【研究成果・リリース】「議会討論の政党理論」と議会制度の内生性 -日本の国会から得られる理論的含意-
2023.10.11
発表者
野中尚人 学習院大学・法学部・教授
三輪洋文 学習院大学・法学部・教授
ポイント
- 日本の国会の特質を議会スピーチの定量分析と議会制度の定性分析を組み合わせて説明しました。
- 選挙制度の特徴が議会でのスピーチのパターンに影響するという理論(Party Theory of Parliamentary Debate)から見て、日本ではかなり特殊になっているという点を論証しました。
- 日本の国会では、本会議でのスピーチ・パターンは、個人票誘因※の大きいイギリスのパターンよりも、政党ラベルでの選挙が中心のドイツのパターンに近くなっており、理論的に興味深い例となっています。
概要
日本の国会におけるスピーチ活動にはどのような特質があるのか、それは現在の比較政治学における主要な説明理論との関係という観点から見た場合に、いかなる評価が可能なのかを検討しました。現在の主要な理論(Party Theory of Parliamentary Debate)は、特に「個人票誘因※」の強さと政党ラベルの重要性が選挙制度によって規定され、その結果が議会内でのスピーチのパターン(誰が、どのような頻度で、またいかなる内容のスピーチを行うのか)に現れると論じています。本研究は、日本の実態が必ずしもこの理論をストレートに反映しないことをデータによって実証し、その理論的な位置づけを再検討したものです。
本研究成果は2023年8月25日にParty Politics誌のオンライン版に掲載されました。
本研究は、科学研究費補助金(挑戦的研究(開拓)20K20509)ならびに野村財団(N22-3-L30-008)からの資金援助を受けています。また、本発表は、学習院大学グランドデザイン 2039「国際学術誌論文掲載補助事業」より掲載費を助成しています。
研究内容
国民の代表者によって構成される議会では、その基本的な性質上、常に様々な議論・討論が行われており、またそれらは、大量の(テキスト・)データとして保存されています。この10年ほどの間に、コンピュータの計算能力の拡大や自然言語処理技術が大きく進歩し、そうした豊富なテキスト・データを活用して議会での実際の活動のパターンやその意味内容を解析する研究が増えてきました。
本研究は、そうしたデータ・解析技術面での条件を活用し、日本の国会の特質を解明することを目指したものです。むろん、議会(国会)という機関・組織は極めて複雑に構成されていますので、1本の論文でそのすべてを解明することはとても望めません。全体の構想は、日本の国会がかなり大きな点で変則的な運用になっており、ある面では深刻な機能不全状態にあることをデータを通じて明らかにします。同時に、それを丁寧に説明することで全体として国会論を再構築することを目指します。その第一歩が本研究です。ヨーロッパの議院内閣制諸国での経験から構築されている比較議会理論は、当然重要な骨格です。しかし、その枠組みと日本の実態との接点はどこにあるのか。本研究はそれらを客観的に検討することでもあります。
本研究では、国会の中でのスピーチ活動の分析を行ったわけですが、それらは、現時点でのスタンダードな説明理論から見ると、かなり強い例外になっています。その理由として考えられるのが、特に国会の中の制度です。国会の中の制度、例えば、本会議、または委員会ではどのようなルールで発言時間の配分がされているのか。あるいは、そもそも本会議と委員会のシステムとはどのような関係になっているのか、などといった点です。また、それらのルールに則りながら、実際にそれを運用するのは各政党(国会の内部では党派)なので、各政党の中にどのようなルールが形成されているのかも重要な点となります。つまり、政党間の合意・妥協として形成される国会内の制度・ルールと、各政党がそれぞれ構築する党内ルールとの組み合わせによってスピーチ活動のパターンが生み出されていると理解出来るという訳です。
Parliamentary rules for floor access | ||||
Individual access, no party list |
Party lists favored, individual access |
Party lists, no individual access |
||
Incentive for personal votes |
Strong | AUS, CAN, IRL, USA, GBR, NZL (pre-96) | FRA, FIN | JPN |
Moderate | CZE | AUT, HUN, NZL (post-96), DEU, SWE, NLD | BEL, DNK, NOR, SVN | |
Weak | ITA | ISR, ESP, PRT |
選挙制度の特質として、個人票誘因が強いのか弱いのかと、議会本会議でのスピーチを誰に認めるのかに関する決定の仕方との関係を整理したものです。Party Theory of Parliamentary Debateの議論の骨格を示しています。その中で、JPN(日本)が基本的なパターンからずれていることを示しています。
本研究は、そうした観点からデータによってその実態を特定し、それについての説明を制度条件の変遷によって説明したことになります。大いに意義があると思いますが、今後に向けた課題も数多く残されています。本会議はなぜ極端に機能縮小したのか、多数決機関であるにもかかわらず与党議員の活動が極端に少なくなったのは何故か、あるいは、議員間の討論がほとんど消滅してしまったのは何故か。これらの課題を検討しつつ、国会の全体的な特性を再構築する作業が今後も必要になると思います。
用語解説
※ 個人票誘因 | 個人票誘因とは、選挙での投票に際して、個々の立候補者を選んでその個人に投票することを重視するような誘因を指しています。反対にあるのは政党(そのラベル)を重視して投票先を決める場合です。1994年に選挙制度が変更されるまで、衆議院議員の選挙には中選挙区制が用いられてきましたが、この選挙制度は、個人票誘因が非常に強い選挙制度として知られてきました。 |
論文情報
論文名 | Party Theory of Parliamentary Debate and the Endogenous Nature of Parliamentary Institutions: Theoretical Implications from Japan's Diet |
雑誌 | Party Politics(online) |
著者名 | Naoto Nonaka,Hirofumi Miwa |
DOI | 10.1177/13540688231195197 |
URL | https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/13540688231195197 |