教員インタビュー
インタビュー

深井 太洋

Taiyo Fukai

研究分野
労働経済学
プロフィール
2013年、横浜国立大学経済学部卒業。2015年、一橋大学大学院経済学研究科修士課程 修了(M.A. in Economics)。2018年、東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得満期退学。2021年、東京大学大学院経済学研究科博士課程博士号取得(Ph.D. in Economics)。2018年、東京大学大学院経済学研究科特任研究員。2020年、内閣府経済社会総合研究所 研究員。2022年、筑波大学人文社会系助教。2024年より現職。

労働経済学が読み解く、働き方と家族の未来

「世の中がわからないのが怖い」。自立への渇望が社会を見る目の原点

「経済学は、今ある資源をどう配分すれば社会が豊かになるかを考える学問です。そう考えると、私たちが持つ最も基本的な資源である『時間』をどう分配するか、という問いは必ず『労働』にも行き着きます。その意味で、労働経済学は非常に伝統的な分野なのです」

深井先生が専門とする「労働経済学」は、経済学の中でも古典的かつ、人間の営みそのものに迫る奥深い学問だ。一見、経済学は合理性だけを追求する冷たい学問というイメージを持たれがちだ。深井先生は労働経済学における合理性の捉え方を指摘する。

「経済学の原則は『人は幸せを追求して意思決定をしている』という点にあります。自分が幸せになるために、どの選択をするのが最も合理的か、ということを考えていきます。一見、非合理に見える行動も、実は私たちが気づいていない要素をその人が考慮した結果、その人にとっては最も合理的な選択であることもあります。その裏側を読み解くのも経済学の面白さです」

深井先生の研究の根底には「世の中の構造を知りたい」という欲求と「社会への恩返し」という強い思いがある。その原点は、陸上競技に明け暮れた高校時代を終え、大学の門を叩いた時に遡る。

「高校では目一杯陸上競技に取り組んだので、今度は、大学ではしっかり勉強しようと決めていました。当時、漠然とですが、自分の中で『社会に恩返しをしたい』という目標があったんです。幸いなことに、私は20歳まで何不自由なく幸せに育ててもらいましたが、それは当たり前のことではなく、非常に運が良かったのだと感じています」

「私が育った地域は、様々な状況におかれる世帯がいました。核家族や三世代同居、自営業のお家、高層マンション、会社の宿舎や公営団地に住んでいる人たち、それから外国からきている人たち。いろいろな人たちに触れる中で、時には現実を目の当たりにすることもありました。そんな環境の中で、不自由ない生活を送らせてくれた社会から受けた恩を、次の世代に、そして社会全体に返せるような人間になりたい、という思いが強くありました」

当時は、成人したら社会の一員としての責任を果たさねばならない。そんな感覚が、ごく自然に芽生えていたという。一方、大きな目標を実現するには、まず自分自身に二つの大きな課題があることを、深井先生は自覚していた。

「幼少期から大切に育てられていたこともあり、常に身の回りの世話をしてもらっていたため『何もできない大人になるかもしれない』という危機感を抱えていたんです。人間関係の作り方と、自立の仕方を知らない。この二つの課題は、私の中に『世の中はどうして回っているのかわからない』という大きな疑問を芽生えさせ、人々の生活を形作る経済に興味を持ち始めました」

社会への恩返しという崇高な目標を掲げながらも、その足元はあまりにもおぼつかない。社会を知らず、人との関わり方も知らず、生活力もない。このままでは、社会に貢献するどころか、一人の人間として生きていくことすらままならないのではないか。この強烈な危機感が、深井先生を突き動かす原動力となった。

「地元・名古屋で感じていた情報の格差も大きかったですね。テレビをつければ東京の話ばかり。渋谷で何が流行している、新宿に何ができた、と言われても何の話かわからない。それがすごく嫌で、世の中の中心で何が起きているのかを知るために首都圏の大学への進学を考えました」

こうして始まった自立への挑戦。人間関係を学ぶためにサークルに入り、一人暮らしを始めた。地元にいたときには決して得られなかった刺激に満ちた日々。その生活環境は、深井先生が新たな価値観を見出すきっかけとなった。

経済学を学ぶために進んだ一橋大学大学院の修士課程修了当時、深井先生は民間企業への就職を考えていた。しかし、インターンシップを経験する中で、自分のやりたいこととの間に違和感を覚えていた。そんな時、修士課程の指導教官だった先生から「博士課程に来てみたらいいと思うよ?」と声をかけられる。想像もしていなかった選択肢に「もちろん抵抗はありました」と語る。しかし、その背中を押したのもまた、自らの原体験だった。

「自立のために離れはしたものの、家族、親戚や友人に対する信頼感は常に持ち続けていました。もし進んだ先で失敗したとしても自分には帰る場所があると信じられたので、博士課程に飛び込めたのだと思います。このセーフティネットがあるという感覚は私にとって非常に大切なもので、現在の研究テーマとも結びついています」

リスクを取って挑戦できる社会のあり方を探る、現在の研究姿勢に繋がる原風景がそこにはあった。

3人の恩師との出会いが道を拓く。社会の構造を解き明かす労働経済学へ

「世の中を知りたい」という渇望から始まった大学生活は、期せずして本格的な研究の道へと繋がっていく。その運命を決定づけたのが、3人の恩師との出会いだった。

最初の転機は、博士課程への道を開いてくれた川口大司先生(現・東京大学教授)との出会いだ。そこで目の当たりにしたのは、これまでとは全く異なる学問の世界だった。

「周りの学生たちのレベルの高さ、議論の質、すべてが違いました。自分の見ている世界の水準が一気に引き上げられ、自分の中のストッパーが外れた感覚でしたね」

この経験が、研究者として新たな地を切り拓くための土台を形づくった。

次なる出会いは、その博士課程の入学面接で訪れた。そこで、二人目の恩師である面接官から投げかけられたのは、常に社会のことに目を向け、経済学的な考察をしてみるトレーニングを積んでいないと、答えられない問いだった。何も言えずに面接を終え、自分の専門領域だけでなく、社会のあらゆる事象に対して経済学的な洞察をすることができる力の重要性を突きつけられた強烈な体験だった。

そして三人目の恩師が、進むべき道に迷う深井先生の心を、そっと後押ししてくれた。当時、経済学の世界ではアメリカの大学院で博士号を取ることが一つのルートとされており、先生もその準備を進めていた。しかし「日本のことを研究して、日本に貢献したい」という思いも捨てきれず、1年近く悩んでいたという。相談に乗ってくれた先生は、いつでも親身に話を聞いた上で、『最後は『えいや』ですよ』と背中を押してくれたという。

「すっと心が軽くなりました。自分の尊敬する先生でも最後は覚悟を決めて跳ぶのか、と。その一言で私の心は決まり、日本に残る研究者としての『覚悟』が固まったんです」

こうして腹を括って歩み始めた研究者の道。

その視点は、現代社会が抱える複雑な問題にも向けられる。例えば「男女間の賃金格差」だ。

「かつての性差別に代わり、近年注目されているのが『統計的差別』や、子どもを持つことによる不利益を指す『チャイルドペナリティ』といった事象です。しかし、観察されている賃金差の是正が必ずしも全員の幸福に繋がるとは限りません。本人が望んで家庭にいる時間を長くするのであれば、それは尊重されるべき選択といえます。しかし、本当は働き続けたいのに社会の構造によって不利益を被っているのであれば、それは是正すべき問題かもしれません。その人が置かれた状況は『罰』なのか、自らの『選択』なのか。そこまで踏み込んで議論できるのが、この学問の面白さです」

こうした社会課題を分析する上で、労働経済学は、法律や制度の変更が人々の行動に何をもたらすかを評価する、ダイナミックな視点を提供する。

「労働経済学の大きな特徴は、経済学や統計学の知識だけではダメだという点です。現実世界で人がどういう法律や制度に縛られて生きているのか、その制度が変わった時に何が起きるのかを知らないといけません」

その一例が、深井先生が長年取り組んでいる保育所の研究だ。1995年頃から本格化した保育所整備が、仮に『全く行われなかった世界』と比べて、今の出生率にどれほどの影響を与えるのか。その研究の結果、保育所の整備は合計特殊出生率を約0.1押し上げる効果があったことがわかったという。これは、30人のクラスで考えればクラスメートが3人減るのを食い止めたほどのインパクトだ。常に社会の動きにアンテナを張り、現実と向き合い続けることが、この学問には不可欠なのだ。

大規模校とは異なる価値。学習院で「自分の可能性」を拓く

研究者として歩みを進める深井先生は、今、学習院大学の教壇に立ち、後進の育成にも情熱を注ぐ。その目に学生は「非常に真面目だが、自分の能力を少し過小評価している」と映っている。

「私の講義では、国際標準レベルのテキストや内容をベースに講義を設計しています。それでも、学生たちは問題なく理解したうえで、テストでしっかり点を取ってきます。彼らはそれだけの力を持っているんです。どこかのタイミングで『君たちはもっと自信を持って挑戦していけばいいんだよ』というメッセージが伝わればいいなと思っています」

学習院大学大学院で学ぶことの価値はどこにあるのか。深井先生は「教員の質」と「学生を支える環境」を挙げる。教育に熱心で、かつ第一線で研究を続ける質の高い教員が多く、その情熱を支える環境が大学にあるという。

大規模な大学院には、多様な学生たちと切磋琢磨できる魅力がある一方で、ここには一人ひとりの学生とじっくり向き合える、他にはない価値があると先生は語る。

「学習院大学大学院の最大の強みは、質の高い教員が、学生一人ひとりに対して密なコミュニケーションを取りながら指導できる点です。国内外のフロンティアで研究している先生方から、ほぼ1対1に近い形で指導を受けられる環境は、大規模校ではなかなか得られません。周りに流されることなく、自分のペースで着実に研究能力や世の中を見る力を身につけたいと考えている人にとって良い環境だと思います」

「自分の生活や社会に対する問題意識を、一度立ち止まってじっくりと考えてみたい。あるいは、物事を論理的に捉えるためのトレーニングを積んでみたい。そんな思いが少しでもあるなら、大学院は非常に有意義な場所です。特に学習院は教員との距離が近く、対話を通して自分の可能性を拓いていける場所です。もしあなたが、目の前の社会問題に対して自分なりの答えを見つけたいと願うなら、私たちは全力でその探求をサポートします。熱意をもって学問の扉を叩きたいと願う皆さんと、ここで共に学べる日を楽しみにしています」

取材: 2025年10月2日
インタビュアー・文: 手塚 裕之

身分・所属についてはインタビュー日における情報を
記事に反映しています。

取材:2025年10月2日/インタビュアー・文:手塚 裕之

身分・所属についてはインタビュー日における情報を記事に反映しています。