教員インタビュー
インタビュー

武石 彰教授

Akira Takeishi

研究分野
経営戦略・経営組織・技術経営
プロフィール
1982年東京大学教養学部教養学科国際関係論卒業、1990年マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院修士課程修了、修士号取得、1998年マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院博士課程修了、Ph.D.取得。株式会社三菱総合研究所(1982~1994年)、一橋大学イノベーション研究センター助教授、教授(1998~2008年)、京都大学大学院経済学研究科教授(2008~2020年)を経て、2020年より現職。フランス国立社会科学高等研究院(EHESS)客員研究員(2015~2016年)。著書に『経営学入門』岩波書店(2021年)、『イノベーションの理由:資源動員の創造的正当化』有斐閣、青島矢一、軽部大との共著(2012年)、『分業と競争:競争優位のアウトソーシング・マネジメント』有斐閣(2003年)、『ビジネス・アーキテクチャ:製品・組織・プロセスの戦略的設計』有斐閣、藤本隆宏、青島矢一との共編著(2001年)など多数。

研究のお楽しみはこれからだ。

研究の楽しさを知り、論文を執筆したくて大学院に進んだ。

「当時の僕には大学院に進もうと思う人たちの気持ちが理解し難かった」

学部生時代を振り返り、武石教授は苦笑いする。テニスとバンド活動に明け暮れた4年間。卒論だけを残して1年留年し、それをなんとか書き上げた。さて就職活動となったとき、どこに就職していいものか見当もつかない。

ある日、キャンパスに1枚の新入社員募集の紙が貼り出される。なぜか興味を感じ、応募して内定をもらう。当時、株式会社三菱総合研究所(以下 三菱総研)は、設立して10年ほどしか経っていなかった。累積赤字を抱え、従業員数は500人に満たない小さな会社だった。若き武石教授は産業経済研究室に配属され、研究員となる。

「調べたり書いたりする仕事って面白いのかもしれないと思いましたが、それはたまたま就職が決まってからそう感じたわけで、それまでは深く考えたこともありませんでした」
入社後、当然、仕事で苦労する。三菱総研は本格的な調査・研究を行いたくて入社する人ばかり。彼らは学生時代からそのための勉強をきっちりしていた。

それでも、上司や同僚(その後、多くは大学に職を得ている)に恵まれ、教わり、努力を重ね、調査のプロフェッショナルになっていく。そしてプロジェクトの経験を重ねるたびに、研究することの面白さが高まっていった。

転機となったのは、海外留学だ。その頃の日本では、社員をアメリカの一流ビジネススクールのMBA(経営管理学修士)プログラムに送る企業が増えていた。三菱総研も海外留学制度を整えた。武石教授は、社内の選抜試験に挑戦し、見事合格する。

留学先は、コロンビア大学とカリフォルニア大学からも合格通知を受け取っていたが、マサチューセッツ工科大学大学院(以下MIT)を選んだ。
「MITは他のビジネススクールと違い、修士論文が修了要件になっていたのが一つの理由でした。MBAの取得もさることながら、僕は論文を書いてみたかったのです」

MITにいたジョン・クラフチックの修士論文のコピーを偶然手に入れ、衝撃を受けたからだという。それはトヨタをはじめとする日本の自動車メーカーの生産方式の優位性を明らかにした論文だった。三菱総研で類似案件に携わっていた武石教授はその質の高さに驚いた。
「優れた論文を書くということがすごく魅力的だと思ったのです」

MITではマイケル・クスマノに修士論文の指導を頼んだ。クスマノはクラフチックの修士論文の指導教員でもあった。クスマノから論文を書く際の基本はもとより、調査やデータ、そして結果に対して常に誠実であれという姿勢を学んだ。

研究は驚くほど楽しかった。一心不乱に書き上げた論文は、1990年のMITにおけるMBAプログラムの修士論文の中で最優秀賞を受賞する。さらにクスマノから「博士課程に来ないか」と誘いを受ける。これが契機となって、武石教授は研究者の道を歩むことになる。留学から三菱総研に戻って4年間働いた後、会社を辞めて、再び留学し、博士課程に入学した。

ちなみにその修士論文は、クスマノと一緒に共著論文に仕上げ、戦略論で最もランクの高いSMJ(Strategic Management Journal)に投稿され、採択されている。それは決して昔話ではない。Google Scholarを見れば、今も引用され続けていることがわかる。

どう説明し、周囲をうなずかせ、協力者を得るか。

武石教授が、ずっと取り組んでいる研究テーマの一つは、先の修士論文や、続く博士論文でテーマにした「自動車産業における企業間の分業のマネジメント」だ。
「自動車メーカーと部品メーカーは、一緒になって車を開発し、生産します。シンプルにいえば、この分業をどのようにやればうまくいくのか、という研究ですね」

「とくに自動車メーカー側から部品メーカー、これをサプライヤーと呼びますが、このサプライヤーをどううまく使っていくか。サプライヤーとの関係や分業の進め方をどのようにマネジメントしていくと望ましい成果が生まれるか。そういうことが一つ目の研究テーマです。これは三菱総研にいた頃から興味を持っていた問題で、今でも細々ながら続けています」

「そして二つ目は、イノベーション。MITで博士号を取得して帰ってきた時、一橋大学のイノベーション研究センターに職を得ました。その名のとおりの研究機関で、そこでイノベーションの研究に本格的に取り組みました」

イノベーションとは何か。「アイデアや技術そのものはイノベーションではない」と武石教授はいう。

「企業が関わるものについていえば、商品化され、人々が購入し、利益を得るところまでいって、初めてイノベーションといえます。逆に申しますと、イノベーションとは社会が変わることですから、企業が関わり、社会を変えるためには、ビジネスとして成立していなければなりません。そのために重要な鍵になるのが、資源の動員です」

「イノベーションのアイデアは一人でも生み出せますが、どんなアイデアであれ、それは前例のないことですから、成功するかどうかは誰にもわからない。この<わからないもの>に、ヒト・モノ・カネというリソースをつけてもらうこと——すなわち企業の資源を動員させることは大変困難で、大抵はそこで頓挫してしまいます」

「資本主義社会は、世の中の資源が、儲かることに向かって、ダイナミックに動いていく社会です。儲かるだろうと誰もが思うものなら資源動員は簡単ですが、儲かるかどうかよく<わからないもの>を、どう説明し、周囲をうなずかせ、協力者を得るのか。そこをうまく進めない限り、イノベーションは実現しません」

「イノベーションのクリエイティビティは、アイデアを生み出すためにもちろん必要ですが、資源動員に際して立ちはだかる壁を乗り越えるためにも必要になるのです。それはどのようにすれば可能になるのか、これがイノベーション研究センターで取り組んだ研究のテーマでした」

論文は、強く、清く、美しく。

2021年4月、白桃書房から青島矢一編著による『質の高い研究論文の書き方:多様な論者の視点から見えてくる、自分の論文のかたち』が出版された。実績ある11名の研究者の論考を集めたもので、武石教授も寄稿している。

「質の高い研究論文とは何か? いろいろな定義の仕方がありますが、僕は評価軸として『強く、清く、美しく』と書きました。とくに<強く>と<清く>が重要です」

「社会科学には常に対立する理論があります。僕は社会学者のマックス・ウェーバーから大きな影響を受けているのですが、彼は『絶対的に正しい理論はない』といっています。何が理想かは人によって異なります。それぞれに異なる理想、価値観があり、おのおのに違う理論があります。その優劣を学問でつけることはできないというのが彼の議論です」

「データを使って、ある理論の正しさを示していくのが実証研究ですが、いい実証研究とは何かと問われれば、強い相手と戦って勝つ研究です。自分が主張する理論に対抗しうる有力な理論を相手に選び、現実のデータに当てはめて自らの理論の方が説明力があることを示す。それが<強く>ということです。」

「その上でもう一つ重要なことは、自分は絶対的な勝者ではないことを認識することです。それが<清く>ということです。強くて清い。諦めず徹底して頑張り通し、一方で自分の至らないところは潔く認める。そういう研究が、いい研究だと僕は思います」

「世の中に対して、自分の研究はどういう意味を持つのか。先程の<強く>と<清く>の背後に様々な価値観の対立があり、それが社会というものですから、その対立を意識しながら研究を進めれば、結果として社会に対して何らかの意味を持つ研究になると思っています」

武石教授は、学部生向けのページにおいて、次の一文でメッセージを締めくくっている。
No Music, No Life.
You ain’t heard nothin’ yet.

最初の一行は、タワーレコードのコーポレート・ボイスだ。
続く一行は、世界最初の長編トーキー(音声付の)映画『ジャズ・シンガー』の中の名セリフで、意訳すれば「これから今まで聴いたこともないような素晴らしい音楽が聴けるよ」という意味で、日本語では「お楽しみはこれからだ」と訳されている。次のシーンから楽団の伴奏に合わせて歌声が響く。武石教授はいう。

「僕は音楽が好きなのでこのメッセージでは音楽を話題にしていますが、別のものでも構いません。要は、それぞれの人が楽しいと思うもの、ことです。人生においてはそれが大切で、その楽しさはこれから始まるんだ、ということを伝えたいのです。」

あの角を曲がった先に、きっと楽しい出来事が待っている。それを目指そう。お楽しみはこれからだ、と。その挑発は、学生に向けてだけではない。その矛先は、研究者として、個人としての自分自身に向けられている。

取材: 2021年7月16日
インタビュアー・文: 遠藤和也事務所
撮影: 松村健人

身分・所属についてはインタビュー日における情報を
記事に反映しています。

取材:2021年7月16日/インタビュアー・文:遠藤和也事務所/撮影:松村健人

身分・所属についてはインタビュー日における情報を記事に反映しています。