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【研究成果・共同プレスリリース】肺炎の病原細菌が遡上することを発⾒

2022.07.15

肺炎の病原細菌が遡上することを発⾒

 電気通信⼤学 ⼤学院情報理⼯学研究科の中根⼤介 助教、学習院⼤学 理学部の⻄坂崇之 教授らの研究グループは、ヒト肺炎の病原細菌が「⾛流性」を⽰すことを発⾒しました。この成果は⽶国科学誌 PLOS Pathogens に掲載されました。

【ポイント】

  • ヒト肺炎の病原細菌であるマイコプラズマは我々⾼等⽣物に寄⽣し動きまわる。
  • この運動は今から 80 年前に発⾒されたが、何のために動くのかは不明であった。
  • 本研究では、この⼩さな細菌が⽔流の流れに逆らって運動することを発⾒した。
  • 「⾵⾒鶏」のように、流れを受けると細菌が上流に向かって配置する。
  • これにより宿主表⾯にある「流れ」を利⽤して⾃⾝の⽬的地に到達するのだろう。
  • この発⾒はマイコプラズマ肺炎の治療法を考える上で重要な新しい視点を与える。

流れに逆らうマイコプラズマのイメージ図  

流れに逆らうマイコプラズマのイメージ図  

(動画:14秒)

【背景】

 ⽇本で毎年数万〜数⼗万⼈が発症しており、ヒト市中肺炎の 10-30%を占める "マイコプラズマ肺炎" は、 Mycoplasma pneumoniae (マイコプラズマ・ニューモニエ)という細菌によって引き起こされます。この⼩さな細菌は、我々の組織に付着して、付着したまま滑るように動くことが知られています。この動きは滑⾛運動と呼ばれ、今から 80年前に⾒つかっていました。けれど、何のために滑⾛運動をするのか、この動きの役割についてはこれまではよくわかっていませんでした。
 論⽂の筆頭著者である中根助教らは、マイコプラズマが実際に⽣育する環境中には⽔流の流れがあることに注⽬しました。例えば、私たちの喉の奥にある気管上⽪には肺から喉に向かって⼀⽅向的な流れがあります。これは粘液繊⽑クリアランスという異物排出機構であり、細菌がここに付着しても体外に向かって流されてしまいします。けれど、もしマイコプラズマが流れに逆らって動くことができるのなら、⽬的地である肺に到達することができます(図1)。本研究では、この仮説を実験的に検証することにしました。

図

図1.著者らの仮説。感染経路におけるマイコプラズマ滑⾛運動の役割。左上: 肺炎マイコプラズマの電⼦顕微鏡写真。右上:感染経路。下:気管上⽪の流れに逆らって動くマイコプラズマのモデル図。

【手法】
 マイコプラズマは⼩さな細菌であるため、私たちの体の中で運動する様⼦を直接とらえることはできません。そこで、⽔流の流れを⼈為的に作りだし、流れの中での細菌のふるまいを光学顕微鏡で観察する実験系を構築しました。マイコプラズマを観察する流路に⽳をあけ、シリンジポンプと接続することで、厳密に制御された流れを作り出すことに成功しました(図2)。

図

図2.実験装置の模式図。⼈為的な流れをつくり、その中でマイコプラズマを観察した。 

【成果】
 結果は期待したとおりでした。流れがないとき、肺炎マイコプラズマは同じところをぐるぐると動きましたが、流れを与えると流れに逆らって⼀⽅向的に運動しました(図3)。この応答性は正の⾛流性と呼ばれ、⿂などの⾼等⽣物でよく知られています。けれど、肺炎マイコプラズマが⾛流性を⽰すことは今回の実験で初めて⽰されました。 

図

図3.肺炎マイコプラズマの⾛流性。上図:流れがないときの運動の軌跡。運動に⽅向性はない。下図:流れがあるときの運動の軌跡。画像の右から流れを与えた。⻩⾊丸で囲んだ菌体を解析した。 

 なぜ、マイコプラズマは⾛流性をもつのでしょうか?不思議なことに流れを感じるような特殊なセンサーがあるわけではありません。マイコプラズマは⾮対称な形状をしており、先端の膜突起部位で表⾯に付着しています。流れを受けたときのマイコプラズマのふるまいを光学顕微鏡で詳しく解析してみると、先端を付着させたまま、⾃⾝のおしり側を回転させていました。これにより、流れの軸に逆らうような向きにマイコプラズマの体が配置します。これは⾵⾒鶏が⾵上を向く仕組みとそっくりです。 
 では、どれほどの流れに耐えることができるのでしょうか?だんだんと流れの速さを上げて、耐えうる最⼤流速から⼒を計算すると 1.5×10−8 グラム重ほどであることがわかりました。これは 1 円⽟を持ち上げる⼒のわずか 7 千万分の1ほどの弱い⼒ですが、この値から肺炎マイコプラズマは感染経路にある気管上⽪の流れに⼗分に耐えうることが⽰唆されました。 
 なぜ、マイコプラズマは⾛流性をもつのでしょうか?滑⾛運動を⽰す他のマイコプラズマである Mycoplasma mobile(マイコプラズマ・モービレ)や Mycoplasma penetrans(マイコプラズマ・ペネトランス)でも同様の⾛流性を⽰すことを著者らは明らかにしました。Mycoplasma mobile は⿂のエラからみつかった細菌であり、エラではガス交換のため流れが⽣じています。Mycoplasma penetrans はヒトの尿道から⾒つかった細菌で、尿道では膀胱に向けた流れがあります。これらのマイコプラズマの⾛流性も、肺炎マイコプラズマと同様に、実際の⽣育環境で⾒られる流れに耐えうるだけの性能があることを明らかにしました(図4)。

図

図4.3種のマイコプラズマの⾛流性。いずれも⾮対称形状をしている。それぞれの⼒を⾚数字で⽰した。 

【今後の期待】
 ⾛流性は、この病原細菌によって引き起こされる感染症を予防・対策するために重要な情報となると期待されます。マイコプラズマは寄⽣性の細菌であるため、宿主の表⾯から流されてしまうと、単独では⽣存することはできません。流れに逆らうことで、⾃⾝の⽣存に適した環境へと移動するのでしょう。今回発⾒された⾛流性が実際にどれほど感染プロセスに貢献しているのか、これから⼗分に調べてゆく必要があります。筆頭著者である中根助教は「流れをうまく利⽤して⽬的地に到達するのは⾮常にかしこい戦略だと⾔えます。マイコプラズマが何のために動いているのか、⻑年の疑問でした。今回発⾒した⾛流性は、この⼩さな細菌が動く意味そのものだと⾔えるのかもしれません。」と述べています。

プレスリリース原本はこちら(リンク)