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【研究成果】花の進化に関する新たな仮説の提唱 ~遺伝子重複による植物ペプチドホルモンの進化~

2022.08.10

花の進化に関する新たな仮説の提唱
~遺伝子重複による植物ペプチドホルモンの進化~

1.発表者:

平川 有宇樹 : 学習院大学 理学部生命科学科 助教

2.ポイント:

  • 分裂組織は、花や葉などの器官をつくる源であり、その恒常性維持は植物の成長に重要
  • 分裂組織の維持機構として、被子植物ではCLV3遺伝子経路が知られる
  • CLV3様の遺伝子(CLE遺伝子)は、コケ植物にも存在する
  • 一昨年、コケ植物のCLEが被子植物CLV3と作用が異なることを発見していた
  • 今回、最新の知見をもとに、CLEと分裂組織の進化に関する新たな仮説を提唱した

3.概要:

 学習院大学 理学部の平川有宇樹 助教は、植物の花や葉をつくる源である「分裂組織」について、その進化に関する新たな仮説を提唱しました。
 分裂組織にはCLV3ペプチドホルモンとWUS転写因子を介した細胞間の情報伝達経路が存在し、組織全体としての恒常性が保たれています。しかし、このCLV3経路は被子植物シロイヌナズナで発見された仕組みであり、陸上植物における普遍性や進化の過程は明らかになっていませんでした。
 今回の研究では、平川助教らが2020年に発表したコケ植物ゼニゴケでの研究成果に加え、他研究グループによるシロイヌナズナでの最新の研究結果をもとに、CLV3経路が生じた陸上植物の進化の過程を考察しました。その結果、CLV3経路は陸上植物に共通の仕組みではなく、被子植物でのCLV3様遺伝子(CLE遺伝子)の重複によって派生的に獲得された、という仮説を提唱しました。CLV3遺伝子は分裂組織の維持を抑制する負の調節因子ですが、陸上植物に共通して備わる祖先的なCLE遺伝子は、分裂組織の維持を促進する正の調節因子であると考えられます。この仮説が正しければ、植物の発生・成長を調節する基本的な分子機構について解釈の見直しを迫られることとなり、今後の実験的な検証が期待されます。
 本研究成果は、2022年7月19日(英国夏時間)に英国科学誌「Nature Plants」に掲載され、表紙を飾りました (https://www.nature.com/nplants/volumes/8/issues/7) 。

 

4.内容

<研究の背景>
 植物には成長とともに花や葉などの器官をつくり続ける性質がありますが、これは茎の先端にある「分裂組織」の活動に依っています。分裂組織は未分化な細胞の集まりで、この細胞群が長期にわたって増殖を継続し、体の成長に必要な細胞を供給しているためです。
 分裂組織の中は異なる種類の細胞からなる領域に分かれています。たとえば、被子植物シロイヌナズナでは、ドーム状の分裂組織の中に、幹細胞を含む中央領域や細胞分化へ向かう周縁領域などがあります(図1)。幹細胞維持と器官分化とのバランスを保つためには、この領域区分の恒常性を保つことが重要です。そのための細胞間情報伝達を担う分子機構として、被子植物シロイヌナズナの研究からCLV3(クラブ・スリー)ペプチドホルモンとWUS(ブッシェル)転写因子による負のフィードバック経路が発見されており、分裂組織の恒常性を維持する基本的な仕組みとして植物発生学上の定説とされています。しかし、分裂組織内の領域区分は陸上植物の系統によって違いがあり、CLV3経路の普遍性や進化の道筋はこれまで明らかになっていませんでした。
 近年の研究から、植物の発生を調節する遺伝子群はシロイヌナズナやイネ等の被子植物だけでなく、陸上植物に広く保存されていることが明らかとなっています。本研究では、CLV3経路に着目し、陸上植物がこの経路を獲得した進化の過程について考察しました。

図

図1 被子植物シロイヌナズナの分裂組織における領域区分とCLV3経路の働き
CZ中央領域、PZ周縁領域、RZ髄状領域、OC形成中心

<研究の内容>
 先行研究において、平川助教らはCLV3様遺伝子であるCLE(クレ)遺伝子群が陸上植物に広く存在することを見出していました。さらに、コケ植物のゼニゴケにおいてMpCLE2ペプチドが分裂組織の幹細胞領域を拡大することを発見し、幹細胞維持の促進因子であることを示していました(図2)。しかし、シロイヌナズナCLV3は幹細胞維持の抑制因子であるため、両者のはたらきは関連性がありながらも共通しているとは言えません。そのため、両者の進化的関係を理解することは困難でした。

図

図2 コケ植物ゼニゴケにおけるMpCLE2ペプチドによる幹細胞領域の拡大
黄色 分裂組織、赤色 幹細胞領域、灰色 植物体

 昨年、Düsseldorf大学のSimon教授らの研究グループは、シロイヌナズナで幹細胞維持を促進するCLE遺伝子としてCLE40を報告しました。この発見を受け、平川助教はゼニゴケMpCLE2とシロイヌナズナCLE40が進化的に保存された機能を持つのではないか、と考えました(図3)。これらの遺伝子が分裂組織内の周縁領域で働くという共通点を持つことも仮説を支持しています。

図

図3 陸上植物におけるCLV3/CLE遺伝子群の進化についての仮説
上部 各植物種での分裂組織構造の模式図と遺伝子発現領域、下部 植物の系統関係

 シロイヌナズナのCLV3とCLE40は近縁の遺伝子であり、もともと1つの遺伝子であったものが陸上植物の進化のいずれかの時期に重複して誕生したと推定されます(図4)。さまざまな陸上植物の遺伝子配列を調べた結果、CLE40と似た遺伝子は被子植物とその姉妹群である裸子植物にありましたが、CLV3と似た遺伝子は被子植物でのみ見つかりました。

図

図4 遺伝子重複によるCLE/CLV3遺伝子進化の模式図

 平川助教は、これらの情報からCLV3経路は陸上植物全体に共通しているものではなく、被子植物の系統での遺伝子重複によって派生的に獲得されたものであると推定し、このことが被子植物で花を獲得することに貢献したという仮説を提唱しました(図3)。

<今後の展開>
 CLV3とWUSを介した負のフィードバック経路は、分裂組織の恒常性維持機構として約20年前に提唱され、現在では広く受け入れられています。今回の仮説が正しければ、植物の発生・成長を調節する基本的な分子機構について解釈の見直しを迫られることとなります。今後の実証的な研究によって、より普遍的な植物発生調節機構の解明につながると期待されます。
 本研究では、仮説を検証するための具体的な検証の道筋も示しています。これまであまり研究の進んでいなかった多様な陸上植物系統について、CLE遺伝子の機能解析が必要です。
 被子植物において、CLV3やWUSは花や果実の源となる幹細胞群の活動を調節しており、この知見に基づいた農作物の収量改変が進められています。本研究は、このような基礎研究領域のさらなる進展を促すものであり、農作物の収量改変と食料安全保障への貢献が期待されます。
 本研究は科研費 基盤C 19K06727・基盤B 22H02676、安倍能成記念教育基金学術研究助成金の⽀援を受けて⾏われました。


【用語解説】

1) 被子植物 : 陸上植物の主要な系統の一つで、生殖器官としての花を持つもの
2) 陸上植物 : 植物のうち陸上に進出して繁栄した系統で、コケ植物や被子植物などを含む
3) 発生(個体発生) : 多細胞生物の生活環の中で、一つの細胞が増殖し、それぞれの細胞の分化を経て、個体がつくられる過程
4) 恒常性 : 生物のもつ基本的な性質の一つで、外部環境の変化を受けても生体内の環境を一定に保とうとすること
5) ペプチドホルモン : 細胞間の情報伝達を担う特定の化学構造を持つペプチドの総称。植物は、CLEなど多数の固有のペプチドホルモンを有している。

(論文情報)
著者名:Yuki Hirakawa
論文名:Evolution of meristem zonation by CLE gene duplication in land plants
雑誌名:Nature Plants
DOI  :10.1038/s41477-022-01199-7
URL  :https://www.nature.com/articles/s41477-022-01199-7

プレスリリース原本はこちら(リンク)