教員インタビュー
インタビュー

細野 薫教授

Kaoru Hosono

研究分野
マクロ経済学、金融論
プロフィール
1984年、京都大学経済学部卒業、経済企画庁(現・内閣府)入庁。1990年、ノースウェスタン大学大学院修士課程修了。1999年、名古屋市立大学経済学部助教授。2003年、学習院大学経済学部助教授。2004年より同教授。2009年に一橋大学にて博士号(経済学)取得。イェール大学客員研究員、財務省財務総合政策研究所総括主任研究官を経て、2013年に学習院大学経済学部教授に再着任。

社会と金融のメカニズムを実務と理論の両輪で解き明かす

流動する社会で問う金融の本質

東日本大震災やパンデミック、そして昨今の生成AIの急速な普及など、私たちの社会は常に予期せぬショックに直面し続けている。そうした大きな変化が起きた際、銀行や株式市場といった金融システムはどう反応し、企業の生産活動や家計の消費、いわゆる実体経済にどのような波及効果をもたらすのか。マクロ経済学と金融論を専門とする細野薫教授は、この金融と実体経済の交差点に焦点を当て、データを用いた実証分析を行っている。

金融やお金を取り巻く環境は、テクノロジーの進化とともに劇的に変化してきた。かつての実物貨幣から、現代のPayPayのような電子決済、さらにはブロックチェーン上のステーブルコインへ。しかし、教授は授業において、形態の変化よりもあえて変わらないものを強調するという。

「新しいテクノロジーが登場して送金コストやスピードは劇的に変化しました。一方で、価値の交換や保蔵といったお金の本質的な機能は、石貨幣や麦が用いられていた時代から変わりません。この普遍性と変化を見極める視点こそが、激動する現代経済を読み解く鍵になります」

特に教授が重視しているのが、危機的状況下における金融機能の役割である。かつて教授らが取り組んだ東日本大震災に関する共同研究では、被災地の企業と銀行のデータを詳細に分析することで、ある重要な事実が浮き彫りになった。震災のダメージは、被災した企業自身の資産価値減少にとどまらず、地域金融機関の機能低下を通じて、二次的な被害を広げていたのである。

「分析の結果、被災した銀行の経営が悪化することで、直接の被害を受けていない取引先企業の資金調達や回復にもブレーキがかかってしまうことが分かりました。この『銀行が被害を受けたことによる負の波及効果』は、企業自身が被災した影響に匹敵するほど甚大です。つまり、有事の際に政府が金融機関へ公的支援を行うことは、被災地全体の経済復興を支える上で、経済学的に見ても合理的な意味を持つのです」

過去の危機の検証に加え、教授の視線は未来の変化にも向けられている。現在、経済活動の源泉は、工場や設備といった有形資産から、ソフトウェア、研究開発、ブランド、そしてAI活用能力といった無形資産へとシフトしつつある。先行する米国では、巨大IT企業への富の集中や格差拡大といった歪みが生じているが、日本はまだその変化の波に乗り切れていない。教授は、このタイムラグこそが日本が直面する課題だと指摘する。

「『米国で起きていることは遅れて日本にもやってくる』と言われますが、いずれ日本も同様の課題に直面するでしょう。特に問題となるのは、無形資産は土地や建物と違って担保価値を評価しにくいという点です。無形資産中心の経済において、金融システムはどう資金を供給すべきか。これは、日本の金融機関や政策当局が今まさに取り組むべき喫緊の課題です」

こうした研究を通じ、教授が学生たちに伝えているのは、金融論という学問の本質的なリテラシーだ。それは単なる資産運用のテクニックではない。

「投資に関心を持つことは良いことですが、大学院で学ぶべき本質は『リターンを得るためには必ずリスクを取らなければならない』という原則を理解することにあります。どのリスクがリターンにつながり、どのリスクがつながらないのか。そのメカニズムを見極める力は、研究者のみならず、企業の財務担当者や、国全体の経済運営を担う人々にとっても不可欠な素養だといえるでしょう」

実務の現場から最先端の理論へ

現実の社会課題に鋭く切り込む細野教授の研究スタイルは、そのユニークなキャリアによって形成された。京都大学経済学部を卒業後、教授が選んだのは研究室ではなく、国家公務員の道であった。当時の経済企画庁(現・内閣府)に入庁し、経済政策の最前線に身を置くことを選んだのである。

その選択の原点は高校時代にまで遡る。世の中の仕組みを知り、社会を良くしたいという純粋かつ強い思いを抱いていた若き日の教授は、すべての土台となる「経済」を知らなければならないと考え、経済学部への進学を志した。大学入学後は、しばらく勉強に身が入らない時期もあったというが、3年生の時に転機が訪れる。

「友人の江上雅彦氏(現・京都大学副学長)が『面白そうだから一緒に読まないか』と経済学の専門書を持ってきたのです。授業の教科書とは異なるその本を友人と共に読み解く中で、経済学という学問が持つ奥深さと論理的な面白さにのめり込んでいきました」

研究職への憧れも芽生えたが、最終的な進路に実務の道を選んだのは、机上の論理の前に、まずは実社会を見たいという現場への渇望があったからだ。

「経済企画庁は当時、経済政策の全体調整を担う官庁でした。そこで統計作成の現場や政策決定のプロセスを肌で感じることができた経験は、今の研究にも大きく生きています。行政の現場を知っているからこそ、地に足の着いた分析ができます。例えば近年重要視されている『EBPM(証拠に基づく政策立案)』を行う際も、どのように作られた政策がどう実行されるかという現場感覚が不可欠なのです」

その後、庁内の制度を利用して米国のノースウェスタン大学へ留学。そこで教授は、経済学の大きなパラダイムシフトを目の当たりにする。80年代後半から90年代初頭にかけての米国は、それまで分断されていたマクロ経済学(国全体の動き)に、ミクロ経済学(個人や企業の行動原理)の基礎付けを行うという、現代経済学の潮流が生まれつつあった時期だった。

「『経済政策の効果を予測するためには、一人ひとりの人間がどう考え、どう行動するかをモデルに組み込まなければならない』そうした新しい理論の胎動を肌で感じ、ノーベル賞級の学者たちから直接指導を受ける日々は、本当に刺激的でした。そこで『やはり経済学は面白い、もっと深く突き詰めたい』という研究への情熱が再燃したのです」

帰国後、一橋大学経済研究所への出向などを経て博士号を取得し、アカデミアの世界へ転身。その後も、イェール大学の客員研究員として浜田宏一教授のもとで学ぶなど、常に最先端の理論を吸収し続けてきた。イェール大学滞在時には、従来の単純化されたモデルではなく、異質な家計や企業が存在することを前提とした、より現実に即した複雑なマクロモデルの構築手法を学んだという。

「行政の現場で培った実務の視点と、米国で学んだ最先端のアカデミックな理論。その両方のバランスを取りながら研究を続けられることが、私の研究の特徴といえるかもしれません。実社会の課題解決に貢献したいという思いは、公務員時代も研究者になった今も、変わらず根底にあり続けています」

競争より対話を重視する学習院の学び

様々な組織を渡り歩いてきた細野教授は、現在の拠点である学習院大学大学院を「じっくりと研究に向き合いたい人には最適な環境」と評する。その比較対象にあるのは、かつて教授が学んだ米国の大学院における過酷な競争環境だ。

「私がいた米国の大学院は、修士から博士へ進む過程で多くの学生がふるい落とされる厳しい世界でした。修士1年から2年に上がる段階で半数が消え、さらに博士課程に進む段階で半数が去っていきます。そうした競争によるセレクションとは対照的に、学習院は『育成』に重きを置いています。数が限られている院生が自分のペースで研究に向き合えるため、院生同士が競争に疲弊することはありません」

教員と学生の距離が極めて近く、一人ひとりの研究進捗に対してきめ細かな指導が行える環境が学習院にはある。教授自身、かつて指導した留学生の博士論文作成にあたっては、完成に至るまで何度も議論を重ね、二人三脚で研究を磨き上げたという。大規模な大学院では見過ごされてしまうような細部まで、徹底的に対話を重ねることができるのが学習院の強みだ。また、学部教育の一環として行われている合同ゼミの存在も大きい。これは、自分の指導教員だけでなく、他のゼミの教員や学生の前で研究内容を発表する場である。

「私のゼミでは、この合同ゼミでの発表を非常に重視しています。普段接している指導教員とは異なる視点からの鋭い質問や指摘を受けることは、学生にとって大きな刺激となり、研究を多角的に見直すきっかけになります。学生たちも『恥ずかしい発表はできない』という良い緊張感を持って準備に臨むため、結果として研究の質が大きく向上するのです」

伸び伸びと、そして真摯に研究に向き合う学習院の院生たち。教授は、彼らの気質についてこう語る。

「本学の院生には、ガツガツと短期的な成果を求めるよりも、腰を据えてじっくりと考え抜くタイプが多いように感じます。精神的に追い詰められることなく、純粋に学問的な問いに没頭できる環境は、研究者としての足腰を鍛える上で、得難い時間となるはずです」

一見するとアットホームにも見えるが、その研究水準は国内トップレベルである。マンモス大学と比較しても遜色のない実績を持つ教員が揃っており、高度な知見に触れながら、自分のペースで研究を深めることができる。では、どのような学生がこの環境に向いているのだろうか。最後に教授が挙げたキーワードは「柔軟性」である。

「研究において、自分のこだわりを持つことは大切です。しかし、それに固執しすぎては成長が止まってしまいます。先生や先行研究からの指摘を素直に受け止め、柔軟に軌道修正していく姿勢こそが、独りよがりではない、質の高い論文を生み出す源泉となります。経済学が好きで、素直な知的好奇心を持っている方なら、社会人でも学部生でも大歓迎です。金融や経済の動きは一見複雑ですが、データと理論を用いて紐解いていけば、必ず本質が見えてきます。その面白さを、ぜひここで一緒に味わってほしいですね」

取材: 2025年11月28日
インタビュアー・文: 手塚 裕之

身分・所属についてはインタビュー日における情報を
記事に反映しています。

取材:2025年11月28日/インタビュアー・文:手塚 裕之

身分・所属についてはインタビュー日における情報を記事に反映しています。