【研究成果・プレスリリース】 2020年7月23日公開
大質量星が誕生している領域の化学組成と星の進化の過程
-分子で探る重い星が生まれる環境-

発表者:
谷口 琴美(学習院大学 理学部 物理学科 助教)
Andre ́s E. Guzma ́n(国立天文台 ALMAプロジェクト 特任研究員)、Liton Majumdar(National Institute of Science Education and Research (インド) 助教)、齋藤 正雄(国立天文台 TMTプロジェクト 教授)、徳田 一起(大阪府立大学/国立天文台 研究員)
発表のポイント:
○進化段階の異なる若い大質量星の連星系を見つけ、化学的にも明らかに進化段階が異なることを示した
○誕生直後の非常に小さい電離水素領域 (Hypercompact HII region)の外周が33SO輝線のピークと一致していることから、生まれたばかりの大質量星がその周辺の環境に影響を与えていることがわかった
○化学的に豊かな2つのコアの複雑な有機分子の存在量を導出し、最新の化学反応ネットワークシミュレーションの結果と組み合わせて、それらのコアには非常に若い天体が埋もれていることを示した
概要:
学習院大学 理学部 物理学科の谷口琴美助教を中心とした、国立天文台、National Institute of Science Education and Research (インド) の研究グループは、南米チリにあるAtacama Large Millimeter/submillimeter Array (ALMA) で取得されたIRAS16562-3959大質量星形成領域の高空間分解能の分子輝線の観測データを用いて、この領域の化学組成や各分子の空間分布について詳細に調べました。酸素を含む有機分子 (CH3OCH3, CH3OCHO, (CH3)2CO) と窒素を含む有機分子 (CH3CN, HNCO) の空間分布には大きな違いがありました。星間空間特有の分子で、炭素原子が直線状に連なった炭素鎖分子の一種であるシアノアセチレン (HC3N) は、窒素を含む有機分子と類似の空間分布を示すことが分かりました。各分子輝線の特徴を活かし、この大質量星形成領域の構造やコアの進化段階について明らかにしました。また、この観測結果と化学反応ネットワークシミュレーションの結果と組み合わせ、今までの赤外線の観測では見つけられていなかった、ガスやダストに埋もれた非常に若い星の存在を示しました。この結果は米国の天体物理学専門誌「The Astrophysical Journal」に掲載されます。(掲載日 日本時間2020年7月23日(木)午前02:00)
発表内容:
【研究の背景と経緯】
太陽は、多くの星が集団で生まれている領域内で誕生した可能性が示されてきました。このような集団的に星が誕生している領域は、大質量星が生まれる場所でよく見られます。したがって、大質量星形成領域の研究は、私たちの太陽系がどのような環境で生まれたのかを理解する上で重要です。化学組成は、周囲の物理環境や天体の進化段階と深く関わり、過去の情報も含んでいるため、その星がどのような環境でどのような進化を経て現在に至るかを推定することに役立ちます。さらに、大質量星形成領域の化学組成とその進化を追うことは、太陽系内の隕石や彗星から検出されたアミノ酸を含めた生体関連分子の生成メカニズムを解明するためにも重要な手がかりとなる研究です。しかし、大質量星は進化が速く、集団的に星が誕生している、地球から比較的遠い領域で生まれるため、観測が難しいという問題点があります。そのため、大質量星形成領域の化学組成に関する研究は、中小質量星形成領域に比べて遅れていました。
本研究では、南米チリにあるALMAという電波干渉計を用いた、IRAS16562-3959大質量星形成領域における分子輝線の観測データを解析し、この大質量星形成領域の化学的・物理的な環境を詳細に調べました。この領域の中心には、G345.5+1.47大質量原始星が見つかっていますが、その周辺の星についての情報は不足していました。そこで、分子輝線のデータを用いて、この領域の化学組成と各分子の空間分布などの情報を基に、この大質量星形成領域内のコアの進化段階について調べました。
【研究の内容】
本研究で用いたデータでは、多くの有機分子が検出されました。これらの有機分子は、星が生まれる前の低温・高密度の環境下の星間ダスト表面で生成されます。星が誕生すると、星からの加熱によって有機分子は星間ダストから昇華し、電波望遠鏡で検出されます。IRAS16562-3959大質量星形成領域の各分子の空間分布を描いてみると、分子毎に異なる様子を示します。この大質量星形成領域の中心には、G345.5+1.47原始星(Core A)が存在しています。この原始星の近傍には、もう一つ若い星(Core B)が存在し、連星系を形成していることを発見しました。さらに、この連星系より北側に多くの分子輝線が検出されたコア(Core C)が位置しています(図1)。

図1. メタノール(CH3OH)の積分強度図(カラー、マゼンタ等高線)に電子再結合線(H30α;白色等高線)の積分強度図を重ねたマップ。Core AはG345.5+1.47大質量原始星に対応する。Core BはCore Aより若い星を含むコア。Core Cは中心の星形成が盛んなところから離れた位置にある、化学的に豊かなコア。今回の研究から、Core Cも非常に若い段階の原始星が含まれていることを化学的に示した。pc (パーセク)は年周視差が1秒角となる距離と定義され、1 pcは約3.09×1013 kmに対応する。
酸素を含む有機分子(CH3OCH3, CH3OCHO, (CH3)2CO)はCore BとCore Cから検出されたのに対し、窒素を含む有機分子(CH3CN, HNCO)はCore Aも含めて全てのコアから検出されました。G345.5+1.47原始星(Core A)とCore Bの化学組成の違いから、明らかに進化段階が異なることがわかりました。
G345.5+1.47原始星は、すでに紫外線を放出し始め、周囲のガスを光解離・イオン化する段階にあります。そのため、G345.5+1.47原始星周辺では、分子がすでに光解離され始め、酸素を含んだ有機分子が検出されなかったと考えられます。水素原子の電子再結合線が電離水素領域の目印となることを利用し、G345.5+1.47原始星周辺に形成された電離水素領域の大きさを決定しました。一酸化硫黄(SO)の同位体種である33SOの輝線の空間分布を調べたところ、33SOのピークが水素の電子再結合線の分布の外周と一致することが分かりました。この結果は、拡大する電離水素領域が周囲のガスと衝突することで生じたショックによりSOが増加したことを示します(図2)。

図2. 33SOの積分強度図(カラースケール)に電子再結合線の積分強度図(マゼンタ等高線)を重ねたマップ。電子再結合線(電離水素領域)の外周と33SOのピークが一致している。これは、膨張する電離水素領域が周囲のガスと衝突することで生じたショックにより、SOが増加したことを示す。 au (天文単位)は地球と太陽の間の平均距離と等しく、1 auは約1.5×1011 mに対応する。
さらに、多くの分子輝線が検出されたCore BとCore Cの化学組成の比較を行いました(図3)。Core Bの方がCore Cに比べて、有機分子の存在量が約1桁、H2COとCH3OHは2桁ほど高いことが分かります。CH3OHは他の酸素を含む有機分子の前駆物質となる重要な分子で、Core BとCore Cの化学組成の違いは、Core Bの方がより進化の進んだ段階にあることを示しています。すなわち、Core Bの方が、有機分子が星間ダストから昇華するのに十分な時間があるか、気相中でさらに生成するのに十分な時間が経っていると考えられます。Core Cには今まで明確な赤外線源が同定されていませんでしたが、今回の観測結果と化学反応ネットワークシミュレーションの結果から、Core Cにはすでに原始星が誕生していることが示唆されました。Core Cにある天体はまだ非常に若く、濃いガスやダストに埋もれているために赤外線で見つけられていなかったと考えられます。

図3. Core BとCore Cの化学組成の比較。それぞれの分子の柱密度を水素分子(H2)の柱密度で規格化した値を用いている。Core BとCore Cにおける分子の存在量が等しい場合は、B:C=1:1の黒線上にプロットされる。B:C=1:0.1(青線)、1:0.01(緑線)上にプロットされるのは、Core Bにおける各分子の存在量がCore Cよりそれぞれ10倍、100倍多い場合である。この図から、ほとんどの有機分子が青線の近くにプロットされ、Core BにおいてCore Cより存在量が10倍多いことがわかる。一方で、H2COやCH3OHは緑線の近くにプロットされており、Core Bに100倍程度多く存在することがわかる。
このように、化学組成を用いることで、今までの原始星同定の手法では見つけられないほど若い段階にある原始星も見つけられることが明らかになりました。このような非常に若い段階にある天体の周囲にあるガスやダストを研究することで、大質量星がどのような環境で生まれているかを研究することに繋がると期待されます。
【今後の展開】
他の大質量星形成領域のALMAの高空間分解能のデータを用いて、各領域の詳細な研究と、それらを統合して統計的な研究を進めていきたいと考えています。また、赤外線波長域の星間ダスト表面の氷の化学組成に関するデータと電波領域の気相の化学組成のデータを組み合わせ、原始星におけるダスト表面と気相の化学の関係について調べる計画を立てています。このような研究から、今まで解明されていない大質量星の形成過程について、化学的な観点から明らかにすることが目標です。