教員インタビュー
インタビュー

青木 幸弘教授

Yukihiro Aoki

研究分野
マーケティング、消費者行動、ブランド・マネジメント
プロフィール
1978年学習院大学経済学部経営学科卒業、1983年一橋大学大学院商学研究科博士課程単位修得、同年に一橋大学商学部助手へ。1984年関西学院大学商学部専任講師、1988年関西学院大学商学部助教授を経て、1995年より現職。著書に『店頭研究と消費者行動分析』,誠文堂新光社,共編著(1989年)、『ブランド・ビルディングの時代』電通,共著(1999年)、『ライフコース・マーケティング』日本経済新聞出版社,編纂(2008年)、『消費者行動の知識』有斐閣、単著(2010年)など多数。

時代の移り変わりを紐解く、変化し続ける消費者行動

好奇心に誘われてマーケティングの世界へ

「月並みですけどね。恩師である田島義博先生の講義が面白くて、マーケティングという学問にどんどん興味が湧いていったんですよ」

学習院大学の学部生だったという青木教授は、かつて学習院長もつとめた故・田島義博先生との思い出を振り返る。経済学部経営学科の第一期生である青木教授は、学習院大学で受講した数ある講義の中でも田島先生のマーケティング論に惹かれ、外書講読を受講。その縁もありゼミに誘われ、田島先生の下でマーケティングを学び始めた。

田島先生のゼミで取り組んだ研究テーマは「酒類の消費構造分析」。当時田島先生が国税庁の酒類審議会の委員であったことから、膨大な量の酒に関するデータを入手。都道府県民1人当たりの種類別消費数量のデータを分析する中で、地域による消費量、好まれる種類の違いといった消費構造に強く興味を惹かれていく。

「マーケティングが面白いとは思っていましたが、中でも消費の問題は格別に面白く、熱中していきました」

さらに没頭するきっかけとなったのが、当時、味の素社より発売された合わせ調味料「クックドゥ」だった。学生だった当時の青木教授は「こんなレトルトにお金を出す人なんているのだろうか?」と懐疑的な印象を持ったという。一方の田島先生は「これは売れる」と断言。その後多くの家庭に広く受け入れられていく様を見た青木教授は、さらにマーケティングの奥深さへとはまり込んでいった。

「先生は時間コスト(価値)の観点から、時間節約型の消費が起きると考えていました。マーケットを構成する消費者が何を求めており、何にお金を使うか。消費者の行動を考えるのは本当に面白いと感じたんです」

ゼミにおいて消費研究にのめりこむ青木教授を、田島先生は自身の友人である故・田内幸一先生へ紹介し、青木教授を一橋大学大学院へと推薦した。当時は学習院に大学院はなく、研究を続けるには他大学の大学院へ進学しなければならなかった。先の味の素社の例を含めるさまざまなマーケティングの事例から、青木教授は「結局マーケティングとは、提供する商品・サービスを消費者に買ってもらわなければ意味がない」と、消費者の行動に注目。大学院でマーケティングにおける「消費者行動論」の領域に触れ、研究テーマを「消費者行動研究」に定めることとなった。

4P、ブランド、デジタル経済。販売戦略の鍵はマーケティングにあり

昨今、マーケティングはビジネスを円滑に進める取り組みのひとつとして、その役割に注目が集まっている。一方で、マーケティングという言葉だけが先行し、その役割を正確に捉えられていない企業も少なくない。

青木教授は改めてマーケティングを「製品やサービスを提供する側が、消費者が何を求めているか、どのような買い方・使い方をするかを考えて、製品の中身や提供の仕方を考えること」と定義する。

「営利企業が市場において存続し成長していくためには、提供する製品やサービスを購入してもらわなければ話になりません。消費者が選択して購入、消費してくれないと企業が存続できない。企業側の独りよがりで『これはいい製品だ』と主張しても、そのよさが消費者に伝わらなければ意味がないわけです」

市場における企業活動の成否は、主導権を握る消費者のアクション(選択)によって決まるという青木教授。その消費者に製品やサービスを選んでもらうためには、マーケティングにおける4つの視点、いわゆる「4P」を考える必要があるという。

「Product=製品、Price=価格、Place=流通、Promotion=広告が4P。消費者がどのような製品を求めているのか、適切な価格はいくらなのか、どこを経由して手元に届き、価値を知ってもらうためにどのようなコミュニケーションが必要なのか。この4つの観点から、具体的なマーケティングの中身を決めていくのです」

一方、企業が市場を見据えたマーケティングの展開を図るのと同時に、市場を構成する消費者は刻一刻と変化を続けていく。青木教授は長年消費者を見続けてきた観点から、近年では「ブランドの資産化」そして「デジタル経済化による需要の変化」に注目しているという。

1990年代に入ると、ブランドという概念が高級志向の商品を指すものから一般化し、あらゆる商品・サービスに資産的な価値を与える概念へと変化を遂げた。マーケティング活動の結果として、商品やサービス、そして企業の名がブランドとなり、価値を高めていく。

「巧みなマーケティングを行えば、その結果として、ブランドという器の中には目に見えない価値が貯まり、下手なマーケティングを行えば、価値は失われます。実際に1980年代から簿価以上の価格でブランドの売買が行われるようになっていきました。目に見えずとも、資産的な価値がブランドにはあると認められていったのです」

さらにブランドの資産化と並行して、消費者が求める対象が、形あるモノ(商品)からサービスへと移り変わりを見せる。それまで暗黙のうちにモノのマーケティングを中心に考えられてきたものが、サービスに対するマーケティングの必要性が重要視されるようになり、やがてサービスそのものの概念も変わっていった。

「モノのマーケティングだけではなく、サービスのマーケティングも重要だという考えが広まっていきました。形があるモノとないもので、マーケティングはどう変わっていくのか。その議論が進んだ先には、モノvsサービスという捉え方ではなく、広い意味でのサービスの中にモノやサービス、情報といった要素が含まれていると考えられるようになりました。従来のグッズドミナント=モノが支配するという捉え方から、サービスドミナント=広義のサービスの中にあらゆる要素が存在することを前提としたマーケティングに再構築されていったのです」

そうしたマーケティングの変化は、デジタル経済化の進行によって加速していく。1990年代半ば頃からインターネットが本格化していく中で、市場は一変。モノやサービスの在り方が大きな変化を遂げた。

「デジタル経済におけるサービスの在り方を示すXaaSという概念が誕生しました。代表的な事例であるMaaS(Mobility as a Service)を挙げると、デジタル経済化の進行により『移動』のサービスが大きく変わりました。多くの人にとって車とは移動のための手段であり、A地点からB地点に移動するのに車があれば便利だという話に過ぎません。車でないとA地点からB地点に移動できないという場合でもない限り、自動車を好きで所持している人でもなければ、より低コストで快適な移動手段を求める人が多いわけです。
バスや電車、レンタサイクルなどを組み合わせ、より低コスト・短時間・快適な移動手段を提供しようというのがMaaSという考え方。かつては多種多様な移動手段を結びつける方法がありませんでしたが、今やベースとなるプラットフォームの登場や、スマートフォンといったモバイルデバイスが一般に広く普及したことによって、MaaSの実現が可能となっているのです」

さらにその延長線上には、サブスクリプションのような所有を不要とする消費の在り方がある。従来はお金を出して手に入れたい対象は「モノ」だったが、今では体験や経験といった形のないコトに価値が置かれていると青木教授は指摘する。

「消費者の消費への捉え方をわかりやすく表現した言葉に『モノからコト、コトからトキ』があります。学術的にはソリッド消費からリキッド消費、アクセスベースド消費と表現されます。例えば音楽を楽しむのにレコードやCDを買っていた人がコンサートやフェスに行くようになる。受動的にパフォーマンスを楽しむのではなくて、そのトキを一緒に作るところに価値をおくようになってきています。消費の対象がソリッドな固形的なものから、リキッドな流動的なものに移り変わり、さらには何かを持つ必要がないアクセスへと移り変わっているのです」

この消費行動の変化がどこに行き着き、マーケティングに求められるものがどう変わっていくのか。「今多くの研究者が、消費問題の最先端の議論として、関心を持つ領域です」と語る青木教授は、これからも消費者行動の観点からマーケティングの行き先を解き明かしていく。

自ら究め、自ら解を示す。研究は大学院ならではの喜び

テーマに基づき、さまざまな事象から結論を導き出す。研究活動は大学院だからこそ味わえる学問への取り組みであると青木教授は語る。

「学部と大学院の最も大きな違いは、能動的に研究をする環境であるという点です。学部は学びを与えてもらう側面が強い一方、大学院はあくまで自身が定めたテーマに対し積極的に調査・研究を行わなければなりません」

青木教授が大学院を志した時代と比べ、現代は大学院の数も増え、選択肢も広がった。

「私が大学院に進んだ頃、マーケティングを学べる大学院は、それほど多くはありませんでした。10年20年くらい前に次々とビジネススクールが増え、大学院進学者も増えていったように思えます」

進学者増加の背景には中国・韓国と行ったアジア圏からの留学者の増加、そして社会人から大学院進学者の増加があるという。

「大学院への進学は、学部からストレートに上がるだけではありません。学習院には社会人入試制度があり、一度社会に出た方の学び直しの機会を設けています。一度社会に出たからこそ見えた課題もあるはずです。自分の足りない知識を補うため、キャリアアップのためにぜひ大学院を活用して欲しいと思います」

最後に青木教授は大学院の学びを”料理”に例え、学部にはない学びの喜びを語った。

「おいしい料理が食べたい、作りたいと言っても、それだけでは食事にありつけませんよね。おいしい料理を食べるためには、作りたい料理のイメージが大切。そして作るための素材、器具、腕が重要です。学部時代には誰かが作った料理を食べていましたが、大学院では自分で素材や器具を集め、腕を磨いて料理を作らなければなりません。
それは決して簡単な工程ではないでしょう。時には素材が集まらず、時には調理器具の使い方が理解できない。そうした課題に問題意識を持ち、あらゆる角度から検証・検討を行い解決に導く経験は、大学院でしか味わえない喜びとなるでしょう。
我々は大学院生が目指すテーマを尊重し、調理器具の使い方や素材の生かし方を指導するのが役割です。学習院は大きな大学院ではありませんが、だからこそ教員と院生のコミュニケーションは濃密です。明確に学びたいテーマや取り組みたい研究があるなら、ぜひ学習院の大学院で一緒に学びましょう」

取材: 2022年6月15日
インタビュアー・文: 手塚 裕之
撮影: 中川 容邦


身分・所属についてはインタビュー日における情報を
記事に反映しています。

取材:2022年6月15日/インタビュアー・文:手塚 裕之/撮影:中川 容邦


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