時代の浅見(勝尾)教授は研究者の道に進むことはさほど考えていなかったという。ターニングポイントとなったのは、公認会計士を目指して勉強している中で、公認会計士試験委員の教授が書かれた書物と出会ったこと。読み進めるほど面白く、その教授のもとで会計学の基本となる概念をあらためて勉強しようと大学院への進学を決意し、心を新たにしたそうだ。

「学問の貢献とは、多くの先人たちの積み重ねを真摯にとらえたうえで、そこに何か一つを付け加えることだ、と私の指導教官が常におっしゃっていました。私もその研究スタイルを受け継ぎたいと思っています。そして後年の人たちが、私が付け加えた僅かな貢献をふまえて、さらに学問を発展させてもらえればと期待しています」

取材: 2018年1月18日
インタビュアー・文: 遠藤和也事務所
撮影: 松村健人

身分・所属についてはインタビュー日における情報を
記事に反映しています。

取材:2018年1月18日/インタビュアー・文:遠藤和也事務所/撮影:松村健人

身分・所属についてはインタビュー日における情報を記事に反映しています。