【研究成果・プレスリリース】コケ植物の枝分かれ増進ホルモンの発見-植物の形態進化に関する新たな学説-

【研究成果・プレスリリース】 2020年8月21日公開

コケ植物の枝分かれ増進ホルモンの発見
-植物の形態進化に関する新たな学説-

Induction of Multichotomous Branching by CLAVATA Peptide in Marchantia polymorpha

発表者:
平川 有宇樹 (学習院大学 理学部 生命科学科・助教)、John Bowman (Monash University・Professor)
共著者:清末 知宏(学習院大学・教授)、藤本 童子(学習院大学・卒業生)、河内 孝之(京都大学・教授)、西浜 竜一(京都大学・准教授)、石田 咲子(京都大学・研究員)、石崎 公庸(神戸大学・准教授)、澤 進一郎(熊本大学・教授)、打田 直行(名古屋大学・教授)

発表のポイント:
○CLAVATA(クラバータ)ペプチドホルモンがゼニゴケの幹細胞を増やす
○CLAVATAを過剰生産するゼニゴケでは、枝分かれが増える
○CLAVATAによる幹細胞の調節は、陸上植物に普遍的な仕組みである

概要:
学習院大学 平川有宇樹 助教と豪州・モナシュ大学 John Bowman 教授らの研究グループは、京都大学、神戸大学、熊本大学、名古屋大学と共同で、コケ植物のゼニゴケにおいて、植物体の成長の源である幹細胞を増やすホルモンの働きを解明しました。

ゼニゴケは街中でもよく見られる植物ですが、最新の研究では遺伝子やホルモンの研究に適した実験生物として世界的に脚光を浴びています。ゼニゴケは、葉状体という葉と茎の区別のない体をもち、地上を覆うように広がって成長します。この成長は、葉状体の先端部に存在するわずかな数の幹細胞を起点としておこります。研究グループは、この幹細胞を増やすホルモンとして、CLAVATA(クラバータ)ペプチドホルモンを発見しました。このホルモンが過剰になると、幹細胞が増えることにより、葉状体の枝分かれが増加することがわかりました(図)。

陸上植物の中でも進化的に離れた被子植物では、このホルモンが逆に幹細胞が増えすぎないよう抑える働きをもつことが知られています。コケ植物と被子植物は体制が大きく異なりますが、今回の発見により、そのどちらにおいても幹細胞の調節に共通のホルモンが働いていることがわかりました。これはCLAVATAホルモンによる細胞間コミュニケーションが陸上植物の成長を調節する普遍的な仕組みであることを示唆しており、約5億年前に出現した陸上植物の体の進化を解明する上で重要な手掛かりとなると期待されます。本成果は米国科学誌「 Current Biology」のオンライン版に掲載されました。(掲載日 2020年8月21日 日本時間01:00)
(論文のフルテキストはこちら https://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822(20)31008-3

図 CLAVATAホルモンによって枝分かれの増えたゼニゴケ

発表内容:

【研究の背景と経緯】
植物の体も私たちと同じように多くの細胞でできており、細胞が増えることで成長しています。しかし、植物と動物はそれぞれ別々の単細胞生物から進化してきたため、体の成長のしくみには異なる点が見られます。植物は体の先端部分に分裂組織とよばれる組織を維持し、ここでの細胞増殖によって生涯を通じて成長を続けるという特徴があります。分裂組織の中心には少数の幹細胞が存在し、葉や花、果実、材といったすべての器官をつくりだす源となっています。

幹細胞は周囲の細胞とのコミュニケーションによって維持・調節されることが知られています。CLAVATA(CLV)は、この現象にかかわる遺伝子群で、細胞間での情報伝達を担う物質をコードしています。このうちCLAVATA3(CLV3)はペプチド性のホルモン(情報分子)で、細胞の外へと分泌されます。一方、CLAVATA1(CLV1)は、別の細胞の表面にある受容体で、CLV3ペプチドを受け取って、受け取った細胞の性質を変化させる役割があります。このような細胞間での情報分子を介したやり取りによって、幹細胞群のふるまいが調節されています。

この仕組みはもともと被子植物で見つかりましたが、近年のゲノム研究によって、CLV遺伝子群は被子植物以外にも陸上植物のさまざまな系統に存在することが判明しています。一方、陸上植物の姉妹にあたる車軸藻のなかまにはこの遺伝子群が見つかっていません。本研究グループは、コケ植物苔類のゼニゴケを対象としたゲノム研究によって、これまでにCLV3に類似した遺伝子(CLE遺伝子)がわずかに2つ存在することをつきとめていました。今回の研究では、このうちCLV3と最もよく似たMpCLE2に着目し、その働きを詳しく解析しました。

【研究の内容】
ゼニゴケは、茎と葉の区別のない葉状体とよばれる体をもちます(図1)。被子植物とは体の構造が大きく異なりますが、体の先端部に分裂組織が存在し、幹細胞を維持するという点は共通しています。ゼニゴケの分裂組織は定期的に二つに分かれるように増える性質があり、体全体は同心円状に広がるように成長します。

図1 ゼニゴケの葉状体
葉状体の幅は8~15 mmほどで、その先端部に分裂組織がある(補助線先端の矢尻)。ここで定期的に二叉状の枝分かれをする。

研究では、化学合成したMpCLE2ペプチドを育成培地に加えて、ゼニゴケを育てる実験をおこないました。その結果、300nM~10µMのペプチド濃度で育成した植物では分裂組織の幅が広がることがわかり、MpCLE2ペプチドには幹細胞を増やす効果がある可能性があると考えられました(図2)。

図2 MpCLE2ペプチドの効果
MpCLE2ペプチドを与えて育てたゼニゴケは葉状体先端の窪みの部分にある分裂組織の幅(白線)が広がった。

次に、ペプチドによって分裂組織が広がった植物を、さらにペプチドを含まない培地へ移しかえる実験をおこないました。すると、拡大した分裂組織の中に含まれる多数の幹細胞を起点として、分裂組織が形成されました(図3)。一方、ペプチドを含む培地で育て続けた場合には、新しい分裂組織は形成されずに、未熟な細胞が増殖しました。このことから、ある特定の期間だけMpCLE2ペプチドに晒すことで、幹細胞を増やし、分裂組織の過剰形成を誘導できるということがわかりました。

図3 分裂組織形成の誘導
(上) 実験の概要。赤丸が幹細胞。(下) 育成後の分裂組織の写真。各写真の上部に育成条件と日数。矢印で示した窪みが、新たに形成された分裂組織。

さらに、MpCLE2ペプチドを分裂組織の中心部で過剰生産する遺伝子組換えゼニゴケをつくりました。通常のゼニゴケでは二叉状に分枝しますが、この組換えゼニゴケでは分裂組織が増えて多叉状に分枝しており、MpCLE2ペプチドの幹細胞を増やす効果が確かめられました(図4)。

図4 多叉分枝の形成
MpCLE2ペプチドを分裂組織の中心部で過剰産生する植物(右)では、通常の植物(左)に比べ、分裂組織(矢尻)が増加した。

分裂組織の中心には幹細胞が存在し、すべての細胞を生み出す源となっています。ゼニゴケの分裂組織では幹細胞とほとんど同じ形の未熟な細胞群が横並びに存在しています(図5)。前述の多叉分枝する組換えゼニゴケに対し、薬品による透明化処理をおこない、分裂組織の内部構造を共焦点レーザー顕微鏡で観察しました。すると、幹細胞と同じ形の細胞が通常の植物と比べて約3倍に増加していました。一方で、相同組換えやゲノム編集という実験手法を使って、MpCLE2やその受容体であるMpCLV1の遺伝子を欠損したゼニゴケを作出したところ、反対にこれらの細胞群が減少していました。

図5 分裂組織の構造
共焦点レーザー顕微鏡による分裂組織の観察像。幹細胞様の細胞群(星印)の数が、通常の植物に比べてMpCLE2の過剰植物では増加し、欠損植物では減少した。

分裂組織のどの細胞がMpCLE2ペプチドやMpCLV1受容体をつくるのかを調べるため、それらの遺伝子の働く場所を調べるプロモーター活性解析をおこないました(図6)。すると、MpCLV1は幹細胞および近隣の細胞群でつくられるのに対し、MpCLE2ペプチドは幹細胞を含む細胞群ではつくられず、少し離れた周辺の細胞でつくられることが示唆されました。したがって、ゼニゴケの分裂組織の中にはMpCLE2ペプチドをつくる細胞群と受け取る細胞とが離れて存在し、そのコミュニケーションによって幹細胞の数を調節していると考えられます(図7)。

図6 プロモーター活性解析
MpCLE2とMpCLV1をつくる細胞群が青色のインディゴ色素で染色され、異なる細胞群でつくられることを示している。
図7 CLAVATAの働きの比較
分裂組織におけるCLAVATA経路の比較。本研究で解明したゼニゴケ(左)と、既知の被子植物(右)を示す。ゼニゴケのXは未知の因子を表す。

【今後の展開】
約5億年前に出現した陸上植物の体には世代交代という性質があり、一倍体と二倍体という異なる生殖をおこなう2通りの体をもちます。このどちら(あるいは両方)に分裂組織をつくって成長するかは系統によって異なります。たとえば、ゼニゴケでは一倍体世代につくるのに対し、被子植物では二倍体世代につくります。このように系統によって植物の体の成り立ちは大きく異なりますが、それにもかかわらずCLAVATAペプチドホルモンが、分裂組織内の幹細胞の調節という類似の役割をもつということは、これが陸上植物の成長を調節する普遍的な仕組みであることを示唆しており、植物の形態進化を解明する重要な手掛かりになると期待されます。

CLAVATAペプチドは、ゼニゴケでは幹細胞を増やす作用があることが明らかとなりましたが、被子植物では幹細胞を減らすことが知られています。被子植物ではCLV3ペプチドの働きに応じて細胞の性質変化を指令する遺伝子としてWUSCHEL転写因子が知られています。ゼニゴケにもこれに類似したMpWOX遺伝子がありますが、今回の研究ではMpWOXはMpCLE2ペプチドの働きには関与しないという結果も得られています(図7)。今後の研究ではMpCLE2がどのような遺伝子に働きかけて幹細胞を増やしているのかを調べることで、CLAVATA経路の全体像が見えてくるかもしれません。