【研究成果】グローバリゼーションの厚生向上効果:日本の製造業におけるエビデンス
2022.03.05
グローバリゼーションの厚生向上効果:日本の製造業におけるエビデンス
Welfare gains through globalization: Evidence from Japan's manufacturing sector
Ossa (2015)法での日本の厚生向上効果を表している。
出典:Takahide Aoyagi, Tadashi Ito, Toshiyuki Matsuura, Journal of the Japanese and International Economies, 2022, DOI 10.1016/j.jjie.2022.101193
学習院大学国際社会科学部伊藤匡教授をはじめとする研究グループは、日本が1970年以降の貿易自由化によって享受した自給自足経済対比の厚生向上効果(貿易によってどの程度厚生レベルが向上したのか)を最新の方法論、及び日本の詳細な貿易データを用いて計測しました。計測の結果、特に1990年代後半から厚生向上効果が顕著となり、最終年の2011年に約16%になることが明らかになりました。
本件に関する論文が、経済学に関する専門誌Journal of the Japanese and International Economiesへの掲載に先立ち、オンライン版(1月31日付)に掲載されました。
【本件のポイント】
- 1970年以降の日本の貿易自由化による厚生水準(どれだけ多くの財・サービスを消費できるか)の向上効果を計測。
- 特に、1990年代後半から向上効果が見られ、2011年に自給自足経済対比約16%と計測されました。
【背景】
貿易による厚生水準(どれだけ多くの財・サービスを消費できるか)の向上効果は英国の経済学者リカードが唱えて以来、国際貿易論の最も重要なメッセージです。生産能力に変化がなくとも、他国と貿易することによって、より多くの財・サービスを消費できるようになることは過去数百年の間の多くの国際貿易理論によって明らかにされてきました。それがゆえに、第二次世界大戦後には、世界銀行、国際通貨基金の設立と並行してGATT(関税および貿易に関する一般協定)が締結され、先進国を中心に世界は自由貿易を推し進めてきました。1995年にはGATTを受け継いだ国際機関としてWTO(世界貿易機関)が設立され、更なる貿易自由化が推進されました。日本もGATT加盟、更には2000年代からの自由貿易協定締結を通じて貿易自由化を積極的に推し進めてきました。
しかし、上記の通り理論的には貿易自由化による厚生向上は明らかであっても、貿易によってどの程度厚生レベルが向上したのかについての実証的な検証はデータ及び適切な計量推定法の制約によりつい最近まで実施することが不可能でした。2000年代後半以降に大量の貿易データ及び厚生向上効果の計測法の進展により、ようやく貿易による厚生向上効果を具体的な数値として計測することが可能になりました。
貿易自由化からの厚生水準向上効果を最初に計測したのは、おそらくFeenstra (1994)でしょう。Feenstra (1994)は、貿易することによってより多くの種類の財を消費することが可能になることによる厚生向上効果を明らかにしました。この効果を、国際貿易論ではヴァラエティ効果と呼んでいます。しかし同論文は、幾つかの新しい財についてそれらが輸入され始めたことによる厚生への影響を計測したものであり、一国全体の厚生レベルの変化を計測したものではなく、特定の財に限られていました。それから12年後、Broda and Weinstein(2006)は、Feenstra(1994)の功績をベースに約3000に上る全貿易財の代替の弾力性を計測することにより、米国が過去約30年間にわたる貿易自由化の過程でどの程度の厚生レベル向上の便益に浴すことができたのかを計測しました。一国にとっての貿易からの厚生レベル向上を緻密に計測した画期的な論文です。しかしながら、Broda and Weinstein(2006)はCES(Constant Elasticity of Substitution)関数をベースとしたSpence-Dixit-Stiglitzモデルに基づいているため、その帰結としてMark-upが一定であることより貿易による競争促進(Pro-competitive)効果による厚生レベルの向上は測定されていません。その点を解消したのが、Feenstra and Weinstein(2010)です。同論文は、①Translog関数であればVariety効果及び競争促進効果の双方を捉えることができること、また②1970年代の一連のIndex number problemsに関する研究が明らかにしてきたとおり、実証上都合の良い(理論ではContinuousな変化ですが、実証上ではDiscreteな変化しか測ることができません)Thörnquist Price IndexがTranslog関数の場合には "Exact"(not approximation)である、という二つの観点に着目して、Translog関数をベースとして貿易自由化による厚生レベルの変化を計測しました。Variety効果と競争促進効果をそれぞれ計測したという点で画期的な論文です。
一方で、Feenstra and Weinstein(2010)と並行して、研究を進めてきたのが、Arkolakis, Costinot, Rodríguez-Clare(2012)です。Melitz (2003) を代表とするミクロレベルのモデルが過去10年の間に多く開発されてきましたが、どのモデルに依拠した場合でもVariety効果や競争促進効果など源泉別でなく全体としての貿易からの利益であれば、輸入の貿易費用弾力性と国内品のシェアのみで計算できるということを同論文は示しました。源泉別には計算できないものの、全体としての貿易からの利益を一般的に入手が可能なデータにて計測する方法論を示したという点で画期的な論文です。Arkolakis, Costinot, Rodríguez-Clare(2012)に産業連関効果を組み入れることにより、より洗練化された手法を示したのが、Ossa(2015)です。
2010年代における初期の先行研究では、国により異なるが自給自足対比数パーセントから20~30パーセントという予想外に低い数値が示されてきました。本稿では、日本が1970年以降の貿易自由化によって享受した自給自足経済対比の厚生向上効果を上記最新の方法論、及び日本の詳細な貿易データを用いて計測しました。
【概要】
本稿では、貿易自由化による厚生向上効果の一般的な計測法であるArkolakis, Costinot, Rodríguez-Clare(2012)、及び同手法を洗練化したOssa (2015)を用いて、日本の貿易自由化からの厚生水準向上効果を測定しました。Ossa (2015)はArkolakis et al. (2012)において欠落していた産業連関及び輸入財の重要性をモデルに組み込みました。特に、日本のようにアジア諸国とのサプライチェーンが重要であり、また原油のように必要不可欠な中間財を輸入に頼っている国にとってはこの点は極めて重要です。
また、先行研究においては、これらの手法において鍵となる変数である代替の弾力性について、全世界平均の代替の弾力性を計測し、各国の貿易自由化からの厚生水準向上効果を計測する際に、同代替の弾力性を各国に一様に適用しているのに対し、本稿では日本の細分類の貿易データを利用して代替の弾力性を計測しました。代替の弾力性の計測法には、Feenstra (1994)/Broda and Weinstein (2006) (F/BW) の欠点を指摘し改善したSoderbery (2015)の方法論を採用しました。計測の結果、厚生水準向上効果は特に1990年代後半から顕著に現出しており、2011年には自給自足対比約16%の厚生向上効果があったことが示されました。その要因としては、輸入浸透率の上昇に加えて1990年代以降のサプライチェーンの進展が厚生向上効果に寄与していることが見いだされました。
本件は、学習院大学学校長裁量枠「研究力強化事業(国際学術誌論文掲載補助)」より掲載費を助成しています。
【今後の展開】
本テーマについては、ArkolakisやOssaらにより、計測手法の更なる改善が図られています。同展開を参考にしつつ、筆者も更なる精緻な分析を試みる予定です。
論文情報
著者名:Takahide Aoyagi, Tadashi Ito, Toshiyuki Matsuura
論文名:Welfare gains through globalization: Evidence from Japan's manufacturing
Sector
雑誌名:Journal of The Japanese and International Economies
DOI:https://doi.org/10.1016/j.jjie.2022.101193
URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S088915832200003X