教員インタビュー
インタビュー

鈴木 健嗣教授

Katsushi Suzuki

研究分野
コーポレートファイナンス、コーポレートガバナンス
プロフィール
2000年、明治大学商学部卒業。2005年、一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。2005年、東京理科大学経営学部専任講師。2010年、神戸大学大学院経営学研究科准教授。2013年、ワシントン大学客員研究員。2015年、一橋大学大学院国際企業戦略研究科(組織変更により2018年経営管理研究科)准教授。2019年、一橋大学大学院経営管理研究科教授。2024年4月、学習院大学経済学部教授。

教員になって初めて知った、論文を書く喜び

「自分の人生に何が必要なのかと考えたとき、大学教授なら満たされるのではないかと気がついたんです」

鈴木健嗣教授が学部卒業を迎えた2000年はまさに就職氷河期の真っ只中。「安定した業界に就職できそう」という理由でファイナンスを研究するゼミに所属していたものの、特に新卒の採用を絞っていた金融機関への就職は絶望的だった。さて、この先どう生きていけばいいのか。人生の岐路に立たされた鈴木教授は、改めて自身の人生に必要なものを考えた結果、大学教員の道を選ぶことになる。

「人生に必要なのは、ある程度の地位とお金、そして時間。それらを満たせる職業は何かと考えながら講義に出席したときに気がついたんです。教壇で話している教授は理想的な職業なんじゃないか、と。」

鈴木教授は進路を大学院への進学に定め、一橋大学大学院商学研究科へ入学。博士課程まで修了し、東京理科大学経営学部の講師に就任した。最短距離で理想の職業へ就いた鈴木教授。仕事として教壇に立ちながら研究を行う日々を過ごす中、思わぬ心境の変化を迎えることになった。

「大学の教員になって初めて論文を書くのが楽しいと感じるようになりました。大学院では就職のために論文を書くという意識を強く持っていましたが、教員になってからは自分が好きなことを研究して論文を書けるようになったんです。自分がやりたいことを好きなように論文にまとめられることがこんなに楽しいとは知りませんでした」

鈴木教授の関心は株主優待へと向かった。日本で株主優待が急速に広まったのは2000年以降。当時株主優待を行っていたのは上場企業のうち10%程度であったが、バブル崩壊直後から急速な広がりを見せ、近年では株主優待を実施する上場企業は40%程度にまで拡大した。

なぜ株主優待がこれほどまでに急速な広がりを見せたのか。鈴木教授は主な要因のひとつに「BIS規制の強化」を挙げた。BIS規制は国際取引を行う銀行が自己資本比率以上に株式を保有することを禁止する国際統一基準である。バブル崩壊にともない株価が大きく下落した株式を抱える銀行は、BIS規制に従い株式を手放し始めたが、当時は市場に出回る株式の受け皿が足りていない。そこで個人投資家の市場参入を促すため、自社商品やサービスを付帯する日本式の株主優待が活性化したと鈴木教授は指摘した。

「当時は、政府の買取機構や自社株買いの解禁といった施策を講じましたが、銀行が手放す株式の量には到底追いつかないものでした。そこで目を付けたのが日本国内の個人投資家です。2000年代初頭から外国人投資家の参入が目立つようになってきましたが、日本企業からすれば、あまり経営に口を出さずに株式を持ち続けてくれる人に株主になってもらえると都合がいいんですね。そこで個人投資家向けにサービスを提供できる株主優待が活発になっていったのだと考えています。」

株主優待の導入は、株式市場の在り方にも大きな影響を与えたという。鈴木教授が指摘する株式市場への最も大きな影響は「株式の流動性の向上」である。

「研究により、株主優待は株式の流動性を高め、株価の上昇に寄与することがわかりました。株式優待を目当てに株価に関係なく購入する個人投資家が増えることで、いつでも株式を売買しやすくなり、その結果市場が活性化します。個人投資家だけに恩恵があると思われていた優待は、市場が活性化を通じて機関投資家にも恩恵を与えているわけです。」

鈴木教授は株式優待に関する研究を論文にまとめ2006年に発表。約15年の時を経て、2021年には国際的評価の高いアメリカのトップジャーナル「The Review of Financial Studies」への掲載を果たした。

「研究を始めた2005年から世界に出るまで10数年かかりました。全く新しい研究分野ですので、認めてもらうまではかなり長い時間が必要で大変だったのは間違いありません。しかし自分がやりたい研究をやりたいように続けましたので、苦痛ではありませんでした。やはり研究は面白いですよ」

企業の命運を左右するCEOの在り方を紐解く

鈴木教授はもうひとつ、CEOが企業活動に与える影響に関する研究を手掛けている。2024年3月に「第6回 GPIF Finance Awards」を受賞したこの研究は、CEOの選任結果と行動に人間関係が与える影響を紐解くもの。いわゆる「しがらみ」によって変わる企業の動向を定量的に分析した研究である。

鈴木教授はCEOの選任に与える人間関係の事例として、前CEOと新CEOの関係性を挙げた。端的に言えば、前CEOは社会的な繋がりのある人物を新CEOに選びやすいという検証結果が得られたというものである。

「日本の上場企業の多くは、次期社長を社長以下の取締役の中から選ぶのが一般的です。その中から次期社長に選ばれた人は、前社長と何らかの社会的な繋がりを持っている場合が多いことがわかりました。その繋がりとは、大学(学歴)、出身地、職場が一緒であるといった弱い繋がりでした。つまり、ちょっとした友人関係にある人が選ばれやすいということです。」

社会的な繋がりがある人を選任するということは、(能力とは別に)自分の好きな人を選ぶ(えこひいき)の結果なのか、より有能な人を選べるためなのかはこの結果からは識別できない。そのため次の研究で、社会的な繋がりで選ばれた人が会社にどのような影響を及ぼしたのか研究した。

「検証の結果、前CEOと社会的な繋がりのある新CEOは、会社が傾き戦略変更をしなければならない状況で戦略変更していないことが分かりました。この結果は、繋がりのある新CEOは、必要なタイミングで前CEOの残したレガシーを壊せないと解釈できます。選ばれた人はえこひいきによって選任されたのか、しがらみを強く受けている可能性が示唆されるわけです。」

「また、社会的な繋がりで新CEOを選出する影響は、次世代に現れることもあります。社会的な繋がりで選ばれたCEOは、自分が選任するときにも社会的な繋がりで選びますので、前CEOと新CEOの間に関係性があるという状態が脈々と受け継がれていくことになります。すると古いやり方を延々と変えることができず、会社は多大な損失を被ることになるかもしれません」

「一方で、社会的な繋がり抜きに選ばれたCEOは、次のCEOも社会的な繋がりで選ばない人が多いことも研究で分かっています。関係性重視で選ぶ会社は変わりたくても変われないジレンマを抱えているのかもしれません。日本企業を元気にするためには、各企業が考えながら仕組みを変えていく必要があると思いますので、その一助になるような研究を続けていきたいですね」

研究は山登りに似ている。苦しさの先にある感動

鈴木教授は2024年4月に学習院大学の教授に就任した。数々の実績を修めている鈴木教授はなぜ新たな研究環境に学習院を選んだのか。

「今までは講義や研究のほかにも、大企業相手の企業研修やセミナー講師といった仕事もしていました。しかし、今一度考えてみると、やはり私がやりたいのは研究なんです。自分の興味が赴くままに研究をし続けていきたい。学習院の静かで落ち着きがある環境ならば、私が望む研究環境を実現できるだろうという期待を持っています」

就任から数カ月。鈴木教授が学習院で過ごした時間はまだ長くはないが、早くも学習院の学生から感じ取るものがあるという。

「学習院の学生を見て感じたのは、とにかく真面目で勉強熱心なことです。落ち着きがある学生が多く、学習する環境としては理想的だと感じています」

自身の研究室を持つのは2025年以降だという鈴木教授は、自身が歩んできたような研究の楽しさを知ってほしいという。つらく長い道のりだけに占められているのではなく、たどり着いた先でしか味わえない喜びがあるのだと。

「私は、研究は山登りに似ていると思っています。恐らく最初はつらいんです。最初から楽しいと思う人はほとんどいないかもしれない。しかし、一歩ずつ前に進むほどに見える景色が変化し楽しさを感じるようになり、最後は爽快さと感動だけが残ります。山登りの道中は苦しくて仕方なくても、歩を進めれば報われるのです」

「そうした大変さと楽しさの両方を知ってくれる人と一緒に研究がしたい。一緒に論文を読んで、一緒に議論をして、一緒にクリエイティブなことに向き合いたいと願っています。かつての私の教え子の中には、大学教授になった人が何人もいます。みんな研究のつらさの先が見えたのだと思います。学習院でも、一緒に研究に向き合ってくれる人に出会えるのを楽しみにしています。研究は人生を変えるくらい楽しいですよ」

取材: 2024年5月31日
インタビュアー・文: 手塚 裕之

身分・所属についてはインタビュー日における情報を
記事に反映しています。

取材:2024年5月31日/インタビュアー・文:手塚 裕之

身分・所属についてはインタビュー日における情報を記事に反映しています。