教員インタビュー
インタビュー

佐々木 康朗

Yasuo Sasaki

研究分野
意思決定・ゲーム理論、システム科学、経営科学
プロフィール
2005年東京工業大学生命理工学部生命工学科卒業、2008年東京工業大学大学院社会理工学研究科価値システム専攻修士課程修了、2009年日本学術振興会特別研究員DC2、2009年ヘルシンキ工科大学システム分析研究所客員研究員、2011年東京工業大学大学院社会理工学研究科価値システム専攻博士後期課程(2013年博士号取得)、2011年株式会社価値総合研究所(日本政策投資銀行グループ)研究員、2014年北陸先端科学技術大学院大学知識科学研究科助教(2016年組織改編に伴い名称変更)、2018年北陸先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科講師を経て、2019年学習院大学経済学部准教授に就任。所属学会:日本オペレーションズ・リサーチ学会、経営情報学会。

AIが意思決定を下す時代に、
人が意思決定を学ぶ意義とは?

新たなゲーム理論の体系を作る。

佐々木准教授は、意思決定を研究の対象としている。我々が意思決定を行うときのメカニズムを明らかにし、良い意思決定を導くための方法を解き明かすため、ゲーム理論における意思決定者の認識の非対称性の問題を一貫して研究してきた。
なかでも、ここ数年力を入れて取り組んでいる研究テーマが「気付きの非対称性」を考慮したゲーム理論モデルの開発である。

気付きの非対称性とは、意思決定者間で可能性集合の認識に差異がある状況であり、ゲーム理論全体の歴史でいうと比較的新しい分野だ。この 10 年ほどの間にゲーム理論や理論経済学のトップジャーナルでも盛んに議論されるようになってきた研究テーマであり、海外で注目を浴びているが、日本での研究者はほとんどいないという。

佐々木准教授は、気づきの非対称性を考慮したゲーム理論モデルに関する理論研究で、2017年度日本オペレーションズ・リサーチ学会研究賞奨励賞を受賞している。

「通常のゲーム理論は、そこに関わる人たちが同じ意思決定の状況を認識し、皆が同じルールのもとで行動していると仮定して分析してきました。一方で現実は、そうではないケースも多いのですね」

「たとえば、ある会社のオーナーと、その会社の買収を検討している買い手がいるとします。オーナーは、この会社が訴訟リスクを抱えていることに気付いていますが、社内に潜在的なイノベーションのチャンスがあることには気付いていません。一方、買い手は逆にイノベーションの可能性に気付いていますが、訴訟リスクには気付いていない、といったような状況です」

「オーナーと買い手それぞれに気付いていることと気付いていないことがあり、そもそもの認識が違いますので、従来のゲーム理論では扱うことができませんでした。こうしたより現実的な問題まで織り込んだ新たなゲーム理論の体系を作れないか理論研究を進めています」

興味関心を持った社会的課題を明らかにする。

佐々木准教授は、気づきの非対称性の他にもマーケットデザインや政策評価モデル、ナレッジマネジメントなど、様々な分野で論文発表や報告・寄稿を行っている。

たとえば、保育園の待機児童が子育て世代のみならず大きな社会問題となっていた2016年に、マーケットデザインの観点からこの問題を扱った論文を海外ジャーナルに発表した。きっかけは自分の子供を保育所に入所させるため、妻と区役所に行ったときのこと。話を聞いているうちに問題意識を持ったそうだ。どういうルールで入所が決定されるのか? そのルールは正しく機能しているのか? と。

「広い意味ではゲーム理論の適用で、とくにマッチング理論を現実に応用してみました。マッチング理論とは、何らかの達成したい目標があって、それを達成するためにアルゴリズム、ルールを決めて、マッチングさせる理論です。保育園の問題も同じで、保育園に入りたいお子さんと保育園をどうマッチングさせるか、という話になります」

「東京23区の場合、配分のルールである保育園の利用調整方法は、ある程度公開されています。それらを分類整理してみると、公平性や効率性などではある意味良くできているのですが、実はマッチングできない子供を減らす、すなわち待機児童を減らすという観点が見られなかったのですね。非常に効率的な配分方法になっていることと、待機児童を減らすことが、ある条件下においてはトレードオフにあることを論文で明らかにしました」

考えることが根っから好きなのですね、というと佐々木准教授は笑った。
「私のバックグラウンドにはシステム科学があります。社会の何らかの現象、それはビジネスでも政治でも何でもいいのですが、そのまま見ただけではモヤモヤと漠然としている社会的課題を、まずはシステムとして把握し、関係をモデル化することで現象を整理し、問題の見通しを良くして考えることが習慣になっているのかもしれません。白黒ハッキリさせたいところは確かにありますね」

研究指導方針としては、院生の興味関心が一番だという。

「意思決定は、個人的なことから組織的、社会的な問題まで幅広い分野・領域で扱えますので、経営科学的な観点で自分が解きたい問題をモデル化して進めていただければと思います。私はそれが学術研究として成立するようにアドバイスはしますが、基本的には院生が主体的に動いてもらいたいと思っています」

「研究の方法論は、主に数理モデルやシミュレーションを用います。プログラミングの素養は必須条件ではありません。あればあるだけ選択肢が増え、研究に活かすことができますが、素養がなくとも勉強したいのであればサポートはします。また、数学をまったく使わない研究の方法もあります」

過去データはなくとも現状課題を解決へと導くことができる。

意思決定の著名な研究者としてノーベル経済学賞を受賞したハーバート・サイモンがいる。彼はAI(人工知能)のパイオニアでもあり、1956年のダートマス会議において人類初となる人工知能プログラムを披露した。
時は流れ、21世紀に入ってから、AIはディープラーニングの発明とビッグデータ収集環境の整備により急速に発展している。サイモンらが定義したAIが、様々な意思決定を下してくれるような時代になろうとしている。

意地悪な質問だが、AIが意思決定を下す時代になりつつあるなかで、人が意思決定を研究する必要性はあるのだろうか?

「教育も含めて、私は意思決定の研究領域が今後ますます重要になると確信しています。現在のAIは基本的には機械学習で、大量のデータがあり、それを学習させることによって統計的な判断をすることができます。それに対し意思決定論という分野は、過去のデータがなくても今この目の前にある問題を、どう捉えればより良い意思決定ができるか、あるいは状況を理解するのに役立つかを考えることができます」

「AIと人。そこは切り分けだと思うのですね。単純な意思決定なら人工知能に任せればいい。けれど、たとえば誰と結婚するか? どの会社に就職すべきか? 人生に一度の決断を迫られたとき、それをAIが教えてくれたとして、ではその判断に人が従うかといえば、未だその段階ではないでしょう。そういった問題を構造化して意思決定に役立てることができるのは、人間だけです」

佐々木准教授は今後の短中期的な研究課題として、「気付きの非対称性を具体的なビジネス状況に応用したとき、どういったインパクトがあるのかについてウェイトを割いていきたい」という。

「たとえば、ある会社のビジネス市場に別の会社が参入してくる状況をゲーム理論的に分析する研究はよくあります。ある会社にとって、別の会社が参入してくるかどうかは不確実でも、少なくとも可能性があることは認識できるからです。しかし今、その可能性が想定しにくい時代になってきています」

わずか十数年前、Appleが携帯電話市場に参入することは、スティーブ・ジョブズを除いて誰一人思い描いてはいなかった。ジョブズ自身も、自社に続いてGoogleが同市場に参入してくるとは予知してなかった。そしてGoogleは、大学生間の閉じられたSNSだったFacebookの存在を無視していた。また、ほんの少し前まで、すべての小売業者はAmazonがコンビニを出店するなど夢にも思っていなかった。
意識の外にあった想定外の可能性は、ある日意識の岸辺に黒船のように現れ、認識の港に着岸する。それは今日、特別な出来事ではない。

「異業種だからと、それまでまったく視野に入れていなかった企業が、自社ビジネス市場を脅かす存在として突然乗り込んでくる可能性が多々あります。これからの経営においては、そうした認識が大切なのだという概念的論文が、すでに数多く発表されています。 私はvalue of awareness、気づきの価値という言葉を用いていますが、数理的なフレームワークできちんと議論できるような枠組みを整備したいと考えています」

インタビュアー・文: 遠藤和也事務所
撮影: 松村健人

身分・所属についてはインタビュー日における情報を
記事に反映しています。

インタビュアー・文:遠藤和也事務所/撮影:松村健人

身分・所属についてはインタビュー日における情報を記事に反映しています。