
- プロフィール
- 1989年、一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。1994年、アイオワ州立大学大学院修了, Ph. D.(統計学)、Research Excellence Award (アイオワ州立大学)。1995年、広島大学経済学部講師 助教授。2000年9月、学習院大学経済学部教授。
データの奥深さを探る - 統計学の可能性

極値統計学から予測まで。広大な統計学の世界
学習院大学経済学部教授の福地純一郎氏は、統計学を専門とする研究者である。統計学は、データの取得から分析、結論や予測を導き出すまでの全プロセスを扱う学問だ。近年、ビッグデータやAIの発展とともに注目を集めるデータサイエンスの中核を成す学問として注目を集める。
その統計学の専門家である福地教授の研究テーマは多岐に渡る。極値統計学、母集団選択、リサンプリング法。これらは一見すると異なる分野のように思えるが、すべてデータから有用な情報を抽出するという統計学の本質に深く根ざしている。
「極値統計学は、極端な値をとる現象の分析を行う分野です」と福地教授は説明する。通常の統計学が平均的な傾向を分析するのに対し、極値統計学は分布の端、つまり最も極端な値に注目する。このアプローチ は、一見すると外れ値として扱われがちなデータにも重要な情報が含まれているという考えに基づいている。例えば、気候変動に伴う異常気象のリスク評価や、金融市場の極端に急激な変動など、稀にしか起こらないが生じた場合の影響が大惨事になるような事象への対策など、様々な分野で応用が可能だ。
「100年に1度ほどの頻度で10mになるまで氾濫する川や、数十年に一度だけ45度を超えるような異常気象に見舞われる地域など、稀にしか起こらない事象と、それにより受ける影響を分析します。稀にしか起こらない事象のデータ数は少ないのですが、確率分布の裾に緩い仮定を設けることで、起きることが非常に少ない事象の分析も可能となります」
ふたつ目のテーマである母集団選択は、複数の母集団から一定の効果があるものを選び出す手法だ。福地教授はこの手法の応用例を次のように説明する。
「例えば、複数の新薬の効果を測定し、最も効果の高いものや既存の薬より効果の高いものすべてを選ぶといった場面で使われます。また、実験が可能な場面では政策の効果を比較し、最適な政策を選択する際にも応用できます」
「現在は、極値統計学と母集団選択を組み合わせた研究を行っています。この手法には、たとえば、複数の地点から大規模な自然災害のリスクが高い地点を選び出す、などの応用があります」
三つめのテーマはリサンプリング法。この方法の代表であるブートストラップ法は、得られたデータから無作為抽出を繰り返すことで統計量の分布を近似する手法だ。これは単独で用いられる手法ではなく、他の統計的手法と組み合わせることによって役立つ汎用的な手法であるという。
「リサンプリング法はさまざまな統計的手法の精度を向上させるのに役立ちます。特に、データ数が少ない場合や、理論的な分布が明確でない場合に威力を発揮します」
ここまでのように、統計学にはさまざまな分析・予測の手法が存在し、福地教授自身の研究テーマも、こうした変化とともに進化してきた。
「コンピュータの発展により、かつては不可能だった大量の計算が可能になりました。それに伴い、機械学習のような新しい手法が登場しています。また、画像や音声、自然言語といった多様なデータを扱えるようになっています。かつてのような手計算や古い計算機ではできなかった大量の計算が可能になったことが、新たな手法の発展を促しています。機械学習は伝統的統計学の発展形と言えますが、新たなデータに対して継続的に予測をすることを主たる目的としていることが大きな違いです」
この変化は、統計学の応用範囲を大きく広げている。例えば、画像認識技術を用いた医療診断や、自然言語処理を活用した感情分析など、以前は想像もできなかった分野での応用が可能になっている。
一方、福地教授は自身の研究テーマそのものがコンピュータの発展によって変化を促されているものではないと指摘する。教授の研究は一貫して統計学の方法論的な側面に注目し、新しい手法の開発やその性質解明に取り組んでいるという。
「理論研究は、新しい応用分野が生まれたときに、その基盤となる考え方を提供します。また、既存の手法の限界を明らかにし、改善の方向性を示すこともできます。新たな統計的手法を考えたり、新たな課題に対する手法を考えるときに、一番研究の楽しさを感じます」

実証から理論へ、統計学の道を歩む
福地教授が統計学に興味を持ったきっかけは、学部生時代にさかのぼる。当時、学習院大学経済学部の学部生だった福地教授は、故・島野卓爾教授のゼミに所属し、計量経済学は中村貢東京大学教授と故・新居玄武教授から学んだ。
「経済学の勉強をしている中で、為替レートや貿易収支などのデータを使った分析に興味を持ちました」と福地教授は当時を振り返る。「データを扱うマクロ経済学では、統計的分析を通じて実証的な結論を出す側面があります。今の言葉では実証分析といいますが、統計的手法でデータを扱う技術者的な知識を身につけることで、何かしら役立つ人間になれるのではないかと考えていました。そのころ、学習院に着任されて間もない新居先生が担当する授業の課題として生産関数の推定などを伊藤一さん(現日本医療大学教授)と一緒に行い楽しかったことが記憶に残っています」
経済学には理論と実証の両面があるが、福地教授はデータに基づいた具体的な結論を出す実証分析に特に惹かれたという。また、数学が好きだったこともあり、数理的な側面を持つ統計学との相性は良かった。
「統計学の魅力の一つは、その汎用性です」と福地教授は語る。「経済学だけでなく、医学、心理学、工学など、様々な分野で役立つ手法です。この強さを持った学問、方法論の専門性を身に付けて自分自身も役立つ、と多くの統計学研究者が考えていると思います」
学部卒業後、福地教授は統計学をより深く学ぶため、一橋大学大学院経済学研究科に進学した。そこで統計学の理論を本格的に学び始めた。
「大学院に入ってからは統計学の勉強に没頭しました」と福地教授は言う。「当時の指導教授である刈屋武昭先生は理論的な研究をされていて、統計学理論を基礎からていねいにご指導いただきました。このころ一橋大学の大学院では、統計学のシステマティックな教育が本格的に始まったころで、そこに居合わせたことは大変幸運なことでした。大学院在籍時に、刈屋先生と故・豊岡康行先生の予測についての共同論文を読み、予測について強く興味を持ちました。『三つ子の魂百まで』というように若いころの関心は、その後永く影響を及ぼす感じがします」
大学院での学びを通じて、福地教授は統計学の奥深さにますます魅了されていった。特に、予測に関する研究への関心は、今でも福地教授の研究の根幹を成すものとなった。
さらに、統計学の研究ができるようになることを目指して、福地教授はアイオワ州立大学の大学院に進学した。アメリカを選んだ理由について、福地教授はこう説明する。
「刈屋先生にお勧めいただいたことも後押しし、統計学に特化した研究科で学べるアメリカに行きたいと思いました。実際にアイオワ州立大学の統計学部では、応用分野を問わず統計学そのものを研究する環境がありました。様々な国から来た研究者や学生が競い合う様子を見たこともとても貴重な体験でした」
「アイオワ州立大学では、故Krishna B. Athreya教授とSoumendra N. Lahiri教授の指導の下で学び、ブートストラップ法などの研究を行いました。Athreya教授は確率論の専門家で、分岐過程、マルコフ過程、ブートストラップ法などの分野で多くの業績を残された研究者です。私がAthreya先生のところに新しい結果や予想を持っていくと、小さな結果でも『Beautiful !』と言って誉めてくれ、それを励みにして研究を続けることができました。極値統計学を初めて学び、国際学会にて発表を行ったのもこのころです。このころ行った研究が、私の研究者としてのスタートでした」
アイオワ州立大学で博士号を取得後、1995年に福地教授は広島大学経済学部講師として日本に戻った。そして2000年、学習院大学に着任した。
「広島大学では前川功一先生が中心になって計量経済学の研究者を牽引しておられ、研究者の研究環境を確保されていました。広島大学、学習院大学どちらにも研究に集中できる環境があります。両大学で働くことができたことは幸運でした」と福地教授は言う。「学習院では時間的な余裕も比較的あり、研究費も恵まれています。また、研究者同士が互いの研究を尊重し合う雰囲気もあります」
この恵まれた環境の中で、福地教授は自身の研究を深化させると同時に、次世代の統計学研究者の育成にも情熱を感じている。

理論と応用のバランスに優れた学習院の研究環境
着任から20年以上にわたり学習院大学で研究を続ける福地教授は、学習院大学大学院経済学研究科の特徴として、現実の経済を分析し論じる伝統があることを挙げる。
「学習院の経済学部および経済学研究科は、昔から経済を(広い意味での)データに基づいて研究するタイプの研究者が多いのです。ミクロ、マクロ経済学、計量経済学、経済史という4つの分野のバランスが取れているのも特徴ですね」
特に、統計学と計量経済学の分野では充実した研究・教育体制が整っているという。「統計学や計量経済学を研究している教員が3人以上いて、この規模の研究科としては多い方です。さらに、計量経済分析やデータに基づく因果分析を用いて研究を行う教員が多くいます」
この環境は、学生にとって大きな利点となる。理論と実践の両面から統計学や計量経済学を学べるだけでなく、様々な分野での応用例に触れることができるからだ。福地教授は、学習院大学大学院の魅力をさらに具体的に説明する。
「私たちの研究科では、最新の統計的手法や機械学習の技術も扱っています。例えば、私の担当する授業『データサイエンス演習』で扱うのは統計的学習(機械学習)を用いた予測法、たとえば、回帰、決定木、ブースティング、コンフォーマル予測などです。自分の目的に合った予測の仕組みを作りたい人にとって、非常に有益な内容だと思っています」
さらに、福地教授は学習院大学大学院ならではの特徴も強調する。「我々の研究科は比較的小規模なので、教員と学生のコミュニケーションが密です。個々の学生のニーズに合わせた指導が可能です。また、経済学の理論と統計学の手法を組み合わせた研究も行いやすい環境です」
また、社会人大学院生の受け入れにも積極的な点も学習院の特徴に挙げる。
「2年間で統計学や実証分析の理論と技術を習得することは十分可能です」と言う福地教授。「特に、特定課題研究という、修士論文よりも短い論文で博士前期課程を修了できる選択肢があるのも社会人には魅力だと思います」
「また、統計学でよく広く知られている既存の手法だけでなく、最新の手法についても相談に乗れるのが我々研究者の強みです。ビジネスの現場で直面している課題や、将来取り組みたいプロジェクトがあれば、課題を持つ社会人と研究者が話し合いながら、ソリューションに到達することも可能と思います」
最後に、福地教授は次のように締めくくった。
「データ社会の進展とともに、統計学や統計的学習の手法は驚くべき速さで進展し、その重要性はますます高まっています。学習院大学大学院は、理論と応用のバランスの取れた学びの場を提供し、次世代のデータサイエンティストの育成に貢献したいと考えています。統計学や統計的学習に興味がある方、ぜひ我々の門を叩いてみてください」
取材: | 2024年6月4日 |
インタビュアー・文: | 手塚 裕之 |
身分・所属についてはインタビュー日における情報を
記事に反映しています。
取材:2024年6月4日/インタビュアー・文:手塚 裕之
身分・所属についてはインタビュー日における情報を記事に反映しています。