「やりたい」に向き合い「知りたい」を叶える。
グローバルな視点で研究を行う研究室
2022年、白田由香利教授と白田ゼミ学生の藤巻美舞さん、辻浦衣美さんとの共同研究が、ヨーロッパ最大のオペレーションマネジメント組織による「World Conference on Production and Operations Management(P&OM)」において、日本人初となるDSI Awardsの受賞を果たした。
発表した論文のタイトルは「Automobile Manufacturers Stock Price Recovery Analysis at COVID-19 Outbreak(新型コロナウイルス流行時の自動車メーカー株価回復分析)」。2020年3月末に記録された自動車メーカー各社の大規模な株価急落からの回復理由を、サプライチェーンの能力と新市場の開拓能力、そしてEV(電気自動車)の製造販売の影響にあることをShapley値を用いて分析した。
なぜこの研究が日本人初の快挙となる受賞に至ったのか。白田教授はその理由を「グローバルな視点で研究をしているからかもしれません」と語った。
「AIの発展は、企業分析という研究分野に大きな影響を与えました。今回の私たちの研究では、AIによる回帰分析やクラスタリングといったAIベースの最先端手法を用いたことで、従来の手法では到達できなかった深度の研究成果を導き出しています。大学院の白田研究室でも世界の中心で活用されているAI分析の手法を取り入れています」
白田教授がAIを用いた研究の成果をもうひとつ紹介しよう。白田教授が2023年に発表した研究のテーマは「インド、インドネシアでのSDGs達成度の分析」。現在両国とも国家を挙げているというSDGsへの取り組みの手法と成果を、AIを使って分析した。
「この研究は、インドおよびインドネシアにおいて女性のジェンダーイクオリティ(男女平等)向上にどのような取り組みが影響しているかを分析したものです。インドは現在、国の主導でトイレの普及を進めており、これが女性のジェンダーイクオリティ向上に大きく貢献しました。トイレができたことで女性が学校や仕事に行けるようになったことが理由であり、その結果インドの経済成長レベルが引き上がっています」
インドはトイレの普及がSDGsの達成に大きく影響した一方、インドネシアでは異なる傾向が見られた。白田教授により「教育」「トイレ」「携帯電話」それぞれの普及がジェンダーイクオリティへ与える影響をAI手法によって分析した結果、携帯電話の普及が最もジェンダーイクオリティの向上に即効性がみられたという。
「インドネシアでも州別にデータを分析しましたが、携帯電話の普及は多くの州で女性の活躍に貢献しています。WEBから就職情報や交通情報などのデータ収集ができるようになったことで、女性が社会と接点を持ちやすくなりました。教育も重要ですが、成果が出るまでには時間がかかります。即効性の観点で見れば、携帯電話が女性の社会進出に果たす役割は大きいといえるでしょう」
価値ある研究を支えるのは、未来へ注がれる好奇心とデータへの"愛"
この研究成果は各種の国際会議で発表され,世界的に注目された.2023年7月中旬には,かつて客員研究員を務めたオックスフォード大学で開催されたシンポジウムで著名な研究者たちとディスカッションを交わし、同月下旬には南インドのマダナパレ工科大学(MITS)で2日にわたる講演を行った。
オックスフォードでは人道主義的立場での研究者と見られ、MITSでは急きょMBAコースでの講演を追加依頼されるといった歓待を受けた。なぜ白田教授の研究は海外の研究者から高い評価を受けるのか。聞いている人が興味をもってくれるのか.白田教授が口にする「私が楽しそうにデータ分析結果を話していると,聞いている方々もそのデータへの興味が湧いてくるのではないでしょうか.日本でもインドでも学生さんから『先生,楽しそうですね』とよく言われます.しつこくデータ分析を続けるには,そのデータへの愛が必要だと思います.知りたいという好奇心ともいえます.良いデータ分析はデータに対する愛がなければできない」という信念がその理由になるのかもしれない。
「例えば、政府が投資する最終目的がウェルビーイング(幸福)の実現にあるとします。国民のウェルビーイングを向上させるために、どこに投資すれば最も効果があるのか,SDGsのデータ分析ではそれを明らかにしたいです」
「インドやインドネシアの産業は急速に成長しており、特にインドのITはすでに日本よりもずっと先を進んでいます。一方で電気やトイレ、きれいな水といった生活インフラはまだ発展途上です。成熟していないからこそ研究対象として面白いので、AIを活用した時系列分析を通じて、誰もが安全で満たされた生活を送れるウェルビーイングへの道筋を見つけていきたいですね」
院生の情熱が新たなジャンルを切り開く。少人数だからこそできる自由闊達な研究
白田教授は生粋の"学習院っ子"である。学習院女子中等科・高等科を経て学習院大学理学部物理学科へ入学。修士課程修了まで一貫して学習院大学での時間を過ごした。東京大学理学部情報科学科大学院で博士号を取得し、民間企業の研究職を経て学習院大学経済学部の教員となった。当時を振り返った白田教授は「私は大ラッキー人間」というほど、学習院大学への帰還は嬉しいことだったという。
なぜそこまで学習院を愛するのか。白田教授は自身の経験を振り返り「教員との密接な関係」を挙げる。
「学習院大学だけで6年間も通うほど、元々勉強が好きな学生・院生でした。学習院大学はそういった学生や院生の思いを受け止めてくれる学風です。各教授が院生の成長を見守ってくれる、少人数教育だからこその良さを享受できる環境だと思います」
白田教授が指導側に回った今でも、その学風は変わらない。白田教授が指導する院生の松橋誠治さんは、院生の情熱に向き合い、望む研究テーマに寄り添う学習院からの恩恵を存分に受けた院生のひとりだ。
「元々私の研究室では私が研究テーマを与えていましたが、松橋さんは『このテーマをやらせていただけませんか』と直訴しにきたんです。自分でやりたいテーマを主張する院生は初めてでした。『2ヶ月で芽がでなければ先生からいただいたテーマの研究を続ける』と言ってまでがんばりたいというので、それならば一緒にがんばりましょうといって研究をはじめたんです」
松橋さんが提案したテーマは、サッカーのクラブチームの成長パターン分析。中規模チームが成長する経営戦略要因にアカデミーにおける優れた選手教育があるという結論を、Shapley値を用いたAI分析で導き出した。「Sustained Growth of Football Teams with Academy Training」として論文にまとめられた研究の中で、松橋さんはアカデミーの育成達成度を,アカデミー運営費と,アカデミー出身選手の試合出場頻度から示す指標「Matsuhashi’s Measure」を提案。サッカー人気の中心地のひとつであるバルセロナの国際会議とインド・バンガロールの国際会議で発表する機会を得,自説を各種データ分析で証明してみせ,高い評価を得た。
「松橋さんの手によってサッカーのクラブチーム経営戦略にアカデミーという新しい研究テーマが生まれました。松橋さんが発表した2つの国際会議は大盛り上がりでしたので、これからもこの分野の研究は発展し続けるでしょう。このような学生による新テーマ創出は稀ですが,これからも次々と新しい研究テーマが誕生してほしいと思います」
こう語る白田教授は、これからも松橋さんが示したような、院生の「やりたい」への挑戦を後押ししたいという。
「以前,アニメのアイドルのSNSデータを用いた分析をしたいという学生さんもいました。私は院生が『やりたい!』というテーマがあるなら、経営学と結びつけた研究を一緒に考えます。もちろん、指導教官として修論を書けそうなテーマである限りにおいてですが,『あなたは何をやりたいの?』という問いかけをし,『これをやってみたい』と自分の意見を言ってくれるとうれしいですね。院生が『これが知りたかった』という発見ができるよう、AIによる分析なら任せてちょうだい! と私も張り切ってしまいます」
「学習院の経営学研究科の先生方は皆さん院生を応援しています。松橋さんが本物のサッカークラブの社長さんにヒアリングができたことも,守島基博先生にご紹介いただいたおかげです.また河合亜矢子先生や佐々木康朗先生には多くのアドバイスを頂きました。皆さん,院生さんの研究の応援をすることに非常に熱心でいらっしゃいますので、院生の皆さんもがんばって研究に取り組んでくれるとうれしいですね」
最後に白田教授は、経営学研究科の魅力をこうまとめた。
「学習院の大学院は大所帯ではありません。だからこそ院生一人ひとりが自分のペースを大切にしながら研究に向き合い、オリジナルな興味関心を追求できる環境があります。もちろん人生において学び以外のことに優先度を高めなければいけないフェーズはあります。すでに働きに出ている社会人の皆さんはまさにそういった時期に向き合っていることでしょう。そのフェーズの先に学ぶ必要性を見出したなら、ぜひ学習院大学大学院を思い出して欲しいです。『やりたい』『知りたい』という思いを、ぜひ私たちと一緒に実現しましょう」
取材: | 2023年9月22日 |
インタビュアー・文: | 手塚 裕之 |
撮影: | 中川 容邦 |
身分・所属についてはインタビュー日における情報を
記事に反映しています。
取材:2023年9月22日/インタビュアー・文:手塚 裕之/撮影:中川 容邦
身分・所属についてはインタビュー日における情報を記事に反映しています。