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【研究成果】慢性的な紫外線損傷ストレスに対する耐性機構がゲノム安定性に及ぼす影響

2022.10.06

慢性的な紫外線損傷ストレスに対する耐性機構がゲノム安定性に及ぼす影響

Diploid-associated adaptation to chronic low-dose UV irradiation requires homologous recombination in Saccharomyces cerevisiae

1.発表者

芝田眞菜 学習院大学自然科学研究科生命科学専攻・卒業生
毛谷村賢司 学習院大学理学部生命科学科・元助教
塩入拓也 学習院大学自然科学研究科生命科学専攻・卒業生
野田俊輔 学習院大学自然科学研究科生命科学専攻・博士後期課程2年
赤沼元気 学習院大学理学部生命科学科・助教
菱田卓 学習院大学理学部生命科学科・教授

2.ポイント

  • 慢性的な低レベル紫外線照射環境における細胞の耐性メカニズムを明らかにした。
  • 紫外線損傷が修復できない細胞では、複製阻害に起因する一本鎖DNAの蓄積が増殖阻害の主要な原因となっている。
  • DNA相同組換えは、一本鎖DNAの修復を行うことで紫外線ストレス耐性に重要な役割を果たしている一方で、その修復自体がゲノム不安定性を引き起こす原因にもなっている。
  • DNA修復システムの異常から発がんに至る過程の解明やがん創薬への応用などが期待できる。

3.概要

 太陽光に含まれる紫外線(Ultraviolet light: UV)は、DNAに損傷を生じさせる主要な環境要因です。UV損傷を修復する機能を欠損した細胞では、UV損傷が蓄積することにより、突然変異などのゲノム不安定性が増大し、これはヒトにおける発がんの原因となっています。しかしながら、DNA損傷の修復機能を欠いた細胞が発がんに至る過程には、ゲノム不安定性を増大させることに加えて増殖し続ける能力、すなわち損傷ストレスに対する耐性を持つことが必要であり、このような一見すると相反する性質をどのようにして獲得しているのかについては不明な点が多くあります。本研究では、出芽酵母のヌクレオチド除去修復(nucleotide excision repair: NER)を欠損した1倍体rad14欠損細胞の増殖活性とゲノム安定性について、慢性低線量率UV(chronic low-dose UV: CLUV)ストレスに対する耐性メカニズムに着目して研究を行いました。その結果、CLUV環境では50世代程度の間に2倍体となったrad14欠損細胞の割合が顕著に増大することがわかり、さらに2倍体細胞は1倍体細胞よりも高いCLUV耐性を持つことが明らかになりました。また、CLUV耐性とUV損傷の量には相関関係が見られない一方で、1本鎖DNA量が耐性機能に大きく影響していることがわかりました。また、CLUVを照射したrad14欠損細胞では、DNA相同組換え(homologous recombination: HR)の機能が増殖に必須であることが明らかとなり、実際、2倍体では相同染色体間の組換え頻度が顕著に増加していました。一方、2倍体細胞で相同染色体間の組換えが活発に働く代償として、がん細胞などで顕著に見られるヘテロ接合性の消失(loss of heterozygosity: LOH)が高頻度で起こることが示されました。これらの結果から、HR機構は致命的な1本鎖DNAの蓄積を抑えることで細胞増殖を支える必須の役割を果たしている一方で、ゲノム不安定性を生み出す原因になっていることが明らかになりました。このようにHRは、CLUV環境下において、修復されないDNA損傷を持つ細胞の増殖促進とゲノム不安定性の増大という2つの役割をはたしており、これらはヒトにおける腫瘍形成に重要な意味を持つと考えられます。
 本研究成果は科学省科学研究費補助金の支援を受けて行われ、2022年8月10日にGENETICS誌のオンライン版に掲載されました。また、本発表は、学習院大学グランドデザイン 2039「国際学術誌論文掲載補助事業」より掲載費を助成しています。

4.内容

<研究の背景>
 DNA損傷には、様々な環境要因によって誘発される外因性の損傷と、代謝産物等によって誘発される内因性の損傷が存在し、これらの損傷はゲノムDNA上の様々な場所で常に起こっています。さらに、長期に渡るDNA損傷ストレスへの暴露は、DNA複製や転写の阻害の他、染色体の分離異常など、様々なDNA代謝機能に影響を及ぼし、ヒトにおいては発がんや老化と密接に関連しています。紫外線(UV)はDNA損傷を引き起こす主要な環境要因であり、UVによって生じるピリミジン二量体はDNA複製や転写を阻害するため、突然変異や細胞死の原因となっています。そのため生物は、ピリミジン二量体を効率的に修復できるヌクレオチド除去修復(NER)機構を持っており、そのメカニズムはバクテリアからヒトまで高度に保存されています(図1)。また、ヒトにおいてNERの欠損は色素性乾皮症(xeroderma pigmentosum: XP)と呼ばれる遺伝性疾患の原因となっています。XP患者は日光に含まれるUVによって皮膚がんを起こしやすいことが知られており、このようにNER機構は生物が地球環境に適応するために必須の役割を果たしています。

図

 UVが生物に及ぼす影響に関する研究は半世紀以上の長い歴史を持ち、実験には高線量率のUVを短時間照射する手法が一般的に用いられてきました。一方、菱田らの研究グループは、自然環境で問題となる慢性的かつ低レベルのUVストレスが生物に及ぼす影響を理解することが重要であるという点に着想し、慢性的低線量率のUV照射 (CLUV) 下で酵母細胞を培養可能な装置を作製し、これまで研究を行ってきました(Hishida, T., et. al., Nature:612-5., 2009)。本実験系を用いた研究から、従来の急性高線量率UV照射では最も高い致死性を示したNER経路の欠損細胞がCLUV環境では増殖阻害を引き起こさない一方で、発がんの原因となる突然変異が高頻度に生じることを明らかにしました。このように、本実験系から得られる知見は、ヒトのXP患者が皮膚がんを発症する過程を理解する上でも有用であると考えられます。また、CLUV環境下でNER欠損細胞が増殖可能であることは、UV損傷を修復することなくUVストレス耐性を獲得する何らかの方法があることを示唆していますが、その詳細については不明な点が多く残っています。

<研究成果>
 今回、研究グループは、NERが欠損した細胞がどのようにしてUVストレス耐性を獲得しているのかについて調べるため、出芽酵母のNER機能を欠損した1倍体rad14∆細胞を用いてCLUV環境下で長時間(60世代)に渡る継代培養実験を行いました。その結果、培養開始から30世代を経たあたりから2倍体細胞の出現が見られ、約50世代後にはほぼすべての細胞が2倍体細胞に置き換わっていることがわかりました(図2A)。さらに実験を重ねた結果、1倍体細胞集団内においてごく僅かに出現する2倍体細胞が時間経過と共に集団内で割合を増加させていることが明らかになりました。この結果は、1倍体細胞より2倍体細胞の方がCLUV環境においてより適応的、つまりより速く増殖することを示唆しており、実際、2倍体細胞の方がCLUV環境に対して高い耐性能を持つことが示されました(図2B)。この1倍体と2倍体のCLUV耐性機能の違いを生み出している原因を調べるため、様々な変異株を用いたCLUV感受性実験を行なった結果、DNA相同組換え(HR)機構の欠損した細胞ではCLUV耐性機能の大幅な低下に加えて、1倍体と2倍体のCLUV感受性に違いが見られなくなりました。この結果は、2倍体が持つ高いCLUV耐性機能はHRに依存していることを示しています。

図

 HRはDNA鎖切断のような損傷の修復に関与しているため、次にCLUV環境における1本鎖DNAの蓄積の有無について検討しました。方法としては、1本鎖DNAに強く結合するRPAタンパク質に黄色蛍光タンパク質(YFP)を融合したタンパク質を細胞内で発現させ、蛍光顕微鏡を用いてRPAの細胞内挙動を観察しました。その結果、RPAはCLUVに依存して核内にドット様のフォーカスと呼ばれる輝点を多数形成していることがわかりました。さらに、このフォーカス形成にはDNA合成期を通過することが必要であることがわかりました。以上のことから、修復されないUV損傷が蓄積する環境では、DNA複製がUV損傷によって阻害された際に1本鎖DNAが形成されるため、1本鎖DNAを修復できるHR機構がUVストレス耐性に必須の役割を果たしていることが明らかになりました。
 次に、HRは1倍体及び2倍体細胞のいずれにおいても機能しているため、なぜ2倍体細胞の方が高いCLUV耐性を持つのかという疑問が生じました。HR機構は、組換え修復の際に鋳型として1本鎖DNAと相同な配列を持つDNAが必要となります。通常の細胞では、鋳型DNAとして姉妹染色体(複製によってできたコピー)が使われるため、損傷DNAは元通りの配列に修復されます。2倍体細胞では、相同な配列を持つDNAとして、姉妹染色体に加えて相同染色体が存在します。相同染色体とは、ヒトの体細胞を例にすると、異なる配偶子(精子と卵子)に由来する対となる染色体のことであり、ヒトや酵母の2倍体細胞では相同染色体間の組換えはほとんど起こらないとされています。しかしながら、今回の研究では2倍体細胞がHR依存的に高いCLUV耐性を持つことが示されたことから、CLUV環境かつNERが欠損した条件下では、相同染色体間の組換えが高頻度に起こっているのではないかと考えました。そこで、これを調べるため、特定の相同染色体のそれぞれに異なるマーカー遺伝子を持つ酵母株を使って相同組換え頻度の測定を行いました。その結果、CLUV環境ではrad14欠損細胞において顕著に相同組換え(突然変異)頻度が上昇することがわかりました(図3)。したがって、CLUV環境における2倍体rad14欠損細胞では通常あまり起こらない相同染色体間の組換えが複製阻害の解消に重要な役割を果たしており、これが高いCLUV耐性につながっていることが明らかになりました。しかしながら、相同染色体間の組換えは、発がんの原因となるヘテロ接合性の消失(LOH)を引き起こすことから(図4)、この耐性獲得には同時にゲノム不安定性を増大させるという負の側面も存在することになります。

図

図

 以上の結果より、NER機能が損なわれた細胞では、慢性的なUVストレスに対する耐性獲得に相同染色体間の組換えが重要な役割を果たしている一方で、それ自体がLOHのようなゲノム不安定性を生み出す原因にもなっていることがわかり、HRの新たな側面が明らかになりました。LOHの増加は、ヒトNER機能の欠損により発症するXPの患者に多くみられる皮膚がんを引き起こす原因の1つと考えられることから、HR機構はDNA修復機能の欠損から発がんに至るがん進化の過程で極めて重要な役割を果たしている可能性が示されました。

<今後の展開>

 DNA損傷が生じた際に、細胞はそれを直接修復する酵素の他に、DNA損傷に応答して遺伝子発現や細胞周期を制御するDNA損傷チェックポイント経路や、DNA損傷による複製阻害の解消に関与するDNA損傷トレランス経路が活性化するなど、さまざまなDNA損傷応答が引き起こされ、さらにこれらが連携することにより損傷ストレス耐性を獲得していると考えられます。今後は自然環境レベルのUVストレス環境を再現した実験系の強みを活かして、これらのDNA損傷応答経路間に存在する連携メカニズムについて明らかにしていきたいと考えています。


【用語解説】

1倍体 : 遺伝子及び遺伝子間領域の全てのDNA配列1セット分はゲノムDNAと呼ばれ、真核生物のゲノムDNAは複数の染色体に分かれて存在している。1倍体はこの染色体1セット分のことをさす。例えば、ヒトの場合は配偶子である精子と卵子は1倍体であり、それぞれ23本の染色体を持ち、受精後にできる細胞は2倍体となり46本の染色体を持つ。
黄色蛍光タンパク質(YFP) : YFPはオワンクラゲから単離された緑色蛍光タンパク質(GFP)の変異型で、励起及び蛍光波長がGFPと異なり、514nmの波長で励起し黄色い蛍光(528nm)を発する。

(論文情報)
著者名:Mana Shibata, Kenji Keyamura, Takuya Shioiri, Shunsuke Noda, Genki Akanuma, Takashi Hishida
論文名:Diploid-associated adaptation to chronic low-dose UV irradiation requires homologous recombination in Saccharomyces cerevisiae
雑誌名:Genetics・Volume 222・Issue 1・iyac115
DOI  :110.1093/genetics/iyac115
URL  :https://academic.oup.com/genetics/article/222/1/iyac115/6659510

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