院生インタビュー

情熱と好奇心を持って母国の社会問題に向き合う

学習院での研究で母国の課題解決に取り組む
「牛乳は世界的に大きなロスが報告されている食品カテゴリーのひとつです。モンゴルで生まれた私にとって、牛乳は非常に重要な意味を持つ食品。私の目標は、現実的な調査が可能な国々で牛乳ロスの実態を明らかにすることにあります」
ウヌルジャルガル・エルデネフーさんは学習院大学大学院経営学研究科博士課程において、サプライチェーンマネジメントを牛乳の食品ロスに焦点を当てながら研究を行っている。一説には世界全体で生産される食品の3分の1が、消費者の手に渡ることなく浪費されているという。中でも牛乳のロスは深刻であり、さまざまな研究によって世界的な問題であることが示されている。
ウヌルジャルガルさんは数ある食品カテゴリーの中から、なぜ牛乳のサプライチェーンマネジメントを研究テーマに選んだのか。その背景には、故郷モンゴルの文化に根ざした価値観が存在している。
モンゴルは草原が国土の約80%を占めており、多くの遊牧民が家畜と共に生活を送っている。羊、山羊、馬、牛といった動物たちが生み出すミルクは伝統的で神聖な食品として扱われており、食文化を支える重要な存在としてさまざまな料理に活用されているという。
ウヌルジャルガルさんも幼少期より、アルル(乾燥豆腐)、ヨーグルト、ウルム(クロテッドクリーム)といった乳製品を食べながら育った。「ミルクを無駄にすることは縁起が悪い」と教え込まれたというウヌルジャルガルさんは、自然と食品ロスへの感心が高まっていったという。
「私が牛乳の食品ロスを研究テーマに選んだ理由は、私の文化的な背景と世界的課題の両面にあります。特に牛乳を大切にするモンゴルの食文化の影響は大きいですね。私が牛乳を研究の対象に選ぶのは、もはや必然だったといえるでしょう」
書籍や研究論文、関係者へのインタビューを通じて、ウヌルジャルガルさんは日本とモンゴルにおける牛乳のロスの実態を研究する。牛乳を扱う企業の多くがロスに関するレポートを出さないため研究が難航する場面もあるというが、地道なインタビューとケーススタディを重ねた結果、モンゴルの牛乳産業が抱える課題が見え始めてきたという。
「モンゴルは牛乳のロスが最も多く発生する国のひとつです。日本の牛乳産業と比較をした結果、モンゴルにおいて牛乳ロスが発生する主な原因は、輸送管理の不備、不十分な農業教育、道路や電気といったインフラの不備にあることがわかりました。こうした課題に対し、私はIoTデバイスによる牛乳ロスの測定など、ICTを活用した対処方法といった側面からも研究を進めています」

モンゴルを出て見つけた目標。望む学びは日本にあった
人口の約60%が30歳以下であるというモンゴルでは、海外留学を含めた高等教育を奨励する国民意識が強い。ウヌルジャルガルさんも例外ではなく、モンゴルの主要産業である鉱業を学ぶためにモンゴル科学技術大学へと進学した。しかし「この選択は私の情熱が向かう先ではありませんでした。流行に乗って進学しましたが、鉱業には興味が湧かないことに気がついたんです」と悟ったウヌルジャルガルさんは、1学期のうちに異動を決意し、韓国の蔚山国立科学技術大学(UNIST)への編入を果たした。技術経営と財務会計の2つの専攻を修め、後に同大学院で経営工学の修士号を獲得したウヌルジャルガルさんは、UNISTで得た経験をこう振り返った。
「UNISTは、経営とファイナンスを学びたかった私にとって情熱を追求できる理想的な大学でした。また、さまざまな国々から来た留学生たちと交流を持てたことも、私の情熱をさらに燃え上がらせてくれたことは間違いありません。彼らとの交流は、広い世界に出てグローバルな問題の解決に貢献したいという願望を育んでくれました」
そうして2度目の海外留学を目指したウヌルジャルガルさんは、学習院大学との出会いを果たす。アメリカ、カナダ、オーストラリアへ出願していたというウヌルジャルガルさんは、最終的に日本の学習院大学を選んだ。
「私は長い間、豊かな文化、革新的な技術、異なる生活様式に身を置く機会を待ち望んでいました。美しい四季、繊細な文化、清潔な公共を持つ日本は、私が生活する場所としてこれ以上なく理想的な環境です。魅力的な国の中にある優れた研究環境を選ぶのは、私にとってもはや必然であるといえます」
「日本では3つの大学院から入学許可をもらっていました。その中で学習院大学を選んだのは、自分の研究に集中できる環境を重視した結果です。一部の大学院では研究の進捗を重視し、手続きを急かされることがあります。私は自分が望む形で研究に向き合えないことを恐れていました」
「その点、学習院は学校側の姿勢が研究者に協力的であり、優れた施設と教育を提供してもらえる環境にありました。さらには大学がもつ長い歴史と美しいキャンパスは、私を魅了するのに十分なものでした」

理想の研究環境に身を置く日々の先には、思い描く夢がある
ウヌルジャルガルさんは現在、河合亜矢子教授に指導を受けながら研究を続けている。サプライチェーンマネジメントの専門家である河合教授との出会い「幸運」と表現したウヌルジャルガルさんは、その幸運をこう振り返った。
「私が河合教授の研究室を選んだのは、教授の研究テーマと経験が私の関心と一致したからです。同じような研究関心を持つ指導教官を見つけるのは非常に困難ですので、河合教授の存在を知ったときには私は興奮を抑えきれませんでした。さらには、河合教授が私を研究室に受け入れてくれた時、これ以上ないほどの幸運を実感しました。どれだけ熱望していたとしても、指導教官が私を選んでくれるとは限らないのですから」
河合教授と出会ったウヌルジャルガルさんの幸運は、大学院への入学後も続く。
「河合教授は私の研究を情熱的にサポートしてくれます。研究テーマに対するアプローチについて話し合い、出席する学会の選定や戦略的な論文の書き方などの指導をしていただきました。また、必要なデータの収集やインタビュー相手の候補の紹介といった手厚いサポートもしてくれます」
「さらには日本での生活に順応できるような個人的なサポートもしてもらっています。私が知らなかった日本の文化やルールについて、多くのアドバイスをしていただきました。学業面の指導だけでなく、個人的な成長を促す役割も担ってくれていることに深く感謝しています」
今や理想の環境に身を置き、研究に熱中する毎日を送るウヌルジャルガルさん。過ごす時間が長くなるほど、学習院を取り巻く環境のすばらしさに感じ入るという。
「学習院の魅力は知識が豊富で情熱的な教授だけでなく、共に研究に取り組む仲間たちにもあります。一緒に学ぶ院生たちと意見を交換する時間は、私にとって刺激的かつ魅力的な時間です。また研究室で会うだけでなく、プライベートの時間を一緒に過ごすこともあります。刺激を与え合いながら一緒の時間を楽しめる仲間たちの存在は、私の大学院生活においてもはや欠かせないものになっています」
「毎日研究やジャーナル投稿の準備をしていると、時には行き詰まりや生産性の低下を感じるときがあります。そうした不調を感じたときの対策として取り組んでいるのが、研究場所の変化です。自宅で黙々と取り組むだけでなく、研究室や図書館といった学内の別の場所へ移動するだけで頭がリフレッシュされ、創造性が刺激されます」
「学習院大学がある目白という土地もまた、私に多くの刺激を与えてくれます。スタイリッシュなカフェやコワーキングスペースの選択肢が多く、新しいアイディアを生む刺激を提供してくれます。また落ち着いた通りや公園での散歩は、私に多くのインスピレーションを与えてくれました。目白が持つ多様性は、私の研究に興奮と探究の要素を与えてくれます」
望んだ環境で博士号を目指すウヌルジャルガルさんは、大学院卒業後の進路として2つの道を思い描いているという。
「博士課程修了後は、産業の世界へ進みキャリアを積むことをイメージしています。ロジスティクスやサプライチェーンマネジメントの分野で働きながら、私の専門分野で必要とされるコーディングスキルを身につけ、長期的なキャリアを築いていきたいという思いがあります」
「ただ、その先の未来に描いているのは、産業界で身につけた実践的な知識を学会へ持ち帰るというアカデミアへの進出です。学問の道へ進み、研究者として学生を指導するのが、私が描くもうひとつの未来です。どちらの道も決して楽ではありませんが、これまでと同じように、情熱を持ってキャリアを実現させていきたいと思っています」
取材: | 2024年6月5日 |
インタビュアー: | 手塚 裕之 |
文: | 手塚 裕之 |
身分・所属についてはインタビュー日における情報を
記事に反映しています。
取材:2024年6月5日/インタビュアー:手塚 裕之/文:手塚 裕之
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