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【研究成果・共同プレスリリース】藍藻だって "心変わり" する

2022.05.09

藍藻だって "心変わり" する

 電気通信大学 大学院情報理工学研究科の中根大介 助教、日本学術振興会 海外特別研究員の榎本元 博士、学習院大学 理学部の西坂崇之 教授らの研究グループは、藍藻の走光性がc-di-GMP によって制御されることを明らかにしました。この成果は総合生命科学誌 eLife に掲載されました。

【ポイント】

  • 光合成細菌である藍藻は「光」という刺激に対して、好きまたは嫌いという2つの真逆の応答を示します。この "好き嫌い" の切り替えがどのように起きるのかはこれまで不明でした。
  • "光が好き" だという応答は緑色光によって誘起され、藍藻は光に向かって動きはじめました。一方、"光が嫌い" だという応答は、緑色光+青色光で誘起され、光から離れるように動きました。この真逆の意思決定は1分程度の光刺激によって可逆的に操作可能でした。
  • 一連の藍藻の意思決定には、c-di-GMP という低分子の細胞内濃度に依存することも見出しました。緑色光を検出すると c-di-GMP が分解されて細胞内濃度が低くなりましたが、青色光を検出すると c-di-GMP が合成されて濃度が高くなりました。この情報伝達物質の濃度変化によって、藍藻は心変わりを引き起こします。
  • 藍藻の心変わりは環境応答という視点でも重要です。日々刻々と移り変わる自然環境にすぐさま応答することで、自身に最適な光環境へと移動できるのだと考えられます。

図

【背景】

 藍藻とは酸素発生型の光合成を行う細菌です。光合成によるエネルギー獲得のために、より良い光環境へと移動することができます。この応答のことを走光性と呼びます。光が弱い場合には、光合成の効率を上げるために光源に向かって動きます(正の走光性)。一方、光が強すぎると、細胞へのダメージやストレスを低減させるため、光源から逃げるように動きます(負の走光性)。すなわち、藍藻は「光」という刺激に対して、"好き" または "嫌い" という2つの真逆の応答を示すことができるのです。しかし、藍藻がどのように光の好き嫌いをすばやく切り替えているのかは明らかになっていませんでした。


【手法】

 Thermosynechococcus vulcanus という好熱性藍藻に注目し、生理条件下での細胞動態を光学顕微鏡下で詳細に観察しました。光刺激照射システムを構築し、青色、緑色、赤色といった様々な波長の光を網羅的に組み合わせて、藍藻の好きな波長と嫌いな波長を明らかにしました。遺伝子操作によってこの応答に関与する光受容体を同定しました。また、生化学的解析により情報伝達に関与する分子を定量化しました。さらに、藍藻1個体を特殊な顕微鏡でライブイメージングすることで、指向性運動の制御機構を可視化しました。


【成果】

 本研究では、緑色光によって藍藻の正の走光性が引き起こされること、これに青色光が加わることによって負の走光性に切り替わることを明らかにしました (図1ABC)。この走光性の正負の切り替えには光受容タンパク質である SesA, SesB, SesC が協調的に関与していました。過去の生化学的な研究から、これらのタンパク質はいずれも c-di-GMP という環状ヌクレオチドを合成または分解する活性を持つことが知られています。そこで細胞内のc-di-GMPを定量化すると、正の走光性では濃度が低く、負の走光性では濃度が高くなることが明らかになりました。すなわち、緑色光によって c-di-GMP が分解されると、"光が好きだ" と認識し、青色光によって c-di-GMP が合成されると "光が嫌いだ" と認識するようです。この結果から、藍藻の心変わりは細胞内の c-di-GMP 濃度によって起きていることを明らかにしました (図1D)。

図

図1. (A) 負の走光性と移動する藍藻の軌跡。(B) 移動する藍藻のキモグラフ。緑, 緑+青, 緑の順に右側から光を照射した。(C) 藍藻の移動方向の角度ヒストグラム。(D) 細胞内c-di-GMP濃度による走光性の正負スイッチの模式図。

 では、なぜ藍藻は光の向きを認識して運動することができるのでしょうか。ここにはIV型線毛装置という超分子構造体が関与していました。IV型線毛と呼ばれる細く長い繊維構造が膜表面に存在しており、それを伸長・付着・収縮を繰り返すことで藍藻は運動します。これはアメコミヒーローのスパイダーマンを彷彿とさせる移動様式です (図2A)。これまでたくさんの細菌がこの運動を示すことが報告されています。一般的には、棒状の細胞が細胞端からIV型線毛繊維を伸ばすことで、細胞の長軸方向に移動します (図2B上図)。しかし、本研究で注目した藍藻は細胞の短軸方向にも移動しました (図2B下図)。IV型線毛を蛍光色素標識して動態を可視化すると、細胞端の中で非対称に分布しており、藍藻は短軸に沿った細胞極性をつくることが明らかになりました (図2C)。

図

図2. (A) IV型線毛による運動様式。(B) 長軸方向の細胞移動と短軸方向の細胞移動の模式図。下図に示したものが今回の発見。(C) 蛍光色素標識により可視化したIV型線毛の非対称分布。

【今後の期待】

 真核生物ではcAMP や cGMP などの環状ヌクレオチドが情報伝達物質(セカンドメッセンジャー)として機能しており、関連分野の最重要課題として研究が展開していました。一方、c-di-GMPは細菌に特徴的な情報伝達物質として、近年、多様な研究が報告されつつあります。c-di-GMP によって走光性の正負が切り替わっていたという事実は、藍藻が高い空間分解能を持った情報伝達を行っていることを示唆します。これまでは細胞長軸に沿った細胞極性が一般的でしたが、藍藻が短軸に沿った細胞極性も生み出すことが可能だということを私たちは実験的に証明しました。今回注目した IV型線毛装置のモーター部位には c-di-GMP の結合配列が見つかっています。今後は、どのように c-di-GMPが短軸に沿った細胞極性を生み出すのか、その制御機構の解明が期待されます。
 この研究では、ごく短時間の光照射で藍藻の情報伝達の正負が制御可能であることを示しました。このような心変わりは一体何の役にたっているのでしょうか。「藍藻の心変わりは生態系においても重要だと考えられます。日々刻々と変化する光刺激を迅速かつ正確に認識できなければ、過酷な自然環境を生き抜くことはできないのでしょう。藍藻の "移り気な性格" は自然の過酷さに振り回された結果として形成されたのかもしれません。」と、筆頭著者である中根助教は話しています。湖沼のアオコや温泉のバイオマット、家の水槽の中であっても、藍藻は光情報の変化を絶えず受け取り、自身がより確実に生存できるように、まわりの様子を今も窺っているのかもしれません。


プレスリリース原本はこちら(リンク)