教員インタビュー
インタビュー

神戸 伸輔教授

Shinsuke Kambe

研究分野
ミクロ経済学(ゲーム理論・交渉・組織)
プロフィール
1987年、東京大学経済学部卒業、東京大学大学院経済学研究科入学。1989年からスタンフォード大学経営大学院に留学、1993年に博士号取得。1993年から1995年まで、オックスフォード大学ナッフィールド校初級研究員。1995年、学習院大学経済学部に着任。1999年より同教授。

人間関係を数理で解明。ゲーム理論の探求者が語る論理的思考

人間関係の「駆け引き」を数理モデルで解明

経済学と聞いたとき、多くの人が思い浮かべるのは、株価の変動やGDPの推移、あるいは企業の財務データといった、具体的な数字の分析だろう。実際に、現代の経済学者の多くは、膨大なデータを統計的に処理する実証経済学に取り組んでいる。

しかし、神戸伸輔教授のアプローチは、それらとは明確に一線を画している。神戸教授が専門とするのは、データそのものではなく、数式を用いて社会の仕組みや人間関係の構造を解き明かす「理論経済学」、中でも「ゲーム理論」と呼ばれる分野だ。

「私の授業や研究では、具体的な数字はほとんど出てきません。黒板に書かれるのは『x』や『y』といった変数ばかりです。なぜなら、私たちが明らかにしたいのは、特定の企業の利益がいくら上がったかという結果の数字ではなく、世の中がどのような論理的構造(メカニズム)で動いているか、という仕組みそのものだからです」

「もちろん、現実を理解する上でデータは重要ですが、そもそも『なぜそうなったのか』という論理的なつながりが分からなければ、本質的な理解には到達しません。物事の因果関係を抽象化し、数理モデルとして構築する。それが理論経済学の役割です」

かつてアダム・スミスが説いた古典派経済学は、市場における価格調整が需要と供給をマッチさせるという考え方が中心だった。しかし、現実の経済活動はもっと複雑で人間臭い。企業間の競争、社内の人事評価、下請け企業との契約交渉など、ビジネスの現場には必ず個別の取引があり、人と人との駆け引きが存在する。

この関係性に焦点を当てたのがゲーム理論だ。1930年代に数学者のフォン・ノイマンと経済学者のオスカー・モルゲンシュテルンによって提唱されたこの理論は、当初は軍事や工学の分野で発展した。それが70年代から80年代にかけて経済学に応用され始め、企業の戦略的行動や組織内のインセンティブ設計を分析するツールとして定着した。

「現実のビジネスは、単に市場価格だけで全てが決まるわけではありません。営業担当者が相手企業と交渉し、条件を詰め、契約に至る。そこには必ず戦略的な相互依存関係があります。私が大学院生に指導しているのは、この理論の応用です。特定の産業知識だけでなく、抽象的な理論という武器を使って、現実の経済の中で何が起きているのかを論理的に読み解く思考の枠組みを持つことで、あらゆるビジネスや取引の現場に応用できる視点が養われます」

特に神戸教授が関心を持ち、学生にもその面白さを説いているのが、ゲーム理論の一分野である「情報の経済学」だ。情報の非対称性、つまり「片方は知っているが、もう片方は知らない」という状況下での駆け引きを扱う分野である。

例えば、ある企業が下請け企業に部品を発注する場合を考えてみよう。親会社は下請け企業に対し、「高い技術力で、一生懸命いい製品を作ってほしい」と願う。しかし、実際にその下請け企業がどれほどの技術を持っているのか、あるいは現場でどれくらい真剣にコスト削減努力をしているのか、親会社からは完全には見えない。ここに情報の非対称性が生まれる。

相手の手の内が見えない状況で、どうすれば相手のやる気を引き出し、高品質な製品や適正なコストといった結果を導き出せるか。単に「頑張ってください」と伝えるだけでは人は動かない。そこで、長期的な取引による信頼関係の構築や、あるいは設計図の主導権をどちらが持つかといった契約上の工夫が必要になってくる。

「機械であればスイッチを入れれば動きますが、人間はそうはいきません。相手がサボっているのか、頑張っているのかが見えない中で、どのように取引を成功させるか。そこには高度な駆け引きが存在します。一見、人間の感情や心理に依存するように見える複雑な行動も、情報の流れとインセンティブの構造を整理すれば『こういう理屈で人は動き、組織は回っている』と説明がつきます。世の中のブラックボックスが論理的に解明される瞬間が、この学問の何よりの面白さですね」

物理学から経済学へ。最先端を求めた留学

現在でこそ経済学の共通言語として定着したゲーム理論だが、神戸教授が研究の道を志した1980年代、日本国内ではまだその存在は限定的だった。

神戸教授のアカデミックな出発点は、意外にも物理学にある。東京大学に入学した当初は理科一類に在籍し、物理学者を志していた。転機となったのは、経済学の世界でも数学的な手法が導入され始めていることを知った時だった。

「もともと数学が好きで、数式を使って自然界の法則を理解することに惹かれていました。ところが、人間の複雑な関係や社会の動きさえも、数学で記述し分析できる分野があると知ったんです。しかも、物理学はある程度体系化が進んでいましたが、経済学はまだ解明されていないことだらけだといいます。『歴史書を読むよりも、数式で分析するような研究をしたい』という自分の理系的な性分もあり、これは面白そうだ、と直感して経済学部への転身を決めました。当時はまだゲーム理論が経済学に本格的に導入され始めたばかりで、未開拓の荒野が広がっているようなワクワク感がありましたね」

当時、国内の大学にはゲーム理論を専門とする教員は少なく、東工大や慶應義塾大など一部の大学院生同士が自主的に勉強会を開いて情報交換をするような状況だった。より最先端の研究に触れたいと考えた神戸教授は、大学院修士課程を経て、当時ゲーム理論研究の世界的中心地であったアメリカ・スタンフォード大学への留学を決意する。そこで目の当たりにしたのは、日本とは桁違いの研究環境だった。

「80年代後半から90年代にかけては、経済学が大きく変わろうとしていた激動の時代でした。それまでの理論(産業組織論など)では説明しきれなかった現象が、ゲーム理論を使うことで次々と刷新され、『新産業組織論』などの新しい分野が生まれていました」

「スタンフォードの環境は圧倒的でした。まず、資金力が違います。世界中から優秀な教授陣が引き抜かれ、大学院生にも十分な生活費や奨学金が支給されるため、経済的な心配をせずに研究に没頭できます。私が在籍したのはビジネススクールの博士課程でしたが、同期はわずか数名。少人数であるがゆえに、著名な先生方の研究プロジェクトに関わることができ、徒弟制度のように研究者としての振る舞いを学ぶことができました」

この「熱気」と「没頭できる環境」が、研究者としての骨格を作った。帰国後、かつて共にゲーム理論を研究した和光純教授の誘いを受け学習院大学に着任する。神戸教授は和光純教授とともに、日本ではまだ珍しかったゲーム理論をいち早く学部の正規科目として導入する。学習院大学が他大学に先駆けて新しい理論を取り入れた背景には、教授陣のネットワークと、良いものは柔軟に取り入れる進取の気風があった。

それから約30年。かつての「新しい理論」は今や経済学のスタンダードとなり、神戸教授はその普及と発展の一翼を担い続けている。

少人数だから叶う、密度の高い指導と対話

長年、学習院大学で教鞭を執り、研究と教育の現場を見続けてきた神戸教授は、同大学院の最大の魅力を「質の高い教員」と「少人数教育」の掛け合わせにあると分析する。学習院大学にあるのは、旧制高校・官立学校時代からの伝統もあり、学会でも高く評価される優秀な研究者が集まる土壌だ。実際に、大きな書店の経済学コーナーに行けば、東大や一橋大、阪大といった国立大学の教員と並んで、学習院の教員が執筆した教科書が数多く並んでいることからも、その質の高さがうかがえる。その一方で、大学院生の数は大規模大学ほど多くはない。この環境こそが、院生にとって極めて有利な状況を生み出していると神戸教授は指摘する。

「手前味噌になりますが、これだけのレベルの教員がいながら、先生一人に対して院生が一人か二人、あるいはゼロという年さえある。これは他大学ではちょっと考えられない環境です。マンモス大学の大学院では、一人の著名な教授の下にたくさんの学生が着きますので、直接指導を受ける機会は限られてしまいます。しかし学習院では、トップレベルの研究者を独り占めして、マンツーマンに近い形で指導を受けられます。これは本当に贅沢な環境だと思います」

大学院での学びは、博士前期課程(修士)と後期課程(博士)でその性質が大きく異なる。後期課程は、すでに研究者としての基礎ができている学生が、自らの研究を完成させる場だ。ここでは教員は指導者というよりも、共同研究者に近い立場で議論を交わすことになる。一方で、前期課程(修士)は、これから経済学のツールを使いこなせるようになるためのトレーニングの場だ。神戸教授は、研究者志望の学生はもちろんのこと、高度な専門知識を実社会で活かしたいと考える社会人や学部生にも広く門戸を開いている。

「私の研究室では、必ずしもプロのアカデミアを目指すことだけをゴールにはしていません。むしろ、経済学という論理的な思考ツールを身につけ、それを武器に社会の課題を解決する力を養うことを期待しています。私の専門である理論経済学は、抽象度が高い分、応用範囲が広いのが特徴です。例えば、文献を読んで『情報の非対称性が取引を阻害する』という理論的枠組みを理解したとします。それを『現実のM&Aの現場ではどうなっているか?』『我が社の人事評価制度に当てはめるとどうなるか?』と、現実社会に落とし込んで検証する。教員が提示した理論に対し、学生が現実のデータを集めてきて検証するというプロセスを経ることで、どんなビジネスの現場でも通用する普遍的な分析力が身につきます」

経済学、特に理論の分野は、学ぶほどに世の中の解像度が上がる学問だ。普段目にするニュースや企業の動きが、理論というフィルターを通すことで「なぜそうなっているのか」「誰と誰のどんな駆け引きが作用しているのか」が手にとるように理解できるようになる。学習院には、そんな知的な探究心を全力でサポートする環境が整っている。

「学生の数が少ない分、私たちは一人ひとりの関心に合わせて柔軟に指導しています。疑問があればいつでも研究室のドアを叩き、議論を持ちかけてきて欲しいですね。知の探求に意欲的な方の来訪を待っていますよ」

取材: 2025年11月28日
インタビュアー・文: 手塚 裕之

身分・所属についてはインタビュー日における情報を
記事に反映しています。

取材:2025年11月28日/インタビュアー・文:手塚 裕之

身分・所属についてはインタビュー日における情報を記事に反映しています。