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国際知的財産制度・契約と企業戦略
所属学会:European Policy for Intellectual Property, International Society for Scientometrics and Informetrics, Academy of Management, American Economic Association、International Network for Social Network Analysis
スター・マイカ・ホールディングス株式会社 社外取締役(監査等委員)
各先生の講義では、確立された理論や分析手法などを、思考の道具として皆さんは学ぶことになります。道具ですから、たとえば料理を作る上での包丁とか、解剖のためのメスにあたります。研げば研ぐほどよく切れるようになるでしょう。ただ、たくさんある道具をどう使いこなせれば高度職業人なのか?
答えは百人百様でしょうが、私は「自分のコミュニケーションの道具として使いこなせればいい」と思っています。上司にはその上司がいて、社長にも株主や資金提供者がいて、みな説明責任を負っています。説明責任は、日本でかつてないほど大事なものと理解されるようになってきました。外部に対して、あるいは経営トップに対して、自分たちの組織がこれからどうすべきか、説明の機会が与えられるのは、皆さんが社会人になったあと意外に早く来るでしょう。仕事の出来る人は、他人の真剣な提案をよく聞いてくれる、ということもわかるでしょう。いま学ぶすべての道具は、説得力を高めるために役立つことが将来わかるはずです。
では、とにかくたくさんの道具を身につけたほうがいいのか?手当たり次第に面白そうなものをたくさん学ぶ、というのは学生の大事な特権なので、まずは特権を十分生かしてほしいです。しかし、本当に面白いと感じたり、「なるほど」と自分が思えないようなものを受け売りしても説得力はない。高度な理論でなくても、きちんと本当に理解して腹の底から言えることには、力があります。では、きちんと腹の底から自信を持っていうためには?自信がなくてもまず表現してみること、だと思います。自分が興味深い、という感覚をいろいろ言い換えて表現してみれば、伝わり方がわかってきます。自分が面白いと思う感覚が他人に伝えられたとき、そのテーマがもっと好きになっているに違いないでしょう。一つでいいから、そういう自分が本当に面白いと思えるものに出会ってほしい、というのが私の願いです。
自分は何を面白いと思うか、一つの例として紹介しておきます。私の研究テーマは、企業による知的財産権制度の戦略的利用の方法です。技術開発、特許出願、契約交渉、訴訟など諸側面において、企業は必死になって戦略を練り、駆使します。特許訴訟の費用が数億円になることは普通ですし、損害賠償額が数百億円にのぼる例、あるいは医薬特許の価値が数兆円になることも珍しくありません。また、特許、商標、営業秘密など知的財産権は、国内・海外のM&Aにおける最重要資産であることが多いのです。
といっても、実物資産と切り離した知的財産だけで成り立つビジネスは少数です。実際にモノ作りをし、サービスを提供するヒトや実物資産は、知的資産が生命線となっている企業にも当然に大事です。知的財産権は、そのリアルのビジネス安定性を守る現代の鎧(よろい)であり、生殺与奪を握る手段になる場合があります。イノベーションは企業の生存可能性を左右しますが、得たイノベーションを守り育てることには少し違う発想や知識が必要で、両方が大事です。
知的財産権だけでなく、企業ガバナンス、プライバシー、環境など国際規模の規制から現代ビジネスは逃れられないし、うまく使えば競争優位の源になります。これら研究は「ノン・マーケット戦略」と呼ばれる経営学の分野になっています。暗記ものではありません。仕組みを正確に知ること、判例など限界的な事例を学ぶこと、なども大事ですが、実際にビジネスと結びついて制度環境がどのように利用されているか、は、正面の仕組みだけではなくて、裏をかく発想も必要になります。本には書かれていない問題や知識こそ、生成AIに尋ねても教えてもらえないことで、それを考え問うていく皆さんから、さらに新しい知識と対応力が生まれてくる可能性があります。
不完全でもいいから自分のいいたいことを発表し、厳しい批判とともに別の見方やアイディアをもらう、という過程が何より大事だと言うことを研究生活でいつも感じています。調べることも大切だけど、自分の問題意識を組み立て、他人にぶつけてみよう、そして他人の言っていることをよく聞いて批判してみよう、そこから話が始まり、考えが深まり、世界が広がる、ということを学生にいつも言っているのですが、それは私が自分に言い聞かせていることと同じなのです。
「自分が何をしたいのかまだ見つからない」という学生は多いけれど、すべての人は自分のやりたいことをすでに持っていると信じている。自分のやりたいことは自分しか知らず、外から与えられるものではない。しかし、まだ意識下にある自分のやりたいことは、意識できている部分だけでも外部に表現してみること、それをきっかけにして他の人たちとのコミュニケーションをはかること、そしてときには壁にぶつかること、を通じてはっきりしてくることが多い。そのような「やりたいこと」の意識化を助ける場を作り出せたらいいなと思っている。