院生インタビュー 詳細

人民元から読み解く世界経済。為替研究が導いたビジネスの最前線

始まりは日本への憧れ。学習院で得られた為替研究のスペシャリストとの出会い
「北京の大学を卒業し、北京の保険会社に就職して。安全な場所である北京から飛び出し、世界を見てみたいという思いが強かったんです」
董 暁宇さんは日本への留学を目指したきっかけをこう語った。中国の政策を背景に一人っ子として生まれた董さんは、愛情深い両親から育てられてきた。しかしその守られた環境から脱却し世界を見たいという思いから、就職した保険会社を退職した後に日本への留学を果たした。
董さんは、留学先に日本を選んだ理由についてこう語る。
「日本と中国は物理的な距離が近いこともあり、とても身近な国だと感じています。また和食文化や陶器類を作る職人精神に憧れがありましたので、一度は日本にいきたいと考えていました。本当は大学時代に留学したいと思っていたのですが、当時は留学してまで学びたいテーマを見いだせていなかったため、一度断念しています」
一度は見送った日本への留学を決意した背景には、保険会社で為替に触れた経験があるという。世界の動きと直結する為替の世界から得る刺激は、大学で経済学を学んだ董さんの知識欲を再び燃え上がらせるに十分なきっかけとなった。
「当時は米中関係で大きな動きがあった時期でした。人民元をどう維持していくか、という話題が多かったこともあり、自然と為替を強く意識するようになりました。また企業の内部にいたことで、経営に対する為替の影響を肌で感じていましたので、改めて為替と経済の仕組みを学びたいと考えました」
2016年7月、董さんは日本の語学学校で日本語を学びながら為替の研究ができる大学院を探した。いくつもの大学院を比較する中、最終的に進路として選んだのが学習院大学大学院経済学研究科の清水順子教授の研究室だった。董さんは当時の清水教授との出会いを次のように振り返る。
「清水先生と初めてコンタクトを取ったとき、初対面の私に先生はとても親切に接してくれました。国際金融論のスペシャリストである清水先生とお話するのは本当に緊張しましたが、私が書いた研究計画書に対するアドバイスがとても丁寧で、学習院大学に入るために必要な対応を全て教えてくれました。まだ入学すら決まっていない私をここまで丁寧に扱ってくれるのか、と驚いたのを覚えています」
「また先生ご自身もロンドンで働かれていた経験をお持ちで、留学生の悩みや不安も理解してくれました。私はとにかく清水先生のもとで研究したいと思い、迷うことなく学習院大学を選びました」
そうして董さんは学習院大学大学院経済学研究科博士前期課程に入学した。当初は為替予測をテーマに研究を行う予定だったが、董さんは清水教授のアドバイスを受けて変更した。
「はじめは為替予測を中心とした研究を考えていたのですが、先生からすでに他の研究者が多く存在する領域であることを教えていただいたので、テーマを新たに設定することにしました」
「いろいろと検討しましたが、その頃ちょうどアメリカのトランプ大統領が中国を為替操作国に指定するような話がありましたので、中国の潔白を証明するという狙いも込めて、中国と海外国との貿易為替について分析することになりました」
具体的な研究内容について、董さんはこう語る。「中国のサプライチェーンを考慮しながら、為替レートが輸出入に与える影響を分析しました。特に、電子製品や家庭用品など、業種別の影響の違いにも注目しました」

ビジネスの現場で生きる研究の成果
董さんは大学院での研究成果を、2019年に特定課題研究「中国の経常収支と為替レートの関係」として論文にまとめた。董さんはその論文の主旨を次のように説明する。
「中国の経常収支を語る上で、中国独特のサプライチェーンの影響を外すことはできません。中国は昔から材料を輸入して加工して輸出する、国際的な中間財の工場として世界から認識されてきました。輸入から輸出まで、サプライチェーン全体に対する為替相場の変動の影響が経常収支に与える影響を分析しました」
「分析対象は全体的な輸出入の貿易データだけでなく、業種別にわたります。家具家電、おもちゃ、携帯電話、繊維など、業種別の分析も行いました。2019年前後の人民元は安い傾向が続いており、特に電子部品の分野で多くの貿易黒字が生まれていました。その黒字が中国の爆発的な経済成長を牽引したのは間違いないでしょう。こうした中国国内のサプライチェーンと貿易為替の関係といった観点からの研究により、中国の経済的な急成長の理由を紐解くことができたと考えています」
董さんは博士前期課程を修了後、日本の総合商社の中国支社に入社。現在は日本本社に転勤し、海外拠点の管理業務に携わっている。国を跨ぐ仕事に就いた今、董さんが大学院で学んだ知識は、現在の業務で大いに活躍しているという。
「国内外に多くの支社・支店を持つ商社では、海外との取引が活発に行われています。これは他社との取引だけでなく、海外支社との取引も含まれます。そのため、為替の変動は海外の拠点の管理にも大きな影響を与えています。人件費の送金や配当金の受け取りといった金銭の移動を行う際には、為替の影響を常に考慮しなければなりません」
「ある投資案件では、ある時点の相場を前提に申請を行っていました。当時は日本円が135円程度でしたが、申請から2週間ほどの間に円安が進み、200万円ほどの損失が発生してしまいました。私自身、大学院で為替について研究した経験がなければ、為替ヘッジの必要性など、考えもしなかったかもしれません。こうした事態を極力避けようという観点からも、社内では為替に対する知識が重要視されています」

学習院は未来を切り開く場所。ここだから身につけられたものがある
今、国内有数の商社で活躍できている理由について、董さんは二つの理由を挙げる。ひとつは前述の研究を通じて得た知識。もうひとつが院生生活を通じて得られた人間的な成長である。
「今振り返れば、大学院生活は、学生と社会人の中間的な存在だったと思います。指導を受けるだけでなく自分で考える時間が豊富にあり、研究テーマについて先生と対等に意見交換する経験は、社会人になってからも大いに役立っています」
「社会人においてコミュニケーションは必須スキルのひとつですが、私はそのスキルを、学習院大学の生活で培ってきたと自覚しています。相手の意見を尊重しながら、自分の考えを伝える力は、学習院での交流によって鍛えられました」
ビジネスの世界で通用するスキルを培えたという交流とは何か。学習院ならではの交流とは何か。董さんはその交流の正体を「壁がない教員と院生のコミュニケーション」であると指摘する。
「他の大学と比べることはできませんが、学習院は先生方との距離がとても近いと感じています。清水先生は研究指導だけでなく、進むべき進路や積み上げるべきキャリア、さらには人生の相談にも乗ってくださいました。面接に行くときの髪型や服装、質疑応答についてのアドバイスも多くいただきました。時には恋愛の相談にも乗ってくれるんですよ。これはもう教授と院生の関係に留まらない、人としてのコミュニケーションだったと思います」
「お話を聞いてくれたのは清水先生だけではありません。研究材料としてマクロ経済を学ぶ必要があるときには、細野薫教授に長い時間お付き合いいただきました。そのほかにも学習院は経済に関する大勢のスペシャリストが惜しげも無く知識を与えてくださったので、充実した研究を進めることができました」
人間として成長し、未来に繋がる力を育んだ学習院大学。これから目白のキャンパスへ学びに来るであろう未来の後輩たちに、董さんはこんなメッセージを残した。
「学習院での2年間は、自分がどういう人間になりたいか、じっくり考える貴重な時間でした。プロフェッショナルな先生方と対等に話せる環境で、社会人としての基礎を築くことができたのは一生の宝物です。これから学ぶ人たちにも、この素晴らしい経験をしてほしいと思います」
取材: | 2024年5月23日 |
インタビュアー: | 手塚 裕之 |
文: | 手塚 裕之 |
身分・所属についてはインタビュー日における情報を
記事に反映しています。
取材:2024年5月23日/インタビュアー:手塚 裕之/文:手塚 裕之
身分・所属についてはインタビュー日における情報を記事に反映しています。