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【研究成果・共同プレスリリース】細菌集団は右には回れない?

2021.06.23

細菌集団は右には回れない?
Large-scale vortices with dynamic rotation emerged from monolayer collective motion of gliding Flavobacteria

研究体制:
国立大学法人 電気通信大学 学習院大学

【ポイント】
○土壌細菌が巨大な渦パターンを形成することを発見した
○渦パターンは100万個体以上の細菌からなり、必ず反時計回りに回転しながら巨大化した
○これは細菌がレーダーのように栄養分を感知する新しい戦略なのかもしれない

動画:土壌細菌が渦パターンを形成する様子(約22MB)(国立大学法人電気通信大学 中根大介助教より提供)

電気通信大学 基盤理工学専攻 化学生命工学プログラム 中根大介 助教、学習院大学 理学部 物理学科 西坂崇之 教授らの研究グループは、微生物集団が自発的に渦パターンを形成し、反時計回りに回転しながら巨大化することを発見しました。この成果は米国微生物学会の学術誌 Journal of Bacteriology に掲載されました。
(論文URLはこちら https://journals.asm.org/doi/10.1128/JB.00073-21

【概要】
細菌はもっとも小さく単純な生命体の1つであり、1ミリの 1/500 ほどの大きさしかありません。小さな培養シャーレの上には日本の人口に匹敵する集団が混み合いながら生活をしています。顕微鏡をつかって眺めてみると、この細菌集団が動き回り、自己組織化することで、様々な模様をつくりだすことがあります。本研究では、土壌にいる細菌が、自身の1000倍近くの大きさの渦をつくりだし、それらがぐるぐると反時計回りに回転しながら巨大化する様子を捉えることに成功しました。詳しく観察すると、内側にいる細菌は自身で積極的に動くわけではなく、外側にいる一部の活発な細菌によって回転させられているようにみられました。この渦は飢餓環境で特徴的にあらわれることから、レーダーのように栄養分を探し出す細菌集団のユニークな生存戦略なのかもしれません。

【背景】
集団運動は物理学や生物学分野の研究者を魅了してきた研究テーマの1つです。鳥や魚の集団運動に代表されるように、司令塔がいなくとも大規模なパターンが生まれ、まるで意志を持ったかのように動き回ります。このような集団運動は、この地球上でもっとも単純な生物である細菌でもみられ、たくさんの研究報告があります。これらの多くは大腸菌など実験室でよく使われる微生物を対象にしており、ちょっと変わった生物種における集団運動はこれまであまり注目されていませんでした。

図

図: 細菌集団がつくる渦パターン。(左上)寒天プレート上での2次元的なパターン形成。細菌を低栄養条件で培養した後、顕微鏡で観察した画像。表面上を広がりながら、小さな渦があらわれて、大きな渦へと変化していく。(右上)大きな渦を拡大したもの。その中に含まれる細菌1匹を観察することができる。この渦は周りの渦を取り込みながら巨大化してゆく。(下)集団運動によるパターン形成の経時変化を模式的にあらわした図。

【手法】
本研究では、土壌細菌 Flavobacterium johnsoniae(フラボバクテリウム・ジョンソニエ)に注目し、この集団がパターン形成を行う様子を観察しました。寒天プレートという微生物研究で用いられる固体表面上で本細菌を培養し、集団が生み出す模様を光学顕微鏡下で30時間のあいだ刻一刻と記録しました。表面の上では細菌同士の乗り越えが起きないため、たった一層の細菌がぶつかり・くっつき・はなれながらダイナミックに動く様子を捉えることができました。得られた一連の画像を定量的に解析することで、このパターン形成の特徴を明らかにしました。

【成果】
本研究で注目しているパターン形成は、この細菌で特徴的にみられる表面運動によって駆動することで生じていました。この運動は細菌1匹ではランダムですが、複数の細菌同士がくっつくと滑らかに動き、かつ、左旋回に偏りがみられました。これらが高密度になると、自身の大きさの30倍程度の小さく均一な渦模様を形成しました。また、さらに時間が経過すると、今度は周囲の渦を取り込みながら成長し、自身の大きさの500倍程度の大きな渦模様を形成しました。前者の小さな渦模様はこれまでに多様な生物でみられる短距離の相互作用によるパターン形成と類似していました。しかし、後者の大きな渦模様および、その際に生じる一様な反時計回りの回転はこれまでに報告がありませんでした。さらに細かく観察すると、この大きな渦の中にいる細菌は受動的に回転しており、その周りにいる少数の活発に動く細菌がこの回転の駆動力を生み出しているようにみられました。大きな渦模様の回転は、まわりの栄養分がなくなったときに特徴的にみられるため、この仕組みは微生物がより良い環境をみつけるための生存戦略なのかもしれません。

【今後の期待】
なぜ、大きな渦模様が左にしか回らないのか、なぜ細菌が塊になると左旋回をしやすくなるのか、これらの理由はよくわかっていません。細菌1個体の動きを生み出す装置の中に、ちょっとしたねじれや偏りがあると、このようなパターンが形成されるのではないかと考えています。

集団運動は魚や鳥など高等生物にもよくみられます。これらの観察条件を自由に変えながら何度も実験することは不可能に近いと言えます。けれど、小さな細菌ならこれが可能です。本細菌は遺伝学的な手法も比較的発達しているため、さまざまな変異株を作成することができます。もし、細菌の体を思いどおりに作り変えることができれば、どのようなパターンが生まれるのでしょうか?研究者が生物のかたちをデザインし、そこから自発的に生まれる模様を眺めてみる。この実験材料を使えば、そのようなアプローチが将来的には可能になるかもしれません。

本研究で注目した渦は、気象衛星から眺めた台風といった非生物にみられる模様ともよく似ています。筆頭著者である中根助教は「南半球だとどうなりますか、とよく聞かれます。あちらだと反対になり、右にしか回らない、という結果が出るのかもしれません。今の状況ではすぐに海外にいくことはできませんが、将来的には試してみたいことの1つです。」と、話しています。筆頭著者である中根助教は、今回の発見のように細菌の運動を高精度に測定する研究を西坂教授と進めてきました。こういった成果が評価され、今年度の文部科学大臣表彰 若手科学者賞にも選ばれています。これまで注目されてこなかった細菌であっても、ちょっと顕微鏡を眺めてみると、新しい研究がまだまだ残されているのだと考えられます。


プレスリリース原本はこちら(リンク)