【研究成果・プレスリリース】陸上植物の幹細胞分裂を調節する遺伝子を発見 ~植物幹細胞のコア調節機構の解明に大きな一歩~
2023.11.17
陸上植物の幹細胞分裂を調節する遺伝子を発見
~植物幹細胞のコア調節機構の解明に大きな一歩~
ポイント
- 陸上植物では、幹細胞の量を調節する指令を出す物質としてCLE(クレ)ペプチドホルモンが知られているが、その作用の仕組みは分かっていなかった。
- 本研究では、ゼニゴケという植物を使い、CLEペプチドホルモンによって調節される遺伝子のJINGASA(ジンガサ)を見出した。
- JINGASA遺伝子は幹細胞の細胞分裂に影響を与えることで、幹細胞の量を抑えるよう働くことが分かった。
- JINGASA遺伝子の働きは、ゼニゴケを含む陸上植物に広く存在する普遍的な仕組みと考えられる。
- 今後の研究によって、植物の幹細胞調節の基本的な仕組みやその進化が解明されるとともに、幹細胞調節遺伝子の機能改変による作物の収量向上につながると期待される。
研究の概要
学習院大学大学院自然科学研究科の平川有宇樹助教らの研究グループは、陸上植物に広く保存された幹細胞分裂の調節機構を明らかにしました。
植物の成長の源である分裂組織では少数の幹細胞が維持されていますが、この幹細胞の量を調節する情報分子としてCLEペプチドホルモンが知られています。平川助教らの研究グループは、以前の研究でゼニゴケのCLEペプチドが幹細胞領域の細胞を増やす機能を持つことを報告していました(Hirakawa et al., Curr Biol, 2020)。しかし、CLEペプチドの情報がどのようにして幹細胞を増やすことにつながるのか、そのメカニズムは分かっていませんでした。
今回、研究グループはゼニゴケのCLEペプチドの標的遺伝子を探索し、「JINGASA」と名付けた遺伝子を同定しました。JINGASAは幹細胞領域の一部の細胞で作られ(図)、並層分裂を促進する機能を持っており、結果として幹細胞の量を減らすよう調節していることを明らかにしました。本研究により、陸上植物の系統で広く保存された幹細胞動態の調節機構が明らかになりました。
本研究成果は2023年11月17日(日本時間午前1時)に国際学術誌『Current Biology』のオンライン版に掲載されます。なお、本研究はJSPS科学研究費助成事業(19K06727/22H02676/16H06279)、先進ゲノム支援(PAGS)及び基礎生物学研究所共同利用研究の支援を受けて実施されました。また、本発表は、学習院大学グランドデザイン 2039「国際学術誌論文掲載補助事業」より掲載費の助成を受けています。
図 ゼニゴケの幹細胞領域(写真中央部の細胞群)における、JINGASAの発現(緑色の丸)の様子
研究の背景
植物は体の先端部にある分裂組織※1の持続的な活動によって、葉や花などの器官を繰り返し作り出しながら成長を続けることができます。分裂組織の中には少数の幹細胞※2が維持されていますが、幹細胞の量の調節にはCLEペプチドホルモン※3という情報分子が重要な役割を担っています。従来の研究では、CLEペプチドホルモンには幹細胞の過剰な蓄積を抑える役割があると考えられていました。しかし、近年の研究からCLEペプチドホルモンには様々な種類があることが分かり、中には幹細胞を増やすものが見つかってきました。これにはコケ植物ゼニゴケのMpCLE2や被子植物シロイヌナズナのAtCLE40が含まれます(Hirakawa et al., Curr Biol, 2020、Schlegel et al., Elife, 2021)。そのため、これらは陸上植物※4に広く存在する進化的に保存された仕組みではないかと考えられています(Hirakawa, Nat Plants, 2022)。しかしながら、CLEペプチドホルモンの情報がどのようにして幹細胞を増やすことにつながるのか、そのメカニズムは分かっていませんでした。
本研究の成果
研究グループは、メカニズムを明らかにするため、まずゼニゴケのMpCLE2ペプチドの過剰発現株とMpCLE2受容体の機能欠損株を用いてRNA-seq※5を行いました。その結果、MpCLE2過剰発現株で特異的に発現変動する遺伝子群が見つかりました。このうち、JINGASA(短縮表記:MpJIN)と名付けた遺伝子はNACドメイン※6を持つ転写因子※7をコードしており、MpCLE2過剰発現株で発現量が顕著に低下していました。
そこで、MpJINが幹細胞領域で働くのではないかと考え、MpJIN遺伝子の発現する領域を解析しました。蛍光タンパク質のcitrine(シトリン)を用いた標識法によってMpJINの発現が活性化される細胞を調べた結果、MpJINは幹細胞領域を含む広い領域の細胞群で発現しており、特に幹細胞領域の周辺に位置する細胞で高く発現していました。一方で、幹細胞領域の中央部の細胞では発現が抑えられていました(図1A)。このことから、MpJINは幹細胞領域の細胞ごとに発現量が異なっており、細胞ごとの異なる挙動の調節に関与しているのではないかと考えられました。MpCLE2過剰発現株では幹細胞領域が拡大することが知られていますが、この場合はMpJINの発現が高い細胞と低い細胞が繰り返して並んだパターンが観察されました(図1B)。
図1 幹細胞領域におけるMpJIN遺伝子の発現パターン
Aは通常の植物(野生株)、BはMpCLE2過剰発現株での幹細胞領域(点線)を示している。MpJINの発現が高い細胞が、蛍光タンパク質のcitrineを用いて標識されている(緑色の部分)。
MpJINの機能を調べるため、CRISPR/Cas9技術を用いたゲノム編集によってMpJINの機能が損なわれる変異体を作出しました。その結果、幹細胞領域の細胞がわずかに増加しており、MpJINの機能が失われると幹細胞が増えることが示唆されました。(図2)
図2 MpJINの機能欠損変異株における幹細胞の増加
次に、MpJINが過剰に存在する場合の影響を調べるための遺伝子組換え体を作出しました。MpJINを過剰発現させると幹細胞領域で通常は見られない並層分裂※8が起こりました(図3)。これらの結果から、MpJINは幹細胞領域の周辺部で並層分裂を促すことによって、幹細胞を減らすように働いていることが示唆されました。MpCLE2は幹細胞を増やす情報分子ですが、幹細胞を減らす働きのMpJINを抑える事によって働いているものと考えられます。ただし、今回の研究の結果から、MpCLE2の機能はMpJINの抑制だけでは説明できないことも分かりました。そのため、未知の標的因子(X)が他にも存在していることが考えられます(図4)。
図3 MpJINの過剰発現による幹細胞の並層分裂
図4 MpCLE2の作用の模式図
陸上植物は、コケ植物と維管束植物の二つの系統に大別されます。MpJINの相同遺伝子※9の一つであるFEZは、維管束植物の一種であるシロイヌナズナの地下部(根)の分裂組織で働くことが知られていますが、地上部(シュート)の分裂組織では働いていないと考えられていました。しかし、研究グループは維管束植物のイヌカタヒバでは地上部と地下部の両方でMpJINの相同遺伝子が働くことを遺伝子発現データベースにおいて見出しました。このことから、JIN/FEZ遺伝子群は陸上植物の分裂組織において広く保存された幹細胞動態調節機構であり、シロイヌナズナなどの一部の系統では特定の種類の分裂組織で機能が失われたのではないかと考えられます(図5)。本研究により、陸上植物における普遍的な幹細胞制御機構が明らかになるとともに、陸上植物の進化の過程においてはこの仕組みを変更することによって分裂組織構造の多様性が生み出された可能性が見えてきました。
本研究は、多様な体の構造を持つ陸上植物系統においてもその発生を調節する共通の仕組みが存在するという考え方を支持するものです。今後の研究によって、植物の発生における基本的な調節機構とその進化が解明されるとともに、幹細胞調節遺伝子の機能改変による作物の収量向上につながると期待されます。
図5
陸上植物の分裂組織におけるJIN/FEZ遺伝子発現とその進化の模式図上部の絵は各植物種の地上部または地下部(根)の分裂組織における遺伝子発現を示す(緑色の細胞)。シロイヌナズナの地上部では発現しない。下部は進化的な系統関係を示す。
用語解説
*1 分裂組織
植物体を構成する組織のうち、細胞分裂を継続して成長の起点となる未分化な組織。幹細胞を含んでいる。
*2 幹細胞
細胞分裂を経ても自身と同じ細胞を作り出す働きを持つ未分化な細胞。分裂組織の中では一部の細胞が幹細胞として働き、長期にわたって維持されている。
*3 CLEペプチドホルモン
シロイヌナズナのCLV3やトウモロコシのESRを含む一群のペプチドで、12~13個のアミノ酸が、ある一定の配列で結合した分子構造を持つ。植物体内の特定の細胞から分泌された後、受容体を持つ他の細胞に認識されることで、細胞間で情報を伝える情報分子として働く。
*4 陸上植物
約5億年前に水圏から陸上に進出して繁栄した植物のグループ。現生の陸上植物は主にコケ植物と維管束植物に分けられる。
*5 RNA-seq
次世代シーケンサーを用いてサンプル内の全転写産物の塩基配列を決定する手法のこと。
*6 NACドメイン
植物転写因子のNAM、ATAF、CUCなどに共通するタンパク質の領域(ドメイン)でDNAに結合する働きを持つ。
*7 転写因子
遺伝子の発現を制御するタンパク質の一群。DNA上の特定の配列に結合して、その近傍にある遺伝子の転写を促進または抑制する働きを持つ。
*8 並層分裂
植物体の組織表面に対して平行な面での細胞分裂。分裂組織では細胞分裂面の調節によって組織内での細胞の位置関係やその後の細胞の運命が決定されるため重要である。
*9 相同遺伝子
共通の祖先に由来する遺伝子。互いに良く似た構造や機能を持つ。
論文情報
論文名:Control of stem cell behavior by CLE-JINGASA signaling in the shoot apical meristem in Marchantia polymorpha
雑 誌:Current Biology
著者名:Go Takahashi, Tomohiro Kiyosue, Yuki Hirakawa
DOI :10.1016/j.cub.2023.10.054
発表者
髙橋 剛 :学習院大学大学院 自然科学研究科 大学院生博士後期課程2年
清末 知宏 :学習院大学大学院 自然科学研究科 教授
平川 有宇樹:学習院大学大学院 自然科学研究科 助教
本件に関する問い合わせ先
研究に関すること
学習院大学大学院自然科学研究科・助教
平川 有宇樹 (ひらかわ ゆうき)
取材に関すること
学習院大学学長室広報センター
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