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【研究成果】ペプチドを切断する酵素によるペプチド環状化の構造基盤の解明

2022.11.01

ペプチドを切断する酵素によるペプチド環状化の構造基盤の解明

Crystal structure of the AlbEF complex involved in subtilosin A biosynthesis

1.発表者

石田 航基 学習院大学大学院自然科学研究科生命科学専攻・博士後期課程3年
中村 顕 学習院大学理学部生命科学科・助教
小島 修一 学習院大学理学部生命科学科・元教授

2.ポイント

  • 環状ペプチド型抗生物質サブチロシンの生合成酵素の一つで、前駆体のリーダーペプチド切断と大環状化を触媒するAlbEFの結晶構造を決定しました。
  • M16B金属ペプチダーゼファミリーのタンパク質と似た"二枚貝"のような構造をとっており、内側に基質となるサブチロシン前駆体の結合チャンバーを見出しました。
  • 浅い基質結合チャンバーの静電的相補性によって、結合するサブチロシン前駆体の向きが規定されていることが分かりました。
  • サブチロシン前駆体のリーダーペプチド領域が結合する部位も推定することができ、これらのことからAlbEFの触媒反応機構を提案しました。

3.概要

私たちは、特徴的な化学構造を持つペプチド(*1)性の抗生物質を微生物が産生するときにはたらく酵素(*2)群に注目して研究を行っています。サブチロシンAと呼ばれるペプチド性抗生物質はアミノ末端(N末端)とカルボキシ末端(C末端)との間にペプチド結合が形成された「大環状構造」(図1)をとっており、この大環状化にはAlbEとAlbFというタンパク質が関わっていると考えられています。

本研究では、ペプチド結合を分解する酵素(ペプチダーゼ)として分類されるAlbEおよびAlbFタンパク質が、どのようにしてペプチドの大環状化反応を触媒しているのかを明らかにするために、これらの立体構造解析によるアプローチを試みました。中等度好熱菌Quasibacillus thermotolerans由来のAlbE、AlbFタンパク質(Qt-AlbEおよびQt-AlbFタンパク質)のX線結晶構造解析により、Qt-AlbEタンパク質とQt-AlbFタンパク質はヘテロ二量体(Qt-AlbEF)(*3)複合体を形成し、M16B金属ペプチダーゼファミリー特有の"二枚貝"のような構造をとっていることが分かりました。また、Qt-AlbEF複合体分子の内側に基質であるサブチロシン前駆体が結合する基質結合チャンバーを見出しました。この基質結合チャンバーとサブチロシン前駆体との静電的相補性、Qt-AlbEFに見つかったサブチロシン前駆体のリーダーペプチド(*4)が結合すると推定される部位の存在から、AlbEFタンパク質によるリーダーペプチド切断と大環状化の触媒反応機構を提案しました(図2)。

本研究成果は、2022年10月26日(米国東部標準時午前11時)にStructure誌のオンライン版に掲載されました。また、本発表は、学習院大学グランドデザイン 2039「国際学術誌論文掲載補助事業」より掲載費を助成しています。

図

図1.ペプチドの大環状化
(A)直鎖状のペプチド。
(B)大環状化したペプチド。大環状化の際に形成されたペプチド結合を赤色で示している。

図

図2.AlbEFによるサブチロシン大環状化機構の模式図
サブチロシン前駆体ペプチドがOpen型構造のAlbEFに結合し、AlbEFに構造変化が生じる。Closed型構造となったAlbEFによってサブチロシン前駆体ペプチドからリーダーペプチド領域が切断され、コアペプチド領域は大環状化する。リーダーペプチドと成熟サブチロシンがAlbEFから遊離し、AlbEFはOpen型構造に戻る。
AlbEFに結合した金属イオンは灰色の球で、基質結合チャンバーおよびサブチロシンにおける正に帯電した領域は青色で、負に帯電した領域は赤色で示している。

 

4.内容

<研究の背景>

微生物が産生する物質には、抗生物質のように私たちにとっても有用なものが多くあり、それらは特徴的な化学構造を持っています。枯草菌が産生するサブチロシンAと呼ばれるペプチド性抗生物質は、RiPPs(Ribosomally synthesized and post-translationally modified peptides: リボソーム翻訳系翻訳後修飾ペプチド)(*5)の一種であり、リーダーペプチド領域とコアペプチド領域からなる前駆体ペプチドとしてリボソームによって合成されます。その後、リーダーペプチド領域が除去され、コアペプチド領域のアミノ末端(N末端)とカルボキシ末端(C末端)との間にペプチド結合が形成されて大環状構造をとることで機能性分子となります。このような大環状化されたペプチドは、タンパク質分解酵素、熱、化学物質に対して安定になります。私たちは、サブチロシンA前駆体のリーダーペプチド切断と、リーダーペプチド切断後の大環状化反応を触媒すると考えられている酵素AlbEおよびAlbFタンパク質に着目しました。このAlbEおよびAlbFタンパク質は、タンパク質を構成するアミノ酸の配列からM16B金属ペプチダーゼファミリーに分類されます。タンパク質やペプチドを分解する機能を持つペプチダーゼが、逆反応であるペプチドの大環状化(ペプチド結合形成)反応も触媒するということは非常に興味深いところです。そこで、AlbEおよびAlbFタンパク質の立体構造解析を通じて、これらのタンパク質がサブチロシンAの大環状化反応を触媒する仕組みを理解しようと考えました。

 

<研究成果>

はじめに、これまでに研究が最も進んでいる枯草菌由来のAlbEおよびAlbFタンパク質の立体構造解析を目指しましたが、タンパク質試料の調製が難しく断念せざるを得ませんでした。そこで次に、別の生物種由来の類似タンパク質の解析を目的に、枯草菌が持つサブチロシンAの生合成遺伝子クラスターと同様の遺伝子クラスターを有する生物種をデータベースから探索しました。一般的に、至適生育温度が高い好熱性生物由来のタンパク質は安定性が高い傾向にあるので、データベース検索で見つかった生物種の中から、中等度好熱菌であるQuasibacillus thermotorelansに注目しました。この生物種由来のAlbEおよびAlbFタンパク質(Qt-AlbE、Qt-AlbF)は大腸菌において可溶性タンパク質として発現させることができ、タンパク質の精製、結晶化を行い、X線結晶構造解析により立体構造を決定しました。

立体構造解析の結果、Qt-AlbEとQt-AlbFがヘテロ二量体(Qt-AlbEF)を形成することを明らかにしました。このヘテロ二量体構造はM16B金属ペプチダーゼファミリーで報告された"二枚貝"のような構造と同じタイプのものであり、基質であるサブチロシン前駆体を内包できるような基質結合チャンバーを有していました。Qt-AlbEFの基質結合チャンバーは他のM16B金属ペプチダーゼにおける基質結合チャンバーよりも浅く広いことが特徴で、サブチロシン前駆体をしっかりと結合させるのに適していると考えられます。また、基質結合チャンバー表面には正または負に帯電した領域がそれぞれ存在することも分かりました。サブチロシン前駆体の分子表面にも正または負に帯電した領域があることから、Qt-AlbEFとサブチロシン前駆体の間に生じる静電的相互作用によって、酵素に結合する基質の向きが規定されていることが示唆されました。さらに、Qt-AlbEFにおいて、サブチロシン前駆体のリーダーペプチド領域が結合すると推定される領域も見出されました。これらの構造基盤により、Qt-AlbEFの活性部位にサブチロシン前駆体のリーダーペプチド切断部位が正しく配置されると考えられます。また、サブチロシン前駆体は、AlbEFによってリーダーペプチド切断と大環状化がなされる前に、他の酵素のはたらきで分子内に3つのチオエーテル結合が形成される必要があることが報告されています。この分子構造によってサブチロシン前駆体のコアペプチド領域のN末端とC末端が互いに近くに存在することができるため、AlbEFによる大環状化が効率的に行われると考えられます。Qt-AlbEFに見られるこれらの構造的特徴をもたらすために重要なアミノ酸残基は、枯草菌由来のAlbEFや他の生物種でAlbEFと考えられるタンパク質においても保存されていることから、AlbEFによるサブチロシンの大環状化触媒反応機構を提案することができました。

<今後の展開>

M16B金属ペプチダーゼファミリーのタンパク質は基質が結合していないときはOpen型、基質が結合したときはClosed型の立体構造をとることが予想されています。本研究では、Qt-AlbEFのOpen型に相当する構造を明らかにし、その構造的特徴からサブチロシン前駆体のリーダーペプチド切断および大環状化反応機構を提案しました。さらに詳細な反応機構を解明するために、AlbEFにサブチロシン前駆体が結合したClosed型の立体構造をとる複合体の構造解析を進めています。


【用語解説】

*1 ペプチド :

複数のアミノ酸がペプチド結合(アミド結合)により直鎖状に繋がった分子。構成するアミノ酸の化学構造から、アミノ末端とカルボキシ末端を持つ。アミノ酸50100個程度までの分子がペプチドと呼ばれ、より長くアミノ酸が繋がった分子はタンパク質と呼ばれることが多い。

*2 酵素 :

化学反応を触媒するタンパク質の総称。

*3 ヘテロ二量体 :

タンパク質Aとタンパク質Bのように、異なる分子種によって形成される二量体。同一の分子種からなる二量体はホモ二量体と呼ばれる。

*4 リーダーペプチド :

RiPPs(*5)の生合成では、リーダーペプチド領域とコアペプチド領域を含む前駆体ペプチドが合成される。リーダーペプチドは、翻訳後修飾を担う酵素との相互作用などに関与し、最終的には除去される。

*5 RiPPs :

Ribosomally synthesized and post-translationally modified peptides(リボソーム翻訳系翻訳後修飾ペプチド)の略称。一般的なタンパク質と同様に、リボソームで合成される。その後、様々な修飾を受け、特有の機能を持つようになる。

(論文情報)
著者名:Kohki Ishida, Akira Nakamura, Shuichi Kojima
論文名:Crystal structure of the AlbEF complex involved in subtilosin A biosynthesis
雑誌名:Structure
DOI  :10.1016/j.str.2022.10.002
URL  :https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0969212622003914

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