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【研究成果】非接触でモノを浮遊させる ―超伝導磁場を用いた磁気浮上装置を開発―  地上で行える宇宙環境利用に貢献

2022.06.14

非接触でモノを浮遊させる
―超伝導磁場を用いた磁気浮上装置を開発― 
地上で行える宇宙環境利用に貢献
Validation of a desktop-type magnet providing a quasi-microgravity space in a room-temperature bore of a high-gradient trapped field magnet (HG-TFM)

【発表者】

高橋 圭太 (学習院大学、理学部 物理学科、助教)
藤代 博之 (岩手大学、理工学部 物理・材料理工学科、教授)
Mark D Ainslie (ケンブリッジ大学、工学部、Research Fellow)

【ポイント】

  • 超伝導磁場を用いて、「大気中で強力な磁場/磁気力場を提供する磁気浮上装置」を提案・実証した
  • 磁気力場 (−1930 T^2/m)を有する擬似無重力環境下で、反磁性体 (ビスマス、水)の浮上に成功
  • 薬品フリーで環境に優しい分離技術や無容器浮遊での材料開発など、地上で行える宇宙環境利用に貢献

図1:大気中で磁気浮上したビスマス粒子の様子(動画、1MB)

図1:大気中で磁気浮上したビスマス粒子の様子(動画、1MB)

【概要】

 生体物質や身の回りの普通金属の多くが磁石にほとんど反応しない反磁性体に分類されます。しかし、磁気的な反発力が地球重力を打ち消すほどの強い磁場環境では浮上現象を観測できます。この磁気浮上を活用した浮上技術は、容器なしで行えるクリーンな結晶成長や細胞培養等の材料開発に応用が期待されます。従来、浮上に用いられる大型の超伝導電磁石の運用は磁場関連の研究施設に限られ、装置の汎用性やコストに課題がありました。

 本研究では、「強磁場と装置汎用性の両立」をコンセプトに、磁気浮上が簡便に行える装置として「高勾配型超伝導バルク磁石 (HG-TFM)」を提案し運用試験を行いました。本装置は円筒型の銅酸化物超伝導バルク (EuBaCuO)を積層した構造体と冷却機構から成り、大気中で自由に磁場を扱える直径25 mmの室温ボア空間を備えています。初期温度21 Kで着磁実験を行った結果、捕捉磁場8.57 T、磁気力場-1930 T^2/mの発生に成功し、浮上力の指標となる水の磁気浮上 (>-1400 T^2/m)を大気中で実証しました。これまで宇宙で行われてきた微小重力実験と併せて、HG-TFM装置が地上における擬似無重力環境の利用を加速させることが期待されます。

 本研究は令和3年度科学研究費助成事業 (特別研究員奨励費、課題番号:21J14069)の補助により実施されました。また、学習院大学グランドデザイン 2039「国際学術誌論文掲載補助事業」より掲載費を助成しています。


【背景】

 従来、磁気浮上に用いられる大型の超伝導電磁石の運用は強磁場関連の研究施設に限られ、装置汎用性に課題がありました。磁場による浮上・分離技術を活用した異分野横断型のアプリケーションの創出には、磁場特性と装置汎用性の両方を解決する新しい磁場源の開発が求められています。

 超伝導状態にある高温超伝導材料の結晶塊 (通称:バルク)は、電磁誘導で電流を誘起する"着磁過程"を経て、永久磁石と同等のサイズでテスラ級の強力な磁場を発生することができます。この超伝導バルク磁石は、小型-強磁場源として従来の大型電磁石を置き換えることが期待されます。超伝導線材の運用と同様に、超伝導バルク磁石は真空容器内で低温に保つと共に機械的な補強を行う必要があります。超伝導の臨界特性は低温であるほど優れるため、真空容器内の限られた空間で磁場強度・冷却効率・機械補強を両立した能率的な構造設計が求められます (図2)

図2:超伝導理工学を支える基礎物理学のイメージ図

【手法】

 本研究では、「高勾配型超伝導バルク磁石 (HG-TFM)」の冷却及び着磁に関わる運用試験を行いました。磁場発生の要となる円筒型の銅酸化物高温超伝導バルク (EuBaCuO、転移温度92 K)を積層した構造体 (内径36 mm、外径80 mm、高さ96 mm)は、最上段に高勾配磁場を発生するスリットバルクを配置した独自の磁気構造をとります。ここに、構造体の温度を安定させるために薄型のヒートシンク構造を提案し、冷却効率の改善を図っています (3)。磁場中冷却着磁を外部磁場8.60 T、初期温度21 Kの条件で行い、温度をセルノックス温度計、磁場をホール素子で測定しました。その後、真空容器外の大気中で磁場が安定的に供給されることを確認し、25 mmの室温ボア空間で浮上した反磁性体の光学観察を試みました。

図3:高勾配型超伝導バルク磁石装置の概略図(超伝導バルクを積層した構造体は、外側を金属環で補強。さらに、内側をヒートシンクに接することで冷却効率を高めている。)

図3:高勾配型超伝導バルク磁石装置の概略図(超伝導バルクを積層した構造体は、外側を金属環で補強。さらに、内側をヒートシンクに接することで冷却効率を高めている。)

【研究成果】

 無冷媒10 K伝導冷凍機を用いた冷却試験では、補強金属環の表面の最低温度が21 Kとなり、室温ボア空間を導入しても尚、良好な冷却効率を有することが確認されました。着磁実験の結果、外部磁場8.60 Tに対し同等の捕捉磁場8.57 Tが得られ、磁気力場-1930 T^2/mの発生に成功しました。このように真空容器外に開放されたボア空間で磁場を扱えることは、汎用的な磁場の利用において重要な設計項目となります。今回得られた磁気特性は、数値シミュレーションに基づく解析的な予見を上回る結果であり、スリットバルクを有するHG-TFM装置の優位性が確認されました。浮上実験で観察したビスマスと純水の浮上位置は、理論計算の結果とよい一致を示しており、超伝導バルク磁石を用いた磁気浮上が実現可能であることが実験的に証明されました。

【今後の展開】

 当初のコンセプトに掲げた「強磁場と装置汎用性の両立」を達成したことで、磁気浮上を含む擬似無重力環境の利用がより身近なものになると考えています。浮上という観点では、地上で行える微小重力環境中での結晶成長や細胞培養実験は生命医科学分野に関連します。浮上分離という観点では、都市鉱山からの有価資源回収やマテリアルリサイクルといった資源・エネルギー分野が該当します。その他、浮上した物体の形態を解析することで各種材料の非破壊検査を行える可能性があります。これまで宇宙で行われていた微小重力実験と併せて、HG-TFM装置が地上における擬似無重力環境の利用を加速させることが期待されます。

 本成果により、超伝導バルク磁石を実用的な磁場源として扱える目途が立ちました。磁気浮上は多様な使い方の1つに過ぎません。超伝導技術の基礎研究としても、超伝導バルクの熱的安定性の改善や磁場分布の調整に関する技術には研究の余地があります。更に産業的な応用研究に発展した際には、その用途に適した装置設計と評価が求められることになるでしょう。

【用語解説】

用語 説明
磁場中冷却着磁 電磁誘導を利用して超伝導体を磁化させる方法。外部磁場を印加した状態で超伝導体を転移温度以下まで冷却し、その後磁場を掃引することで超伝導体内部に永久電流を誘起することで超伝導バルク内に磁場を永続的に捕捉させることができます。

擬似無重力環境

宇宙ステーションの微小重力環境は、重力対流が抑制されることで不純物の少ない良質な材料開発が行えると期待されます。一方、地球上で無重力環境を模倣する手法のうち、静的かつ等方的である磁場を用いた方法が注目されています。重力下では実現できなかった物質分離技術、結晶成長技術などの発展が期待されます。

(論文情報)
著者名:Keita Takahashi, Hiroyuki Fujishiro, Mark D Ainslie
論文名:Validation of a desktop-type magnet providing a quasi-microgravity space in a room-temperature bore of a high-gradient trapped field magnet (HG-TFM)
雑誌名:英国物理学会Superconductor Science and Technology(SuST) 35巻5054003
DOI :10.1088/1361-6668/ac5fe3
URL :https://doi.org/10.1088/1361-6668/ac5fe3