学習院大学経済学部経営学科教授。専門はマーケティング、価格、プロモーション、小売戦略、地域振興。地域活性化について話し合う上田教授(左)と能登町の持木一茂町長(右)。
2012年7月、石川県鳳珠郡能登町を、経済学部4年生の得田奈央さんと木村優里さんは、上田隆穂教授とともに訪れた。得田さんは今回が4回目、木村さんは3回目の訪問である。
「海はきれいで食べ物はおいしいし、温泉も素晴らしい。遠いと思うかもしれませんが、東京から飛行機で1時間ほどで来られるんですよ」と得田さんはこの地域の良さをアピールする。木村さんも「ゆっくりと流れる時間のなかで過ごすのにとても良い土地だと思います。今度は親と一緒に来たい」と語る。
上田ゼミは、2009年より能登町の地域活性化のアドバイスを提供し続けている。現地でゼミ合宿を重ね、学生が主体となってまとめた地域活性化案を町の関係者に発表した。
能登町は能登半島北東部に位置する人口2万400人(2012年8月1日現在)の町で、北は輪島市と珠す洲ず市し、南西は穴水町と接する。能登町とこれらを含めた2市2町を「奥能登」と呼ぶこともある。 「能登町だけではできることが限られます。やはり奥能登2市2町で一緒に発展を期すべきでしょう。だからこのプロジェクトを『奥能登プロジェクト』と呼びたい。今、能登町と輪島市の関係者と話を始めています」と上田教授は展望を語る。
能登町の魅力はまず、海と山の幸だ。町の南東に広がる富山湾ではイカ、ブリ、カニなどが豊富に取れる。一方、山側ではイチゴやブルーベリーが特産品として知られている。
しかし一方で、過疎化という大きな課題も抱えている。産業と人口は密接な関係にある。産業が盛んであれば雇用が増え、定住人口の増加につながる。逆に産業が盛んでなければ、人口が減ってしまう。
能登町では地域活性化推進協議会が、活性化のために支援してくれる大学を探していた。そして、野外の体育科目として能登半島でのサイクリングを展開していた学習院大学に白羽の矢を立て、協力を要請。マーケティングを専門とする上田教授が地域活性化の担当となった。
「マーケティングとは、一言で言えば『売れる仕組みを作ること』。『まちおこし』『地域活性化』は地域のマーケティングにほかなりません」と上田教授は言う。
能登町の持木一茂町長は、上田教授に大きな期待を寄せている。「能登町だけでなく、どの地域もそれぞれ何かしらの魅力を持っているはず。そうしたなかでどのように定住人口を増やし、企業を誘致するのか、先生と一緒に考えていきたいのです」。
上田教授が着目した能登町の魅力は、大きく三つある。
一つ目は、美しい景観。能登町に面する海は"荒々しい日本海"ではなく、富山湾内の内海で、波は穏やかであり、透明度が非常に高い。特に九十九湾では、緑の陸地に深く青い透明な海が複雑に入り込んだ景観を楽しめる。北隣の珠洲市の南部に位置し、その見た目から「軍艦島」とも呼ばれる見附島も景勝地として知られている。
二つ目は、前述の豊かな食材。特にイカだ。町内にある小木港は、イカの水揚げ量が、函館港に次いで全国第2位。しかし函館や、佐賀県唐津市の呼子港のイカほど知られていない。それだけにブランド化が急がれている。
そして三つ目は、「美と癒やし」。シニア層に加え、「美と癒やし」で若い女性も取り込み、リピーター、定住者を増やすことを狙う。具体的には、薬膳料理とアロマセラピーを提供する「癒やしの里」として売り出すことを目指している。
富山は古くから薬品で有名だが、その原料の薬草の多くは奥能登で採取されている。これを薬膳料理に使うことでアピールする。さらに既存のヒノキや、今後生産を始めるハーブを用い、アロマセラピーも産業化する。北隣の珠す洲ず市しで取れる珪けい藻そう土どは、主に七輪の材料として使われ、これが美容の「泥パック」の良質な材料になると期待されている。
これらをうまく結び付ければ地域の活性化を図れる、と上田教授は見る。「豊かな食材をまずは取り寄せてもらって、次に訪れてもらい、そして町の人々と交流してもらい、最終的には定住してもらうという段階的な流れが必要です」
奥能登の風景は海なしには語れない。特に能登町が面する海は富山湾の内海であって波は穏やかであり、海面から泳いでいる魚が見えるほど透明度が高い。珠洲市南部にある見附島(左)や町内東部の九十九湾(右)は、海の観光資源だ
町内の高級旅館・百楽荘の浅井園子女将も言う。「能登には多くの魅力がありますが、うまく伝わっていない気がします。まず一回来てもらうことから始まる仕組み作りを、上田先生に期待しています」。
上田ゼミの能登町での合宿はこれまでに3回実施された。最初の2回で町の現状を知り、3回目では三つの班ごとに地域活性化案をまとめ、町関係者に発表した。前出の得田さんは、魚醤を使った地域独特の漬物「べん漬け」の売り込み、木村さんは自然体験を通じて交流人口を増やす案を出した。
プレゼンを聴いた能登町地域活性化推進協議会の谷内治朋会長はこう振り返る。「例えば『べん漬け』は住民である私たちには当たり前すぎて、魅力になるなどと全く思っていませんでした。いい意味で『ヨソモノ』の視点を持つ学生さんから多くのことを教えられました」
木村さんは、「谷内さんや町の職員の方が本当に熱心に説明してくれたのが印象的でした。仕事の厳しさを教えていただいた気がします」。就職を控えた4年生にとっては、貴重な経験になったに違いない。そして奥能登プロジェクトはこれからが本番である。