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【研究成果】スマイルカーブ:製造業における変わりゆく付加価値の源泉

2022.04.15

スマイルカーブ:製造業における変わりゆく付加価値の源泉
The smile curve: Evolving sources of value added in manufacturing

【発表者】
伊藤 匡・学習院大学国際社会科学部・教授
Richard E. Baldwin, Professor, Graduate Institute, Geneva

【本件のポイント】

  • スマイルカーブ現象は、経営学の分野にてパソコンやタブレットなど特定の財について示されてきました。すなわち、タブレットの設計やマーケティング工程など付加価値の高い工程は先進国で実施され、付加価値の低い組立工程が発展途上国で実施されています。
  • 本稿では、同現象がパソコンやタブレットのような特定の財だけでなく経済全体で発生しているのかについて、アジア国際産業連関表及び世界産業連関表(World Input-Output Database)を利用して検証しました。
  • 検証の結果、全世界的にスマイルカーブ現象は発生しており、特に他の世界の地域に比してサプライチェーンが進んでいるアジア諸国において顕著であることが見いだされました。
  • アジア諸国における同サービス部門付加価値の増加をその付加価値を生み出した源泉国別にみると、日本や米国、中国が顕著に伸ばしていることが判明しました。

【概要】

 生産工程の国際分業の進展に伴い、先進国側では職が発展途上国に奪われているとの懸念を持つ人々が増えていますが、一方で、発展途上国側では付加価値の高い所謂「良い仕事」は先進国に残ったままで自分たちは付加価値率の低い所謂「悪い仕事」を担わされている、との懸念を持つ人々が増えています。
 本稿では、製造業製品の付加価値別源泉がサービスに移行しサービス工程の付加価値率が高くなっている、所謂スマイルカーブ現象の概念を利用して、上記の相反する見解への解を見出すことを試みました。スマイルカーブ現象は、経営学の分野にてパソコンやタブレットなど特定の財について示されてきました。すなわち、タブレットの設計やマーケティング工程など付加価値の高い工程は先進国で実施され、付加価値の低い組立工程が発展途上国で実施されています。このような現象が、パソコンやタブレットのような特定の財だけでなく経済全体で発生しているのかについての研究は進展していませんでした。そこで、本稿ではアジア国際産業連関表及び世界産業連関表(World Input-Output Database)を利用して、経済全体でスマイルカーブ現象が発生しているのかについて検証しました。
 検証の結果、全世界的にスマイルカーブ現象は発生しており、特に他の世界の地域に比してサプライチェーンが進んでいるアジア諸国において顕著であることが見いだされました。また、アジア諸国における同サービス部門付加価値の増加をその付加価値を生み出した源泉国別にみると、日本や米国、中国が顕著に伸ばしていることが判明しました。
 本成果は、2022330()に、経済学に関する専門誌Canadian Journal of Economics/Revue canadienne d'économiqueに掲載されました。
 本件は、学習院大学学校長裁量枠「研究力強化事業(国際学術誌論文掲載補助)」より掲載費を助成しています。


【背景】

 例えば自動車で言えば、エンジンは日本国内で製造しますが車体やシートなどは中国やインドネシアで生産し最終組み立てはタイで行う、といったように、グローバル化の進展と共に、工程間国際分業(グローバル・バリュー・チェーン)が進んでいます。こうした中、先進諸国及び発展途上国それぞれにおいて、相反する危惧が抱かれています。先進諸国内では、仕事が発展途上国に移ってしまい国内経済の空洞化が生じるという危惧が広まっています。一方で、発展途上国側では、成長していくためにはもはや資源投入型の成長では持続的な成長ができず、このグローバル・バリュー・チェーンの中に入っていくことが成長戦略として重要とされています。ここで注目すべきは、発展途上国のグローバル・バリュー・チェーンへの参加は、製造業などにおける付加価値の構成割合に変化を生じさせた可能性がある点です。1970年代、80年代の付加価値の分布は、製造、加工・組み立て、製造後のサービスがそれぞれ均等に3分の1程度でした、しかし、最近ではサービス部門の比率が高まっています。その中で、製造・組み立て部門の多くを担う発展途上国は、利益率の低い仕事、いわゆる「悪い仕事:Bad-jobs」に留め置かれているのではないかといった懸念が生じているわけです。スマイルカーブ現象と呼ばれるものです。図1が同現象を可視化した図表です。例えば、パソコンの製造を例に挙げてみましょう。1970年代には1000ドルのパソコンを製造した際に、生み出された同1000ドルの付加価値の源泉を工程別に分解すると、プラニングやデザイン、ファイナンスといった製造前サービスから、次の工程である製造工程、更に次の工程であるマーケティングやアフターサービスなどの製造後サービスまである程度一定の付加価値率でした。それが、21世紀にはいると製造工程における付加価値率が減少する一方で製造前後のサービス工程における付加価値率が増加しました。このU字カーブは笑顔にたとえてスマイルカーブと呼ばれています。しかし、同現象はパソコンやタブレットなど一部特定の企業の特定の財について経営学の分野で明らかにされてきたに過ぎず、経済全体でスマイルカーブ現象が生じているのかについては明らかにされてきませんでした。
 本稿は、国際産業連関表を利用して経済全体で同現象が発生しているのか否かについて分析することによって、上記の先進国と発展途上国の相反する危惧にひとつの解を見出すことを試みるものです。

図1:スマイルカーブ現象

図1:スマイルカーブ現象 (パソコンやタブレットなど特定の財)

【研究の内容】

 特にグローバル・バリュー・チェーンの進展が著しいアジア諸国の国際産業連関表である「アジア国際産業連関表(ジェトロ・アジア経済研究所)」及び「国際産業連関表(World Input-Output Database(欧州委員会など)」を利用して、製造業輸出における付加価値の源泉を計測しました。注意すべき点として、企業レベルでの工程別付加価値計測と全く同一のことは経済レベルでは不可能である点があげられます。何故なら、例えばファイナンスのようなサービス工程は、企業レベルでの工程では、製造前におけるファイナンスと製造後におけるファイナンスが区別されていますが、経済(産業)レベルのデータである産業連関表においては、ファイナンスはサービス部門に属しており、製造前と製造後の区分がなされていないためです。そこで、本研究では製造前後を区別せずに、サービス部門全体による付加価値比率は第三次産業部門としてまとめ、製造業部門による付加価値比率は第二次産業部門とし、原油など一次産品を第一次産業部門として、それぞれの部門における付加価値率の変化に着目することとしました。
 分析の結果、以下の点が明らかとなりました。

  • 産業レベルにおいて、製造業における付加価値の源泉を上記の通り第一次、第二次、第三次産業部門に分けると、パソコンやタブレットなど特定の企業且つ特定の製造品について確認された図1のようなU字型のスマイルカーブのように製造工程の付加価値比率が最も低いことはなく、製造業製品の生産においては、製造業内にて生み出された付加価値比率がサービス産業にて生み出された付加価値よりも高いことが確認されました。すなわち、図2のように付加価値率の水準は製造業の割合がサービス業よりも高いことが判明しました。製造業産業別の分析には鉄鋼などの重厚産業も含むため、この発見は当然ともいえるでしょう。
  • しかし、重要なことに、付加価値率に明らかな変化が見られました。製造業の付加価値率が減少する一方で、サービス業の付加価値率が上昇しました。図2における1970年代から21世紀への変化がそれを示しています。

図2:スマイルカーブ現象 (製造業産業レベル)

図2:スマイルカーブ現象 (製造業産業レベル)

 アジア国際産業連関表から計測された日本の製造業における付加価値率の源泉の変化を示しているのが、表1です。1995年には、製造業における生産において第二次産業部門(製造業)が生み出していた付加価値率が68.2%であったものが2005年には64.7%3.5%減少し、一方で第三次産業部門(サービス)が生み出した付加価値率が30.9%から34.0%へと3.1%増加しています。

表1:日本の製造業における付加価値率の源泉別変化(1995年~2005年)

表1:日本の製造業における付加価値率の源泉別変化(1995年~2005年)

 すべてのアジア諸国においてスマイルカーブ現象がみられること、またほとんどの産業においてスマイルカーブ現象がみられますが、一般的にグローバル・バリュー・チェーンが進展しているとされている産業において顕著にみられることが明らかとなりました。また、上記分析をより厳密に明らかにすべく計量経済分析を利用して、経済総体レベルでスマイルカーブ現象が発生していることを確認しました。

  • 付加価値の源泉は製造工程からサービス工程に移行したわけですが、同サービス工程の源泉国の推移について分析しました。例えばタイで10000ドルの自動車の完成品が製造される場合、主要部品であるエンジンは日本から輸入されていることが多いです。日本における同エンジンの生産には、調査開発、設計などサービス工程での付加価値が多く含まれています。例えば、エンジン生産におけるサービスの付加価値が2000ドルだとすると、タイで生産された自動車10000ドルの内、2000ドルは日本のサービス工程で生み出された付加価値ということになります。このように、各国の輸出製品の製造において外国で生み出されたサービス付加価値の変化を分析しました。表2は、タイ(上段)と日本(下段)の機械製品製造業におけるサービス付加価値の源泉国の推移を示しています。タイから輸出された機械製品のサービス付加価値を源泉国別にみると、1985年にはタイ国内シェアが3%であったものが2005年には40.3%と大幅に減少している一方で、日本のシェアは16.5%から21.4%に増加しています。一方で、日本の機械製品製造業の場合は、日本国内のシェアは1985年の96.6%から2005年の90.2%へと減少しその分外国のサービス付加価値率が上昇していますが、その変化幅はタイと比較して少ないです。

表2:タイと日本の機械製品製造産業におけるサービス付加価値の源泉国推移

表2:タイと日本の機械製品製造産業におけるサービス付加価値の源泉国推移

表2:タイと日本の機械製品製造産業におけるサービス付加価値の源泉国推移

 同様の分析を他の国にも実施したところ、付加価値を生み出した源泉国別にみると、日本や米国、中国が顕著に伸ばしていることが判明しました。

【今後の展開】

 産業連関表におけるサービスには調査研究や設計、金融など高度なサービスを含む一方で、単純なサービス工程も含んでいます。これらサービスの種類を更に細分類した産業連関表が作成されるようになり次第、サービス工程をより厳密に高度なサービスに注目して分析を進めていきたいと考えています。

(論文情報)
著者名:伊藤 匡・学習院大学・教授
    Richard E. Baldwin, Professor, Graduate Institute, Geneva
論文名:The smile curve: Evolving sources of value added in manufacturing
雑誌名:Canadian Journal of Economics/Revue canadienne d'économique forthcoming
DOI:https://doi.org/10.1111/caje.12555
URL:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/caje.12555