教員インタビュー
インタビュー

本川 勝啓教授

Katsuhiro Motokawa

研究分野
財務会計、統合報告、会計研究のための統計手法
プロフィール
2005年京都大学経済学部卒業。2010年オックスフォード大学数学・統計学部修士課程修了。2010~2011年経営コンサルティング会社勤務。2015年京都大学経済学研究科博士後期課程単位取得。2016年学習院大学経済学部准教授に就任。2018年京都大学博士(経済学)取得。学外での活動としては日本会計研究学会、ヨーロッパ会計学会などがある。

企業に、自分自身に、フェアな情報開示を問う。

はじめに、問題意識ありき。

「今後会計学の研究者として活躍するために、自分には英語力とファイナンス・統計学の知識が圧倒的に足りないのではないか?」
「純粋数学を習得しなければ、厳密な意味でファイナンスや統計学を理解することは困難なのではないか?」

これは本川准教授が学部4年のとき、卒業論文を書きながら痛感した問題意識だ。卒論に苦労する一方で、研究することの面白さを感じ始めていた。いずれは研究者になりたいという気持ちも芽生えていた。
そこで卒業後、オックスフォード大学に学部から入り直した。専攻も経済学部から数学部に変更した。最終的に数学・統計学の修士学位を取得し、日本に戻って監査法人系のコンサル会社で実務経験を積んだ後、再び大学院で会計学を学んだ。2016年からは学習院大学の准教授となり、2018年に経済学の博士学位を取得した。

本川准教授は今、人的資本に対する財務情報や非財務情報の開示についての研究に取り組んでいる。「現行の開示方法では限界があるのではないか?」という問題意識からだ。

「とくに無形資産の部分で、財務諸表に出ない数値以外の情報、非財務情報ともいわれるものを、投資家の方々にどう開示していくか。博士論文では人的資本、従業員に関する情報に取り組みましたが、それこそが私は企業が価値創造していくうえでの源泉だと捉えているからです」

非財務情報を求めているのは投資家だけではないという。
「たとえば就職活動をしている学生たちが本当に知りたい情報、その企業の給与体系はもとより従業員の働きやすさへの取り組み、あるいは離職率といった人的資本に関する情報は、ほとんど開示されていないのが現状です。労働市場に対する情報開示に関する研究もいずれ扱いたいと思います」

今、最も問題意識を持っているのは、開示する情報の<出し方>だという。
「企業は情報を開示しているのですが、従業員や知的財産などのカテゴリーごとに情報を羅列するだけのケースが多いのです。違ったカテゴリーの間に、どんな関係性があり、何に影響して、将来的にどれくらいの利益をもたらすと考えているのか、価値創造プロセスのストーリーが見えてこないのですね。企業は、投資家や広くは利害関係者全般に向けて、より具体的に、目に見えるように表現すべきでしょう。どんな情報をどのように出せばいいのか、開示情報の構造化の研究を次に進めてみようと考えています」

問題意識とはなんだろうか? それはどこからやってくるのか?

「そもそも、現在の会計理論は正しいですか? 今の会計制度がベストだとお考えですか?」

本川准教授はweb siteで学部生に向けて「高校までは、おそらく確かだろうことを学びます。しかし、大学からは確かかどうかわからないことを学びます。皆さんは大学で何をどう学びますか?」と問いかけていた。では院生に対してなら、どんなメッセージを投げかけるのだろうか。その回答が、冒頭の一行だ。

現状に疑問を持っているのなら、その疑問は大学院での研究テーマになりえるし、その研究結果は現行制度を見直す新たな知見として社会に貢献する可能性がある。一方、何ら疑問を持たないのなら、その知識を活かして実務で活躍すべきだと。誤解なきように付け加えれば、これは実務を否定するものではなく、それぞれに社会で果たすべき役割があるという話だ。

「まず問題意識がしっかりしているかどうか。自分が社会のどのような会計学上の問題に取り組みたいのか? これがないと、ではこれまでどういう文献があり、どのような研究蓄積がなされてきて、どういったアプローチで取り組めばよいか、指導ができないのですね」

では、問題意識とはなんだろうか? それはどこからやってくるのか?

本川准教授は、学部生によく問いかけるそうだが、問題意識=社会問題と勘違いする学生が多いという。
「問題意識は研究のタネです。自分が社会で経験してきたことや大学で学んできたことのなかで、自分のなかから湧き出た疑問や違和感を大切にしてもらいたい。大学院には『現行の会計理論や会計実務の何が問題なのか』『なぜ、その問題を解決することが重要なのか』をしっかりと持ってきてほしい。主体的に関わり合おうとする意識が何を知っているかよりも重要だと思います」

「私の恩師は、自分の研究関心と学生の研究関心が異なっていてもまったく気にされない方でした。そうしたなかで、私は自由に、自分の研究関心を、思う存分追い求めることができました。私が受けた教育がそうでしたので、院生に対しては割と自由に研究を行っていただくスタンスです。まずは本人の研究関心、問題意識に耳を傾けたいですね」

過去の研究者たちを相手に自分の意見を闘わせる。

研究の進め方は一つではない。指導教官によってスタイルは違う。本川准教授は「事前に方法論を決めるのは、私のスタイルではない」という。
「私はあくまでも最初に問題意識があって、その問題を解決へ導くために適切な手法を選んでもらいたいと思っています」

「実証家だからとか、理論家だからとか、方法論ありきでスタートする研究指導はできるだけ行わないように心がけます」
「研究は問題意識からスタートし、その問題にこれまでどういった議論があったのかを一旦再構成し、過去の研究者たちを相手に自分の意見を闘わせます。そうした先行研究との議論を徹底的に重ねたうえで、では自分の意見をサポートしてくれる方法論はないか、そのとき初めて探し、選んできて書くというスタイルです。先生方によって指導方針は異なると思いますが、私はそれが研究のあるべき姿だと考えています」

「会計学者として私が特殊な点は、数学の学位を得ていることかもしれない」と本川准教授はいう。

「数学に関連するアプローチを行ってみたい方にとって、私は少なくとも理解することはできます。数学の知識を用いた研究、モデルを組み立てる研究もあると思いますし、私も一緒になって意欲的に学びたいくらいです。また私には留学経験があり、修士以降はすべて英語で論文を書いてきましたので、英語で指導を受けたいですとか、論文を書きたい方も歓迎します」

「実証を押し付けているわけでは決してありませんが」と前置きしたうえで本川准教授は続ける。「英語で実証系の論文を書きたい方にとっては、私という選択肢はそんなに悪くはないのではないかと自分でも思います」

また、非財務情報を扱う研究者は多くはないという。
「統計学関連のテキストデータの分析を実際に行う、そういう院生がいてくれたら一緒に研究ができますし、内心助かります。また個人的に勉強を進めているところですが、重回帰分析より高度な統計の知識を使ってみたい方、とくに構造的因果モデル・共分散構造分析・機械学習といった統計手法を用いて分析したいテーマをお持ちの方も現在の私の研究関心に近いかもしれません。」

そう述べた後、本川准教授はしばし沈黙する。ここまで言うべきか? いや言わないほうが良いのか? 方法論の押し付けにもなりかねないので、取材を受けるたび、いつもジレンマに陥るそうだ。

「会計のトピックの何がやりたいのか? 学生には問題意識からスタートしてもらいたいのですが、結局自分は実証してほしいのか……。私の知識をフル活用しようとすれば、そこをやったほうがいいですよという話にもなってしまいます」

本川准教授は自己紹介のなかで、「企業の情報開示のルールはどうであれば利害関係者にとって『フェア』なのかに関心」があり、「長期的に取り組んでいく」と記している。
今回、様々な質問に対して、では研究者の情報開示はどうであれば学生にとってフェアなのか? 問題意識を持って一つ一つ誠実に回答しようとする本川准教授に、研究の姿勢と学生への思いを強く感じた。

取材: 2018年10月5日
インタビュアー・文: 遠藤和也事務所
撮影: 松村健人

身分・所属についてはインタビュー日における情報を
記事に反映しています。

取材:2018年10月5日/インタビュアー・文:遠藤和也事務所/撮影:松村健人

身分・所属についてはインタビュー日における情報を記事に反映しています。