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遺伝性小脳失調症の原因となる新たな遺伝子変異を発見―遺伝子補充により成体でも小脳シナプスと運動機能が回復―

2026.09.10

遺伝性小脳失調症の原因となる新たな遺伝子変異を発見
―遺伝子補充により成体でも小脳シナプスと運動機能が回復―

ポイント

  • 遺伝性小脳失調症の患者から、シナプス形成を担うタンパク質「CBLN1」の新たな遺伝子変異を発見しました。
  • 患者由来の遺伝子変異を導入したモデルマウスでは、シナプス異常に加え、小脳の萎縮や運動失調、さらには運動学習障害など、患者と共通する病態が認められました。
  • 症状を示す成体マウスに正常なCBLN1遺伝子を補充すると、その症状が著しく改善されることから、本成果をもとに遺伝性小脳失調症に対する新たな治療法の開発が期待されます。

研究の概要

 学習院大学理学部の掛川渉教授らの研究グループは、慶應義塾大学・柚﨑通介教授らとの共同研究により、遺伝性小脳失調症の原因となるCBLN1(シー・ビー・エル・エヌ・ワン)遺伝子の変異を発見し、その発症メカニズムの一端をマウスを用いた実験で明らかにしました。さらに、正常なCBLN1遺伝子をマウス脳内に補充することで、その症状が劇的に改善されることがわかりました。

 CBLN1は、脳内の神経細胞をつなぐ「シナプス」の形成・維持に関わる重要な分泌性タンパク質です。研究グループは、幼少期から重篤な運動失調を示す患者家系において、CBLN1遺伝子の両方のコピーに変異が存在することを見出しました。

 患者で見つかった変異を導入したモデルマウスを作製し解析したところ、患者と同様に小脳の萎縮やシナプスの形成・機能異常が生じ、運動失調や運動学習障害も認められました。一方、すでに症状を示す成体マウスに、正常なCBLN1遺伝子をウイルスベクターを用いて補充すると、シナプス異常や運動機能が著しく改善し、その効果は長期間維持されました。

 本研究成果は、遺伝性小脳失調症の病態解明を進めるとともに、新たな治療法の開発につながる重要な足掛かりになるものと期待されます。
本研究はエジプト国立研究センターおよびカリフォルニア大学サンディエゴ校を含む国際共同研究として実施され、その成果は2026年9月2日(日本時間9月3日)に国際学術誌「Molecular Therapy」に掲載されました。

研究の背景

 遺伝性小脳失調症※1は、小脳の機能異常によって運動失調や運動学習障害を伴う遺伝性神経疾患です。近年、ゲノム解析技術の進歩により、小脳失調症の原因遺伝子が次々と報告されていますが、現在でも原因不明の症例が数多く存在し、疾患そのものを改善する治療法も確立されていません。

 一方、脳内の神経細胞をつなぐ「シナプス※2」の異常が、さまざまな神経疾患の発症に関わることが明らかになっています。著者らはこれまで、シナプスを支える複数のタンパク質を同定してきましたが、その一つであるCBLN1※3は、小脳の神経細胞から分泌され、シナプスの形成・維持に働くユニークな分泌性シナプス形成因子として注目されています。実際に、CBLN1遺伝子を欠く変異マウスでは、重篤なシナプス形成異常や運動失調が生じます。しかし、CBLN1の異常が実際にヒトの小脳疾患を引き起こすのか、さらに、発症後に正常なCBLN1を脳内に補うことで、その症状を改善できるのかはわかっていませんでした。

研究の内容

 研究グループは、乳幼児期から運動発達の遅れを示し、その後、運動失調や歩行障害を呈した2つの家系を解析しました。すると、患者のMRI画像では、小脳の萎縮が認められました(図1)。また、遺伝子解析の結果、それぞれの家系からCBLN1遺伝子の異なるミスセンス変異(A63PおよびY112C)※4を同定しました。患者はいずれも変異を両親から1コピーずつ受け継いでいました。

 次に、これらの変異がCBLN1タンパク質にどのような影響を与えるかを調べました。その結果、変異型CBLN1は細胞内で正常に成熟・輸送されず、細胞外へほとんど分泌されないことがわかりました(図1)。そのため、シナプス形成に必要なCBLN1がシナプスに届かなくなることが、疾患の発症につながると考えられます。

図1.遺伝性小脳失調症患者に見られる小脳萎縮・シナプス異常・運動機能障害

 さらに、患者で見つかったY112C変異を導入したモデルマウスを作製し解析したところ、このマウスでは、シナプスに存在するCBLN1がほぼ消失し、小脳のシナプス形成や情報伝達が障害されました。また、それに伴い、重篤な運動失調に加え、小脳依存的な運動学習も著しく障害されました(図2)。

 そこで研究グループは、すでに症状を呈している成体マウスでも、正常なCBLN1を補うことで機能を回復できるのではないかと考えました。正常型CBLN1を発現するアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクター※5を作製し、シナプスを囲むアストロサイト※6からCBLN1を持続的に分泌させる方法を開発しました。このAAVを成体の変異マウスに全身投与したところ、アストロサイトで作られたCBLN1が小脳シナプスまで到達することが確認されました。その結果、障害されていた小脳シナプスの構造と情報伝達が回復し、さらに、歩行障害や運動学習などの行動異常も改善しました(図2)。

図2.病態モデルマウスへのCBLN1遺伝子補充によるシナプスおよび運動機能回復

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

 本研究では、CBLN1遺伝子変異がヒトの遺伝性小脳失調症を引き起こすことを世界で初めて明らかにしました。また、症状を示す成体マウスに正常なCBLN1を補充することで、障害されたシナプスや運動機能が回復することを示しました。これらの成果は、CBLN1遺伝子変異による遺伝性小脳失調症の病態を理解するとともに、新たな治療法を考える上で重要な知見となります。

 研究グループはこれまで、CBLN1の発現を欠く変異マウスの脳内に、精製したCBLN1タンパク質を直接投与することで、重篤な運動失調が劇的に改善することを報告していました。しかし、その効果は一時的であり、投与したタンパク質が分解される約10日後には、再び症状が現れました。これに対し、今回の研究では、ウイルスベクターを用いて正常なCBLN1遺伝子を導入することにより、1回の投与で6か月以上にわたって回復効果が維持されることを確認しました。この結果は、CBLN1を持続的に補充する遺伝子治療が、本疾患に対する治療戦略となる可能性を示すものです。

 一方、遺伝性小脳失調症にはCBLN1以外にも多くの原因遺伝子が存在し、現在も原因が特定されていない症例には、さらに未知の原因遺伝子が存在すると考えられます。また、原因となる遺伝子やその働きが異なれば、病気が生じる仕組みも異なるため、それぞれの原因や病態に応じた治療法を検討していくことが重要です。加えて、今回示された治療効果はマウスを用いた前臨床段階の所見であり、ヒトへの臨床応用には、ウイルスベクターの投与方法や安全性、適切な投与量、治療時期、効果の持続性など、多くの課題が残されています。今後、これらの課題について慎重に検討を重ねる必要がありますが、本研究成果は、遺伝性小脳失調症の原因と病態の理解をさらに進めるとともに、それぞれの病態に応じた新たな治療法の開発につながることが期待されます。

用語解説

※1 遺伝性小脳失調症:遺伝子の異常によって小脳の機能が障害され、歩行時のふらつき、手足の運動のぎこちなさ、発話や眼球運動の異常などを生じる疾患群。

※2 シナプス:神経細胞どうしが情報を受け渡す接合部。学習や記憶などの脳機能を支える基本単位の一つ。

※3 CBLN1:経験や学習に応じて神経細胞から分泌されるタンパク質で、情報を送る細胞と受け取る細胞にそれぞれ存在する分子を橋渡しし、シナプスの形成と維持を支える。CBLNには1~4のサブファミリーが存在し、小脳をはじめとするさまざまな脳領域で重要な役割を果たしている。

※4 ミスセンス変異:遺伝子の塩基配列の変化により、タンパク質を構成するアミノ酸の一部が別のアミノ酸に置き換わる遺伝子変異。A63P変異はCBLN1の63番目のアラニン(A)がプロリン(P)に置換された変異。一方、Y112C変異は112番目のチロシン(Y)がシステイン(C)に置換された変異。

※5 アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクター:目的とする遺伝子を細胞へ届けるために利用されるベクター。AAVベクターを用いた遺伝子治療はすでにいくつかの疾患で実用化されており、臨床の場でも利用されている。本研究では、正常型CBLN1遺伝子をアストロサイトに導入するために用いた。

※6 アストロサイト:脳に存在するグリア細胞の一種で、神経細胞やシナプスを取り囲み、その機能を支える。本研究では、正常なCBLN1タンパク質を持続的に供給する細胞として利用した。

研究助成

 本研究は、JSPS/MEXT科研費(課題番号JP24K02212、JP22K19364)、武田科学振興財団、内藤記念科学振興財団およびブレインサイエンス振興財団の支援を受けて実施されました。

発表者

山崎 世和(慶應義塾大学(研究当時)/東京科学大学(現在) 助教)
掛川 渉(学習院大学 教授)
林 亜由美(慶應義塾大学 特別研究員)
小川 直子(慶應義塾大学 特別研究員)
高野 哲也(九州大学 独立准教授)
松田 恵子(慶應義塾大学 独立准教授)
高津戸 久美(慶應義塾大学(研究当時) 大学院生)
Mohamed S. Abdel-Hamid(エジプト国立研究センター 研究室長)
Maha S. Zaki(エジプト国立研究センター 教授)
Joseph Gleeson(カリフォルニア大学サンディエゴ校 教授)
柚﨑 通介(慶應義塾大学 教授)

論文情報

論文名: AAV-mediated CBLN1 replacement rescues hereditary ataxia caused by biallelic CBLN1 variants
雑誌:Molecular Therapy
著者名:Tokiwa Yamasaki*, Wataru Kakegawa* (*共同筆頭著者), Ayumi Hayashi, Naoko Ogawa, Tetsuya Takano, Keiko Matsuda, Kumi Takatsuto, Mohamed S. Abdel-Hamid, Maha S. Zaki, Joseph Gleeson, Michisuke Yuzaki
DOI:10.1016/j.ymthe.2026.09.003
URL:https://www.cell.com/molecular-therapy-family/molecular-therapy/abstract/S1525-0016(26)00772-0

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