教員インタビュー
インタビュー

滝澤 美帆教授

Miho Takizawa

研究分野
マクロ経済学に関する実証研究、企業行動の実証分析、生産性分析
プロフィール
2002年、学習院大学経済学部卒業。2008年、一橋大学大学院経済学研究科にて博士号(経済学)取得。同年、東洋大学経済学部専任講師。同准教授、教授を経て、2019年に学習院大学経済学部准教授に着任。2020年より同教授。この間、ハーバード大学国際問題研究所客員研究員、日本学術振興会特別研究員PDも務める。

マクロ経済学の最前線。企業データ解析で解き明かす生産性の価値

ビッグデータが示す日本経済の処方箋

一国の経済全体を俯瞰し、景気変動や経済成長のメカニズムを解き明かすマクロ経済学。かつては理論モデルの構築が主たるアプローチだったこの学問領域において、近年、劇的なパラダイムシフトが起きている。コンピュータの処理能力向上に伴い、数百万社にも及ぶ膨大な企業データ、いわゆるビッグデータを用いた精緻な実証分析が可能になったのだ。

政府の審議会委員や企業の社外取締役など数多くの要職を歴任し、マクロ経済学の最前線を走り続ける滝澤美帆教授は、このデータの力を駆使して日本経済が抱える構造的な課題に挑み続けている。

「マクロ経済学は、その名の通り『巨視的』な視点で一国の経済を良くする方法を考える学問です。日本経済はここ30年ほど停滞が続いていますが、その要因を解明し、再び成長軌道に乗せるための処方箋を探ることが私の研究の大きなテーマです。かつては紙とペンで数式を解く理論研究が主流でしたが、今は私たち文系の研究者でも高性能なコンピュータを扱える時代になりました。何百万社という単位の企業の詳細なビッグデータを解析し、国全体の経済(マクロ)を良くするために、個々の企業(ミクロ)の生産性をどう上げればよいのか。マクロとミクロの両面に着目した実証研究を15年ほど続けています」

膨大なデータを解析してたどり着いた日本経済の課題。それは、経済成長の源泉とも言える生産性の低迷と、そこに対する投資の欠如であった。人口減少が進む日本において、これまでの生活水準を維持・向上させるためには、一人ひとりが生み出す経済的な価値、つまり生産性を高めていくほか道はない。

滝澤教授が特に着目しているのが「人的資本」への投資である。データ分析の結果が突きつけたのは、日本企業が過去20〜30年にわたり、従業員の教育訓練やスキルアップへの投資を怠ってきたという厳しい現実だ。人材という資源を軽視してきたツケが、経済全体の停滞として表出しているのではないか。企業の開示義務化が進み、人的資本に関する詳細なデータが得られるようになった今、企業が人に投資することで生産性がどう向上するのか、そのメカニズムを解明することが急務となっている。

こうした研究活動に加え、滝澤教授は大学の枠を超えて社会実装の場にも深く関わっている。内閣府や財務省などの審議会委員を務めるほか、企業の現場に入り込み、コンサルティングを行うことも少なくない。一見すると研究時間を圧迫するような多忙な日々だが、そこには明確な意図がある。

「週5日のうち、大学以外の業務にかなりの時間を割いているのは事実ですが、これは研究にとって欠かせないプロセスと捉えています。政府の審議会で共有される最新の国際比較データや政策課題から、日本経済にとっての本当の問題を確認できますし、企業からは内部の貴重なデータを提供していただくこともあります。社会に出て貢献しようとすることで研究に役立つ視点やデータが得られ、研究結果を社会に還元する。まさにウィン・ウィンの関係だと思っています」

3人の恩師の言葉に導かれた研究人生

一線で活躍し続ける滝澤教授だが、その研究者としての原点は、ここ学習院大学にあった。「国際的な学問がしたい」という志を抱いて経済学科に入学した学部生時代、ある一人の教授との出会いがその後の人生を決定づけることになった。

転機となったのは、着任したばかりの宮川努教授のゼミへの参加だ。マクロ経済学、特に生産性研究の第一人者である宮川教授はエネルギッシュで、学生との距離が驚くほど近かったという。厳しい指導が行われるゼミの後には毎週のようにゼミ生との食事会を開き、学問の面白さから人生論まで熱心に語りかける。その圧倒的な熱量に感化され、滝澤教授は自然と研究者の道を志すようになっていった。

その後、宮川教授の勧めで一橋大学大学院へ進学。しかし、そこで待っていたのは外の世界の厳しさだった。学習院という温かい環境から飛び出した先には、大人数の優秀な学生たちがおり、カルチャーショックを受けることになる。修士課程での勉強の過酷さに加え、博士課程に進むための要件をクリアできるかというプレッシャーが常にのしかかっていた。そんな滝澤教授を支えたのは、指導教官の一人である浅子和美教授だったという。

「実は修士論文の準備が満足にできず、進路に悩んだことがありました。宮川先生からは、私の研究に対する姿勢の甘さを厳しく叱責されてしまいました。そんなときに浅子先生は、うまくいかない私を受け入れてくれるような言葉を贈ってくださいました。まるで漫画『SLAM DUNK』の安西先生のような優しいお言葉に、このまま研究を続けてもいいんだと思えるようになったんです」

そうして進んだ博士課程では、日本の生産性研究のもう一人の大家である深尾京司教授からも指導を受けた。舌鋒鋭く真理を語る知性に大いに刺激を受けたと振り返る。

そうして3人の恩師に導かれた滝澤教授は、博士号取得後に東洋大学の専任講師に着任。その後、ハーバード大学への客員研究員としての留学も経験した。大学の授業や雑務から解放され、朝から晩まで研究に没頭できる贅沢な時間。ボストンの街を歩けば、教科書でしか名前を見たことがないようなスーパースター級の経済学者が行き交っている。多様な分野のプロフェッショナルと交流し、自身の頭と時間を自由に使って思索を深めた1年間は、研究者としての視野を大きく広げる財産となった。

濃密な知の時間を次世代と共に歩む

外の世界を知り、他大学での教員経験を経て、2019年に母校である学習院大学に戻ってきた滝澤教授。教えられる側から教える側に立場を変えた今、改めて学習院大学には大規模な大学院にはない圧倒的な「距離の近さ」を感じるという。

マンモス大学の大学院では、一人の教員が多数の院生を抱えることが一般的で、指導教員とじっくり議論する時間を確保するのは容易ではない。一方の学習院では院生の数が限られているため、教員と学生の関係は「1対多」ではなく、限りなく「1対1」に近くなる。各分野の第一線で活躍し、社会的な発信力も持つ研究者を独占して指導を受けられる環境は、研究者を志す人間にとってこの上なく贅沢な時間といえるだろう。この少人数という特徴は、働きながら学びたい社会人学生にとっても大きな利点となる。通常、平日の昼間に行われる大学院の講義は社会人にとってハードルが高いが、人数が少ないからこそ、教員側も柔軟な対応が可能になるからだ。

「講義への出席が難しい場合でも、時間の調整や個別指導でのカバーといった対応が可能です。実際に、私の周りでも社会人院生を受け入れるケースが増えています。今、社会では『リカレント教育(学び直し)』の重要性が叫ばれていますが、新しい知識を吸収することは、まさに自分自身への人的資本投資です。実務経験を持つ社会人の方がアカデミックな知見を身につけることは、ご自身のキャリアにとっても、日本経済にとっても大きなプラスになるはずです」

柔軟に、そして濃密に。自らが経験した学習院での価値ある時間を、次の世代にも過ごしてほしいと滝澤教授は語る。自身が享受した恩師たちからの教えを伝え、新しい時代を作る研究者や実務家を送り出すことが、“学習院っ子”である滝澤教授の責務だ。

「かつて私は恩師に導かれ、データの扱い方を学び、共著論文に名前を入れていただくことでキャリアをスタートできました。今度は私がその役割を果たす番です。私が持っているデータや分析のノウハウを惜しみなく提供し、学生の皆さんと一緒に研究をして、論文という成果を世に出していくのが今の目標です。静かな環境でじっくりと腰を据えて研究に取り組みたい方、そしてデータ分析を通じて社会の課題を解き明かしたい方。そんな意欲あふれる仲間と一緒に研究できる日を楽しみにしています」

取材: 2025年11月29日
インタビュアー・文: 手塚 裕之

身分・所属についてはインタビュー日における情報を
記事に反映しています。

取材:2025年11月29日/インタビュアー・文:手塚 裕之

身分・所属についてはインタビュー日における情報を記事に反映しています。