渡邊 大(わたなべ だい)
歌舞伎俳優
初代中村鷹之資
PROFILE
2005年11月、歌舞伎座『鞍馬山誉鷹』牛若丸で初代中村鷹之資を披露。2001年4月、歌舞伎座 中村大を名乗り父の『石橋』で文珠菩薩を勤め初舞台。幼稚園から学習院に学び、2022年、経営学科を卒業、現在も古典歌舞伎をはじめ新作歌舞伎などの舞台に出演、現代劇『有頂天家族』で主演を勤め活躍中。五代目中村富十郎(人間国宝)の長男。
渡邊 大(わたなべ だい)

若手歌舞伎俳優としてご活躍されている渡邊さん。歌舞伎界という特殊な環境の中で歩んできたこれまでの道のり、また、その中で多くの時間を過ごした学び舎である学習院についてお話をうかがった。

幼稚園から大学まで学習院で過ごされた生粋の「学習院育ち」でいらっしゃるとお聞きしています。

私が生まれてすぐに父が「この子は学習院に入れよう」と言っていたそうで、幼稚園から受験をすることになったと聞いています。普通は入学する候補となる幼稚園は複数受験する方も多いと思うのですが、父は竹を割ったような真面目な性格であったこともあり、学習院一本で、ということで受験をさせたそうです。両親面接でも学習院についての熱い想いを語り続け、母が途中で話を制止したというほど学習院に対しての想いが強かったと聞いています(笑)。

なぜ、お父さまは渡邊さんを学習院に入れたいと思われたのでしょうか?

学習院は歴史を重んじる校風であるのにそれでいてとてもアットホームですよね。大きな学校は他にもたくさんありますが、生徒11人をしっかり見てくれて、良い意味であまり競争的ではない、おおらかな雰囲気の中で育ってほしいと考えたのだと思います。

幼稚園から大学まで学習院で過ごした18年を振り返って、どのような学校だと感じられましたか?

幼稚園や初等科からの同級生を見ると、それぞれに家業があったり、歴史のある家柄の方が多いですが、のんびりしていながらも芯を持った方が多いなという印象があります。私は11歳の時に父を亡くしたのですが、歌舞伎界において父親がいなくなるというのは、非常に大きな事でして。歴史や伝統がある世界ですので、後ろ楯があるかどうかというのはやはり大きな影響があります。そんな中で心細かった時に、同級生の友達や先生がいつも心の支えになってくれました。学校にいる時は安心してのびのびいられたからこそ今の自分があるので、本当に学習院で過ごせてよかったなと思っています。

大学に進学するにあたり経済学部経営学科を志願された理由を教えてください。

歌舞伎役者として芝居も続けながらきちんと大学を卒業するためにどういった道に進むのがよいか?ということを当時の先生に相談したことが1つのきっかけです。父はよく「立派な役者になることも大切だが人としても一人前になってほしい」と言っていまして、「役者をしながらでも大学までは行ってほしい」というのが遺言でした。ですので大学にはもちろん進学しようと思っていました。 

もう1つは、役者として生きていく上でも一般社会に通じる「ものの見方」ができるようになっておきたいな、と感じていたことが理由です。役者として自分を成り立たせていく上で経営学というものから得られるものがあるのではないか?と考えました。というのも、役者の世界でも最近は自己プロデュース力がとても求められます。これまでの歌舞伎は割とご高齢のお客さまが多かったのですが、時代が移り変わっていく中で私たち若手はインターネットなども駆使しながら、これからのお客さまをつくっていかなければいけないと考えています。そういった観点から、歌舞伎界以外で新たな視点や広い視野を獲得する必要があると考えまして、その流れで経営学科を選択した、というのが理由です。

同じ学習院でも、大学は幼稚園から高等科までとはまた違う場所だという。経済学部経営学科では具体的にどんなことを学び、そこから何を得たのだろうか。

ゼミではどのようなことを研究されていましたか?

私は浅見裕子先生のゼミに在籍していました。研究内容はゼミ生自身が課題を選び、調べてきたことなどをゼミで自由にディスカッションしながらつくっていくというような流れでした。私は、歌舞伎役者の先輩の方々が大河ドラマなどに出演することも多いのですが、自分の立場を生かして大河ドラマ出演にまつわるお話をたくさん聞かせていただきまして、「大河ドラマによる経済効果」を研究課題として取り上げたことがあります。大河ドラマの舞台となった地域が活性化すれば大きな経済効果があることや、役者側も金銭的な面だけでなく、ステータスが上がって、次の仕事につながっていくので、そのあたりはブランディングの観点からも大変意味がある、というようなことを発表していました。自分が調べたり考えたことに関して先生やゼミ生からたくさんのフィードバックなどももらいながら研究できましたのでとても面白かったですね。

ゼミ以外でもさまざまな授業を受けましたが、「経営って本当にいろいろなことを見なければいけないのだな」と学びました。例えば、ただお金を集めて事業を成功させるだけではなく、人脈や人間性も重要だということなどですね。講師として経営者の方がいらっしゃることも多かったのですが、決して経営力だけに長けているわけではなく「魅力的だな」「面白い方だな」と思える部分が必ずありました。

とある経営者の方が「大学での座学も大切だが、実社会に出てから実際に経験することが本番だ」というような趣旨の話をされていたのですが、とても印象に残っています。役者の世界にも「100日の稽古より1日の本番」という言葉があります。もちろん稽古があってこそですが、本番で得られる経験には敵いません。だからこそ、考えるだけではなく実際に動いてみることでわかっていくことが多いということを感じました。

学業と芸能活動の両立でお忙しかったと思いますが、サークル活動などに参加されたこともあったのでしょうか?

入学時は新入生歓迎会などに顔を出したこともありましたが、すぐに本格的な芝居の活動も始まりましたのでサークルや部活などの課外活動はできませんでした。授業と並行するのも割とたいへんでしたし。ただ、課題の多くはオンライン提出になっていますし、教員の方にメールで質問すると回答をくださるなど、役者業と並行し忙しいながらも学業については割とスムーズにこなすことができました。

学業と芸能活動の両立はお忙しかったと思いますが、学業もしっかり取り組んでいらっしゃったように感じます。

二代目、市川猿翁さんの言葉に「学校は学び方を学ぶところだ」というものがあります。猿翁さんは「スーパー歌舞伎」を作るなど時代を先取りし、ある意味で型破りな方ですが、学業をとても大切にされていて、大学まできちんと卒業することが市川猿翁さんの元に入門するための条件とされているほどです。私は大学に行くことで、この言葉の意味を痛感しました。自分が今、的を射たことを学べているのか」何を知りたいかを明確にした上で勉強ができているのかということに向き合う重要性を学ぶ場所だったと思います。

歌舞伎俳優として活躍されている中で、大学で学んだことが今になって生きてくることも多そうですね。

広い視野を持つことの重要性がまさにそうですね。大学でいろいろな授業を受けたり、いろいろな人に出会ったりする中で、多様な価値観に触れることができました。これはどんな人にも大事なことですが、役者にとっては特に大事だと思います。さまざまな役を表現していく中で、幅広い受け取り方があることを知り、これからの時代に即したものを取り入れていく必要があると思います。

歌舞伎は伝統芸能で敷居が高いかもしれませんが、見に来てくれるお客さまがいてこそ続いてきたものです。ですので、今の人たちも見たいと思うようなものを作っていかなければいけませんし、そのためには現代の社会情勢をきちんと見なければいけないと思っています。その上で伝統など守るべきものは守りながら、ブランディングや経営的な側面からも時代に合わせて変化していきたいと思っています。

大学生の間にやっておいたほうがよいことはありますか?

とにかく興味のあるものには全部トライしてみてほしいですね。役者は「万に通じていなければいけない」と言われますが、これはどんな人にも言える話だと思います。例えば、仕事相手との共通の趣味が1つあるかどうかで可能性の幅が全然違ってきますし、教養は仕事をする上でのヒントになるでしょう。たとえ今はわからなくても、無駄な経験なんて1つもないので、いつかきっと自分を助けてくれる日がくると思います。

これから社会に出る在学生にアドバイスをお願いします。

どんなことでもよいので自信とプライドを持ってほしいですね。時代の流れに合わせて良くも悪くも仕事のやり方が従来とは変わってきていると思いますが、その中でも変わってはいけないことがあると思います。

私たちが、命懸けで舞台に立つ父や先人たちの姿に憧れて歌舞伎の道を歩んだように、お金を稼ぐためだけではなく、信念を持って自分の仕事に取り組んでほしいです。続けることで見えてくるものもあるかもしれません。その最たるものが我々の世界ですね(笑)。

「芸は人なり」と言いますが、どんな仕事でも最終的には人間性がものをいう。大学生活の中で「これなら燃えられる」というものを見つけたら、ぜひ一生懸命に打ち込んでください。若いうちの失敗はかすり傷ですから、どんどんチャレンジしていってほしいです。

歌舞伎界での教えに、18年間の学習院生活で培った学びや気づきを掛け合わせて、新時代を切り拓く渡邊さん。その広い視野で見据えるものとは──?芸に向き合う実直で魅力的な人間性に注目だ。

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