院生インタビュー

初めて挑戦する学問で、
新たなキャリアを切り開く

博士前期課程
謝 紅 Xie Hong

胸に秘めた思いを信じ、
未経験のジャンルへ飛び込んだ

学生時代から一貫してキャリアを積み上げる人もいれば、全く異なる分野に飛び込んで新たな挑戦をする人もいる。さまざまなキャリアをもつ人がいるのが大学院だ。中国出身の謝紅さんは、後者のタイプだ。現在は河合亜矢子教授のもと経営学を学んでいるが、もともとは生粋の理系女性。中学、高校、大学と、化学を専攻し、実験に没頭する日々を送っていたのだという。

経営学を志したのは日本に来ることが決まってから。日本で就職するご主人に帯同することになり、来日してすぐに日本語学校へ入学。日本語を学びながら、進学を決めた。

「中国では大学卒業後に就職し、原材料や備品、部品の購入などを担当する調達部門で働いていました。そのとき、トヨタ社の生産管理についての本を読んでとても興味を惹かれました。トヨタ社の生産方式は世界中から絶賛され真似されています。優れたサプライチェーン・マネジメントについて学びたいという思いを、そのころから持っていたのです」

日本でサプライチェーン・マネジメントを学べる大学院を探して、行き着いたのが河合教授だった。教授あてにすぐにメールを送り、ここで学びたいという強い思いを伝えた。河合教授は丁寧に応対してくださり、「この人のもとでならきっといい研究ができる」と確信した。また、学習院大学のアドミッションセンターの担当者にも大いに助けられた。

「経営学はそれまでに勉強したことがなく、私の興味のあるテーマでは、どの科目を受験したらいいのかすら、わかりませんでした。そこで担当者は、私の話を熱心に聞き、サプライチェーンに興味があるのならば、経営科学をえらんだらどうかとアドバイスしてくださったのです」

こうして日本語の勉強も並行しながら、初めての経営学の世界へと飛び込んだ。現在研究を進めているのはもちろんサプライチェーン・マネジメント。

「小売・卸売・メーカーという、サプライチェーンの重要な3段階における、各段階での在庫状況や組織間で知識の共有に注目し、チェーン全体のパフォーマンスを向上させることを目的としています。パフォーマンス指標としては、現段階では、先行文献に習い、累積在庫費用を使用しています。サプライチェーンのマネジメント力はすなわち、企業にとっての競争力のひとつです。とくに中小企業にとっては、不必要な在庫費用を抑え、投資効果を最大限に得ることが死活問題であり、私の研究内容は企業にとって現実に役に立つものであると思っています」

学会発表で感じた成長。
挑戦は続いていく

2017年の11月は、謝さんにとって大きなターニングポイントとなった。システム・ダイナミックス学会日本支部での発表の機会を得たのだ。学会発表は博士前期課程においては比較的珍しいことであるうえ、経営学を学んで1年足らず、来日して2年強の謝さんにとっては多くの困難がおとずれるであろうことは想像にかたくない。最初は当然、大きな不安に襲われていた。

「河合教授に思わず、『本当にやらなくてはいけませんか』と泣き言を言ったくらいです。しかしそこで教授は、『これはきっと謝さんにとっていい経験になる』とおっしゃって、サポートしてくださったのです」

教授に背中を押され、挑戦する決断をした。そこからは2ヶ月ほどは猛勉強の日々。毎日遅くまで研究に没頭し、研究テーマについてさまざまな論文を読み、教授と相談しながら何度も修正をした。自宅でもプレゼンテーションのリハーサルを何度も行った。そして自分が持てる限りの力を出しきりたい、という強い思いでのぞんだ発表は、評判も上々。周囲からの温かいコメントも得ることができた。

「とても緊張しましたが、発表後には、他の方からたくさんのアドバイスをいただきました。どれもが私の研究にとって重要なもので、新しい視点をあたえてくれるものでした。アドバイスを踏まえて、考え直す部分もあり、研究がより深いものになったと思います。本当に貴重な経験を得ることができました」

困難や不安を乗り越え、着実な成長を遂げた謝さん。今後も新たな学会発表が控えているといい、学びに対する意欲はとどまるところを知らない。今の学びがとても楽しいと、謝さんは嬉しそうに語る。

「大学院に入ってから一番の成長を感じるのは、異なる思考方式を獲得したところなのです。化学を学んでいたころは、理系の思考しかありませんでした。化学では膨大な情報をなるべく簡潔にまとめ、分析を進めてシンプルな結論を導き出していきます。一方、経営学の勉強では、なるべく詳しく、細かく、ひとつひとつを説明していきます。今ものごとを考えるときには、ふたつの思考方式を使うことができるようになりました」

ひとつの事象に対し、いくつもの視点や思考の方法をもつことは、研究を進める上で重要な武器になる。自分の知らないことを学ぶ過程を、楽しいととらえる謝さんにとって、この上ない喜びなのだ。

研究においても生活においても、
恵まれた環境を実感

研究を進めていくにあたっては、日本語の論文や本を参照する機会も多い。日本語を勉強中の謝さんにとっては骨の折れる作業でもあるが、「新しい知識を取り入れたい、勉強したいという思いが強いので、あまり苦労だとは思っていません」と、力強い答え。そして学びにおいて充実感を得られているのは、自分をサポートしてくれる環境が整っているからだと考えている。

「まず、ご指導くださっている河合教授は本当に温かい先生です。今は1対1で指導を受けており、研究についてのあらゆることを話し、アドバイスをいただいていますし、生活面で相談することもあります。日本語でうまく説明できないときには英語で話すこともあります。学習院大学では先生方も学生も、英語がとても上手です」

教授からのサポートに加え、周りの日本人学生からのサポートにも日々助けられている。

「会話するにしても、レポートを書くにしても、間違った日本語を使っているときには周りの方が直ちに修正してくれます。SA(Student Assistant)の学生が2名ついてくれて、レポートの日本語チェックもしていただけるので、助けられています。優秀で、優しい同級生たちです」

研究に必要な議論を行うことはもちろん、生活面で困っていることのサポートをいてくれたり、一緒にご飯を食べに行ったりと、密接な関係性を築いているという。

日本語の語学力についてもっと向上させたいと考える謝さんは、今も日本語を学ぶ努力を怠らない。時間があるときには、日本語サークルに参加し、学外でも日本語を話す機会を自ら設けるようにしている。長いレポートは英語で書くこともあるが、徐々に日本語で執筆する機会を増やしている。

卒業後は日本の企業に就職する希望をもつ謝さん。今の研究は、企業にとっても重要な内容であり、その知識を、実務の中で必ず生かすことができると感じているからだ。

「ひとくちにサプライチェーンといっても、その過程は長いもので、小売、卸売、メーカーなど、サプライに関わる要素はたくさんあります。以前働いていたときには購買部でしたが、それもサプライチェーンのひとつにすぎず、全体を見ることはなかなか難しい。そこで、全体を見ることができるコンサルティング会社はどうかと、教授からアドバイスをいただきました。今は卒業後の進路も見据えて、さらに経験を積んでいきたいと考えています」

新たな目標に向かう道は、着実に切り開かれている。

取材: 2017年12月8日
インタビュアー: 斉藤恵里子
文: 八木美貴
撮影: 松村健人

身分・所属についてはインタビュー日における情報を
記事に反映しています。

取材:2017年12月8日/インタビュアー:斉藤恵里子/文:八木美貴/撮影:松村健人

身分・所属についてはインタビュー日における情報を記事に反映しています。