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【リリース・プレスリリース】微生物が産生するヒ素を含有する珍しい天然物を発見―今後の創薬展開も期待される

2023.08.22

ポイント

  • 放線菌が生産する二次代謝産物としては、初となる有機ヒ素化合物・ビセナルサン(Bisenarsan)の化学構造を明らかにしました。
  • ビセナルサン生合成における炭素-ヒ素結合形成が、新しい酵素反応によって行われることを遺伝学的に明らかにしました。
  • 炭素-ヒ素結合形成に関わる酵素遺伝子の分布を調べた結果、さまざまな放線菌ゲノムに存在することを見いだしました。この結果は多様な有機ヒ素化合物が放線菌によって作られている可能性を示しています。
  • 有機ヒ素化合物は他の化合物群には見られない特異な薬理活性を示す場合も多く、人類最初の化学療法剤サルバルサン(梅毒治療薬)は有機ヒ素化合物であったことからも、有機ヒ素天然化合物であるビセナルサンの創薬方面への展開も期待されます。

概要

環境中に広く存在する無機ヒ素1は猛毒であり、さまざまな生物によって毒性の低い有機ヒ素※1へと変換されます。これまでに同定されている生体由来の有機ヒ素は、多くが無機ヒ素の普遍的な解毒産物やその中間体と考えられており、特に有機ヒ素化合物が微生物二次代謝産物※2として生産される例はほとんど知られていませんでした。

このような背景から、学習院大学理学部生命科学科の星野翔太郎助教・尾仲宏康教授らの研究グループは放線菌3が生産する初の有機ヒ素二次代謝産物であるビセナルサンに着目し、その化学構造を初めて解明しました。本研究で明らかにされたビセナルサンの化学構造は解毒関連代謝物として報告された既知の有機ヒ素とは大きく異なっていました。

また、同グループはビセナルサン生合成に重要な酵素遺伝子群を同定し、詳細なバイオインフォマティクス解析4とあわせてビセナルサン生合成経路を提唱しました。ビセナルサン生合成経路中には5価のヒ素化合物の分子内転移によって新たにC-As結合反応が形成されるという、既存の3価のヒ素化合物からの有機ヒ素生合成とは全く異なる、新しい酵素反応が存在する事が明らかにしました。加えてこのC-As結合反応を担う酵素遺伝子は放線菌ゲノム中に広く分布していることも明らかとなり、本研究で得られた有機ヒ素天然物の発見により、これまでになかった新しい化学構造を有した化合物による新薬の開発が期待できます。

本研究成果は、化学分野において最も権威のある国際化学雑誌『Journal of the American Chemical Society』誌 (Impact Factor: 15.0)のオンライン版に、202383日付けで掲載されました。また、本研究はJSPS科学研究費助成事業(22K20566/23H04543)及び天野エンザイム株式会社による支援の下で実施されました。

背景

猛毒としてのイメージが強いヒ素ですが、その毒性の大部分は亜ヒ酸(3価)やヒ酸(5価)などの無機ヒ素に起因しています。環境中の無機ヒ素は様々な生物の働きによって有機ヒ素へと変換されることが知られており、魚類や海藻などの海洋生物を中心に300種類以上の有機ヒ素化合物が発見され、その多くは無機ヒ素の解毒産物であると考えられています。一方でこれまでに数万種類に及ぶ二次代謝産物が微生物より発見されていますが、分子内に炭素-ヒ素結合 (C-As結合)を持つ例は非常に珍しく、二次代謝産物の主要な生産者である放線菌からもC-As結合を持つ二次代謝産物は長らく未発見でした。一方で近年の先行研究により、放線菌Streptomyces lividans (S. lividans)のゲノム上に存在する特定の生合成遺伝子クラスター※5が、有機ヒ素二次代謝産物の生合成に関与する事が提唱されました (1bsnクラスターと命名)。しかしながらbsnクラスターを構成する各遺伝子の機能はほとんど未解明であった上、S. lividansbsnクラスターを介して生産する有機ヒ素二次代謝産物 (ビセナルサンと命名)の化学構造も未決定のままであり、放線菌におけるヒ素二次代謝経路に関する知見は依然限られていました。

1: ビセナルサン生合成遺伝子クラスター (bsnクラスター)

本生合成遺伝子クラスターの存在は先行研究において既に提唱されていましたが、対応する生合成産物の化学構造は未決定であり、構成遺伝子の機能に関する知見もほとんど有りませんでした。

研究手法・成果

同研究グループは最初にヒ酸塩添加培地を用いたS. lividansの大量培養を行い、ビセナルサンの単離構造決定を試みました。しかしながらS. lividansから単離されたビセナルサンはごく微量であり (3 Lの培養液から0.1 mg未満)、この段階では構造決定に至りませんでした。しかしながら微量精製物に対する詳細な構造解析の結果、ビセナルサンが天然物としては前例のない(2-ヒドロキシエチル)アルソン酸 [(2-hydroxyethyl)arsonic acid; 2-HEA]を部分構造に持つことが推測されました。そこで化学合成した2-HEAS. lividansの培養培地に添加した結果、ビセナルサンの大幅な生産性向上が認められ、構造決定に十分な化合物を得ることに成功しました (3.5 Lの培養液から3.1 mg)。当初の推測通りビセナルサンは2-HEAを部分構造に持ち、その水酸基が分岐脂肪酸※6とエステル縮合した新規化合物でした (2)。従って、ビセナルサンは放線菌由来として初めて化学構造が解明された有機ヒ素二次代謝産物となりました。

2:ビセナルサン単離構造決定の概略

ヒ酸塩のほかに推定生合成前駆体である2-HEAを培養培地に添加する事でビセナルサンの生産性が大幅に向上し、構造決定に十分な化合物を得ることができました。

続いてビセナルサン生合成経路の全容を解明するため、bsnクラスター構成遺伝子の機能解析に着手しました。予備的な実験に基づく生合成遺伝子候補の絞り込みとS. lividansの遺伝子破壊株に対する代謝解析の結果、bsnクラスター内の3つの酵素遺伝子 (bsnJ, bsnM, bsnN)がビセナルサン生合成において特に重要であり、いずれも2-HEA部位の生合成に関わることが明らかとなりました。さらにbsnクラスター構成遺伝子に対する詳細なバイオインフォマティクス解析の結果を考慮する事で、ビセナルサンの推定生合成経路が次の通り示されました (3)

3: 本研究で提唱したビセナルサン(Bisenarsan)の推定生合成経路

無機ヒ素化合物であるヒ酸は転移酵素BsnM及び異性化酵素BsnNの機能により有機ヒ素化合物である3-AnPyへと変換されると考えられます。3-AnPyはその後脱炭酸、還元及び分岐脂肪酸とのエステル縮合反応を経てビセナルサンへと変換されると推測されます。

まず転移酵素※7BsnMの機能によりヒ酸からヒ酸エステルであるアルセノエノールピルビン酸が合成され、続いて異性化酵素※8BsnNの機能により、C-As結合形成を伴って有機ヒ素化合物である3-アルソノピルビン酸 (3-arsonopyruvate; 3-AnPy)へと変換されます。さらに脱炭酸酵素※9BsnJの機能によって3-AnPyから2-アルソノアセトアルデヒド (2-arsonoacetoaldehyde; 2-AnAA)が生成され、bsnクラスター内外にコードされたアルデヒド還元酵素の機能により2-AnAA2-HEAへと変換されます。最後にbsnクラスター内のポリケタイド合成酵素※10により生合成された分岐脂肪酸が、2-HEAとエステル縮合する事でビセナルサンが生成されると考えられます。

生物によるC-As結合形成反応はこれまでにも複数報告されていましたが、その全てが3価のヒ素化合物を基質としたアルキル化反応でした。一方でBsnNによるC-As結合形成機構は5価のヒ素化合物の分子内転移であると考えられ、従来の有機ヒ素生合成におけるC-As結合形成機構とは全く異なっています。またbsnN遺伝子を指標としてこれまでに報告された微生物ゲノムを探索したところ、様々な放線菌がbsnN相同遺伝子を有していました (4)

4: bsnN相同遺伝子は放線菌ゲノムに広く分布する

bsnN相同遺伝子が発見された微生物ゲノム (抜粋)について、周辺領域の遺伝子配置を示しています。bsnN相同遺伝子の上流には常にbsnM相同遺伝子がコードされている他、近傍にはヒ素耐性やヒ素応答に関わる遺伝子群が多数存在します。

さらにbsnN相同遺伝子の上流にはbsnM相同遺伝子が常に隣接しており、その周辺領域にはヒ素耐性遺伝子やヒ素応答性の転写調節遺伝子が多数分布していることも明らかとなりました。

今後の展開

本研究によりS. lividansが生産するビセナルサンの化学構造が解明され、更にその生合成遺伝子群が同定されたことにより、これまで仮説に留まっていた放線菌における有機ヒ素二次代謝経路の存在が立証されました。またbsnM及びbsnN相同遺伝子の放線菌における分布を考慮すると、放線菌には3-AnPyを共通生合成前駆体とする多彩な有機ヒ素二次代謝経路が存在すると推測され、本研究で得られた知見を足掛かりとして今後様々な新規有機ヒ素天然物の発見に繋がることが期待できます。さらに、有機ヒ素化合物は他の化合物群には見られない特異な薬理活性を示す場合も多く、人類最初の化学療法剤サルバルサン(梅毒治療薬)は有機ヒ素化合物であったことからも、有機ヒ素天然化合物であるビセナルサンの創薬方面への展開※11も期待されます。

用語解説

※1 無機ヒ素と有機ヒ素

分子内にヒ素を有する化合物のうち炭素ヒ素結合(C-As結合)を持つものは有機ヒ素、C-As結合を持たないものは無機ヒ素と呼ばれます。無機ヒ素は環境中におけるヒ素化合物の主要形態であり、特に強い毒性を示します。一方で有機ヒ素の毒性は無機ヒ素と比べると概して弱いとされているため、生物は無毒化のため、無機ヒ素を有機ヒ素へと変換すると考えられています。

※2 二次代謝産物

糖・アミノ酸・核酸など生命維持に必須な代謝物 (一次代謝産物)に加え、生物は生命維持に必ずしも必要でない代謝物 (二次代謝産物)を生産します。種を超えて普遍的に存在する一次代謝産物に対し、二次代謝産物の化学構造は種ごとに大きく異なります。二次代謝産物は生命維持に必須でないものの、外敵の排除、金属イオンの利用、細胞間コミュニケーションなど種の生存や繁殖において重要な意義を持つ場合があります。こうした背景から二次代謝産物の中には有用な生理活性を備えたものも多く、医薬品・農薬・染料などの有望な資源となります。

※3 放線菌

土壌を中心にさまざまな環境に生育するグラム陽性細菌の一群です。放線菌は他の細菌群と比較して優れた二次代謝能を持っており、抗結核薬ストレプトマイシンや抗寄生虫薬エバーメクチンなど、さまざまな有用二次代謝産物が放線菌から発見されています。

※4 バイオインフォマティクス解析

生命が持つさまざまな情報を計算機 (コンピューター)上で解析する手法全般を指します。バイオインフォマティクス解析の例として、アミノ酸配列に基づくタンパク質の機能予測や立体構造予測などが挙げられます。

※5 生合成遺伝子クラスター

微生物のゲノム上には、特定の二次代謝産物の生合成に関わる酵素遺伝子が集中してコードされている領域が存在し、生合成遺伝子クラスターと呼ばれています。生合成遺伝子クラスター内には生合成酵素遺伝子のほか、自己耐性遺伝子や転写調節に関わる遺伝子が含まれる場合もあります。放線菌は特に多くの生合成遺伝子クラスターを持っており、各ゲノムあたり2030種類の生合成遺伝子クラスターが存在するとされています。

※6 分岐脂肪酸

炭化水素鎖の末端にカルボキシル基 (-COOH)を有する1価のカルボン酸は脂肪酸と総称され、一次代謝産物である脂質分子の主要成分であるほか、二次代謝産物の部分構造としても良く見られます。脂肪酸のうち炭化水素鎖にメチル基 (-CH3)などの分岐鎖を有するものは特に分岐脂肪酸と呼ばれています。

※7 転移酵素

一方の基質から他方の基質へ転移基と呼ばれる原子団を移動させる反応を触媒する酵素全般を指します。BsnMはヒ酸にピルビン酸 (ピルビル基)を転移させることで、ヒ酸エステルの一種であるアルセノエノールピルビン酸を生成すると推測されます。

※8 異性化酵素

ある化合物を基質として別の構造異性体や立体異性体へと変換する酵素全般を指します。BsnNの推定基質であるアルセノエノールピルビン酸と推定生成物である3-AnPyは互いに構造異性体の関係にあります。

※9 脱炭酸酵素

基質内に存在するカルボキシル基を二酸化炭素として脱離させる酵素全般を指します。

※10 ポリケタイド合成酵素

ポリケトン鎖が修飾を受けて生合成される化合物はポリケタイドと総称され、その生合成を担う酵素がポリケタイド合成酵素です。ポリケタイドは二次代謝産物における大きなグループを形成しており、ポリケタイド合成酵素は分岐脂肪酸の他にもポリフェノール系化合物やマクロライド系化合物など様々な天然物の生合成において重要な役割を果たします。

※11 有機ヒ素の創薬方面への展開

創薬における有機ヒ素の歴史は古く、1910年に発見されたサルバルサンが世界初の化学療法剤(梅毒治療薬)として、1949年に発見されたメラルソプロールはアフリカ睡眠病治療薬としてそれぞれ臨床利用されました。最近の例としては、同じく有機ヒ素化合物であるダリナパルシンが2022年に再発性・難治性リンパ腫治療薬として国内承認されています (商品名: ダルビアス®)

論文情報 

論文名

Insights into Arsenic Secondary Metabolism in Actinomycetes from the Structure and Biosynthesis of Bisenarsan (ビセナルサンの化学構造と生合成から導かれる放線菌ヒ素二次代謝経路に関する知見)

著者名

Shotaro Hoshino, Shinta Ijichi, Shumpei Asamizu, Hiroyasu Onaka

雑誌

Journal of the American Chemical Society 145, 17863-17871 (2023)

掲載日

2023年83 (オンライン公開)

URL

https://pubs.acs.org/doi/10.1021/jacs.3c04978

DOI

10.1021/jacs.3c04978.

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