オンラインゲームを通じてメディアリテラシーを実践的に学ぶ ―経済学特殊講義(スタディ・スキルズ講座)―
2025.01.31
経済学部
大学での学びは、学生が自ら研究テーマを決め、情報収集し、自分の考えをまとめて発信する力を身に付けることが重要です。また、多様な人とのコミュニケーションやメディアで伝えられる情報を読み解く力(メディア情報リテラシー)が欠かせません。そして、私たち誰もが生成AIを使用し、激変する情報社会では、自らの力で考え判断することがますます求められるようになっています。
そんな力が身につくのが経済学部が開講している「経済学特殊講義(スタディ・スキルズ講座) ―AI時代の情報の集め方、選び方、伝え方―」です。従来の受動的な学習スタイルから脱却し、学生自身が情報発信者として成長していくカリキュラムをご紹介します。
オンラインゲームを通じてメディアリテラシーを学ぶ
1月9日の授業では、オンラインゲームを通じて今まさに社会問題となっている「闇バイト」の危険性を学ぶゲーム『レイの失踪』を使用した授業が行われました。スマートフォンやタブレット、パソコンを使用して進める謎解きゲームで、ゲーム内に再現されたSNSやメッセージアプリなどのツールを活用しながら、突然音信不通になってしまった友人「レイ」の行方を捜すストーリーが展開されます。

学生は3~4人ずつのグループに分かれ、手持ちのスマートフォンを使い、協力してゲームを進めていきました。レイのSNSにログインし、投稿・DM・求人情報から、レイの身に何が起きたのか、その手がかりを探していく中で、闇バイトの勧誘手口や一度始めると抜け出せなくなるまでの過程を追体験していきます。

受講した学生からは「『レイのブログ』の犯人を特定するときに自分がやったように、人のアカウントなどの裏アカウント情報を特定する作業は、意外とSNSなどでよくやっているので、すんなりとクリアすることができました。個人情報を特定することが、ネットに精通している人間にとっていかに簡単であるかが何となく分かった気がして、メディアリテラシーの大切さに改めて気づけたような気がしました。」との感想が聞かれました。
このゲームを通し、闇バイトの誘いに騙されないためのメディア情報リテラシーを学んでほしい、と授業を担当する鈴木賀津彦先生はいいます。
メディア情報リテラシーを主体的に学べるカリキュラム
―今回はゲームを通してリテラシーを学ぶ授業でした。これまでもゲームを授業に取り入れたことはあったのでしょうか。
『レイの失踪』を制作したのは現役大学生が立ち上げたベンチャー企業「クラスルームアドベンチャー」です。メディア情報リテラシーの教育現場では、「ネット使用禁止」のように制限する内容がまだまだ多いのですが、そうではなく「正しくインターネットを使う」方法を学べるよう方向転換したのが、彼らが提供しているプログラムです。教育現場の行き詰まり感を打破する取り組みが面白いと感じ、一つ前のプログラム『レイのブログ』を授業に取り入れたのが始まりです。
『レイのブログ』の回では、インターネット上の情報が正しいのか、間違っているのかを判断するファクトチェックの体験を行いました。学生からは「ファクトチェックについては座学の講座で学んだものの、いまいち実態が掴めていなかったので、ゲームを通して体験することができていい経験になった」「ファクトチェックについて動画などで学んだことを実際に実践することで理解が深まったと思う。今後の実生活で積極的に生かしていきたい」などの声があり、好評でした。
そして昨年末に第2弾の『レイの失踪』がリリースされたため、こちらも授業に取り入れようと考えました。
―本講義では普段どのようにメディアリテラシーを教えているのでしょうか。
学生に情報の受け手としてではなく自らを「情報の発信者」であることを自覚してもらい、メディアリテラシーを学べるよう授業を組み立てています。学生が受け身に情報を得る側ではなく、自分が情報を伝える側でもあるという意識を持たせるために、学生自ら考えるための機会を積み重ねる工夫をしています。
情報の発信者であると自覚することが大事なのは、伝えていい情報、伝えるのは良くない情報を自覚できた方が勉強になるからです。例えば、著作権について学ぶ際、「現在はこのような決まりがある」と勉強しますよね。しかしルールは時代によって変化するものです。そのため、決まりや法律などを逐次覚えるのではなく、なぜそのルールになっているかの背景を自分で考えることが大切です。自分が発信者の立場になると「この情報は著作権を犯しているのではないか」と自分で考えますし、「この情報は発信してはいけないのではないか」と気づくことができます。これを積み重ねていくことでリテラシーを高めることができます。
また、授業ではリテラシーを高めるためのグループワーク多く取り入れていて、その一つが「まわしよみ新聞」です。今の学生は新聞を読む人が非常に少なく、ネットニュースを見ていることが多いのですが、ネットで見るニュースはエコーチェンバー※1、フィルターバブル※2に陥りやすいのです。ところが、複数人で「まわしよみ新聞」をすると、他者が自分とは違う記事に興味を持っていることが分かるため、それを自覚することができます。
「まわしよみ新聞」のグループワークでは、各自が興味を持った記事についてシェアするのですが、同じ記事でも「そんな見方があったのか、全然自分とは違うな」と気づきを得られます。そして他者と自分の意見の違いを踏まえて議論する訓練の場にもなっています。今の教育ではそのような訓練を受けている人が少ないと感じる現状があるので、変えたいと思い工夫しているところです。
※1エコーチェンバー:ソーシャルメディアを利用する際、自分と似た興味関心をもつユーザーをフォローする結果、意見をSNSで発信すると自分と似た意見が返ってくるという状況を、閉じた小部屋で音が反響する物理現象にたとえたもの。
※2フィルターバブル:アルゴリズムがネット利用者個人の検索履歴やクリック履歴を分析し学習することで、個々のユーザーにとっては望むと望まざるとにかかわらず見たい情報が優先的に表示され、利用者の観点に合わない情報からは隔離され、自身の考え方や価値観の「バブル(泡)」の中に孤立するという情報環境を指す。
―講義の副題には「AI時代の情報の集め方、選び方、伝え方」とあります。AIに関してはどのように授業で触れているのでしょうか。
一昨年からChatGPTが世間を席巻するようになってから、意識的に授業で扱っています。日本情報技術協会の増田聡理事長らをゲストに招き、AIの進展とこれからの社会の変化や最先端のAIの激変ぶりを伝えてもらい、学生に変化を実感してもらうようにしています。
学生からは「ここ最近の1~2年でAIが自分たちの生活の中でも関わってくる場面が増えてきた。そしてAIは今も進化し続けているということで、人間のAIに対する知識が追いつくのが非常に難しいことであると感じた。しかしAIを有効に使ったり、安全に使うためにはしっかりとしたリテラシーが必要だと思う。今後さらに進化して自分たちの生活にもより深く関わるようになってくるので、今後のAIに関する知識も入れていきたいと思う。」と感想が寄せられましたね。
実はこの授業では日本情報技術協会の方以外にも、学生が起業したローカルメディアのラジオ局の社長、コーヒー農園を起業した学習院大学の卒業生などに学生の視野を広げるために多くのゲストスピーカーに講義をしていただいています。今回、クラスルームアドベンチャーのみなさんに来ていただいたのも、メディアリテラシーを学ぶだけでなく、大学生でも「自分で動けばこのようなことができるんだ」と気づきを与えたかったからです。
―そのような裏テーマがあったのですね。
ええ。学生にとって外部の刺激のある人の話を聞くことで、大学の中で学ぶだけでなく、大学の外にも目を向けていって欲しいのです。
私個人が感じていることですが、学生の多くが真面目に教えられたことを覚えることが学習であると認識して育ってきているように思います。そうではなく、学生自らが自分らしい新しい学びの形を身に付けて欲しいと考えていて、「教員が講義をする授業」ではなく、履修生が関心を持って意識的に考えることができるような授業になるよう工夫をしていますね。過去には、美術館館長に美術館の取り組みについて講義いただいた後、美術館へ取材に行き、学生の視点から美術館の来場者を増やす策を館長に提言することも授業内で行いました。年度によって異なりますが、受講生の関心によって授業内容を変化させています。
この授業がメディアリテラシーを高めるだけでなく、学生の視野を広げる機会になっていると嬉しいです。